ケアラーの「諦め」や「思い込み」を打破するサービスを。異なる視点から介護を変える金子萌の挑戦とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第555回目となる今回は、外資系メーカーのアシスタントブランドマネージャーの金子萌さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

アシスタントブランドマネージャーの傍ら、ケアラー向けサービスを準備中の金子さんに、介護経験から学んだ、メンタルケアサービスについてお話をうかがいました。

父の認知症から「介護者」に向けたケアを

ー自己紹介をお願いします。

金子萌です。現在は外資系メーカーでアシスタントブランドマネージャーをしています。それと並行して、ケアラーと呼ばれる在宅で介護をする人のケアを目的とした株式会社の設立の準備中です。

介護の施設などの事業者に対するサービスは多くある一方で、素人で家族の介護をする人向けのサービスというものはすごく少ないです。

私自身、17歳の時から10年間以上認知症の父を在宅で介護しているので、その経験をもとに、ケアラーが持つ様々な介護への「思い込み」や「諦め」を打破して「少しでも楽をしながら介護できる」在宅介護環境を整えるサービスを開発・運営をしています。

ーケアラーの持つ「諦め」や「思い込み」とは何でしょうか。

例えば「介護は他の人に頼ってはいけない、家族だけでやらなければならない」や「老老介護だから在宅介護なんて無理に決まっているから施設へ預けよう」など介護全体に関わる大きなもの。そして「家での転倒による骨折なんて防げないに決まっているから患者を一人で歩かせられない」などの個別の介護方法に至るまで、大小様々な思い込みや諦めを持っています。

ほとんどの人は患者が脳卒中や認知症などの病気を発症してから、いきなり介護が始まります。そのため何から行えばわからず、自分が何に困っているかすら分からないという状況に陥ります。

新卒入社時に「何でも質問してね」と言われても何を聞けば良いか分からない状況を経験した方も多いと思いますが、それと同じです。新卒入社時は研修などで会社の全体像や自分が行う業務の説明を受けることができますが、介護は関連する制度や具体的な介護ノウハウ・使用可能な制度などを含めた全体像などを知る機会もないまま、自己流で介護をしなければなりません。

そんな状況で、「本当はこんな工夫できる・制度を使える」などの「少しでも楽に介護をする方法」を知らないため、自己流の介護が当たり前となり、様々な思い込みを持ってしまいます。

ー事業化を目指した経緯を教えてください。

新卒1年目のITコンサル会社で、ハッカソン(チームでプログラム開発のアイデアを競うイベント)が開かれました。その当時は父や介護のことをあまり周囲に話していなかったので、現在の介護者ケア用ではなく、高齢者ケア用のぬいぐるみ型アシスタントとしてアイデアを出したんです。そうしたら、上位5位に選ばれて。

当時、プロトタイプとしては高度に作り込んでいた、体温や部屋の温度を感知したり家族への通知機能を持つぬいぐるみを作っていたので、せっかくだから新規事業としてどうにか形にしたいと考え、本業と並行しながら執行役員などに相談を重ねて社内での事業化の道を探っていました。

けれど、どうしてもコンサル会社なので、クライアントの課題解決のためのアイディアは提案できますが、自分たちが持っているアイディアを提案することはなかなかありません。

活動が行き詰まる中、経済産業省主催のアクセラレータープログラムに参加しました。そのプログラムで本当に自分が解決したい課題を突き詰めて考えている中で、在宅介護者向けのケアぬいぐるみに方向転換をしました。

こうした事業開発の経験を経て、やはり私もコンサルティングではなく事業を作る側になりたい!と思い、転職活動をしていたところ、今の会社からマーケティング職でオファーをいただいたので入社しました。

ーなるほど。そこまで真剣に向き合ってこれたのはなぜでしょう。

父が認知症を発症してから、2021年で10年になりました。10年前父が発症した時はIPS細胞も話題になっていた時だったため、頭のどこかでいつかは治るだろうと思っていました。大変なこともたくさんありましたが、根底にはこの考えが1%くらい頭の中にあったから乗り越えられてきたような気がします。

ただ今年(※インタビュー当時2021年)でちょうど父が発症10年を迎えましたが、10年経っても治る病気にはなっていなくて。そこで初めて父の病気はもう一生治らないとやっとちゃんと気づきました。頭では理解しているけれど、治らないことを受け入れるのに、10年かかってしまいましたね。

そこで10年間張り詰めていた糸が切れてしまったようで、どうして自分の家族だけ、こんなに苦しい思いをしなければいけないんだという10年間蓋をしてきた思いが噴き出しました。心身のバランスを崩してしまい、人生のどん底でした。

しかし、いつまでも引きこもっているわけにはいかない、何か生産的なことを始めなければと思い始めた頃、たまたま目にした東京都主催のビジネスコンテストに参加をしました。

数年前から燻り続けていたアイディアをとりあえず出してみたところ、1000人以上の中から70人に選出されました。できることから取り組んでいくことで、自己肯定感が回復して、再び頑張れるようになりました。

ーここでやる気が再燃したのですね。

はい。このコンテストを通じて、自分がなぜこの課題に取り組みたいかが明確になると共に課題の大きさを再認識できました。私は父が認知症になった理由・私達家族が苦労しないといけなかった理由を見つけたいから、この事業を創りたいんだなと思いました。

父は病気になって辛い思いをした・母は介護で本当に沢山の苦労をしたけど、そのおかげで家族介護者が抱える問題に気づけて解決するためのサービスを生み出せた、と伝えたいのだと思います。

父に対してはベストな介護ができなかったこと、母に対しては介護を任せてばかりいる贖罪の意味も込めて、本格的に取り組みたいと思うようになりました。

自分でやり遂げる、達成感を得た留学経験

ー大学時代はどのように過ごしていましたか。

Bizjapanという、グローバルとアントレプレナーシップをテーマに日本の最先端の企業などを世界に発信する学生団体で活動していました。代表がほぼ1人で立ち上げた団体で、私達が1期だったのですが、全て0から作り上げる過程が楽しく、また周囲を巻き込み活動するカリスマ性をもつ代表にとても魅力を感じて活動にのめりこみました。

そんな中で、「良い企業に入って出世する」という、いわゆる成功したキャリアに憧れなくなっていました。

とはいえ、自分が本気で取り組みたいと思うテーマもないし、自分で何かを立ち上げるほどの力もないと感じていて。団体では誰かが立ち上げたもののサポート役が多かったので、自分でやり遂げた実績がないことに気づきました。

ーなるほど。団体としてではなく、自分自身に目を向け始めたのですね。

はい。そんな思いを抱えていた時に、デンマークに留学をし、アイドルが好きだったので日本のアイドル文化を広めるために日本のアイドルのコピーダンスグループを現地で立ち上げました。

ステージの上から見た、デンマークという異国の地で日本のアイドルソングで客席と一体になって盛り上がった光景は忘れられません。自分で何かを作り上げるのが好きだということを再認識できました。

ー先ほど「『良い企業に入って出世する』という、いわゆるキラキラキャリアに憧れなくなった」とおっしゃっていましたが、それは大学時代の優秀な代表の方々が影響しているのですか。

はい、優秀という言葉の定義も難しいなと思うのですが……。就活時、代表をはじめとした自分のやりたいことを突き詰めて何かを立ち上げた人に憧れてはいましたが、自分にはできないだろうと諦めていました。

だから、その憧れと自分がやりたい分野の中間点をとって、リスクを取らずに周りからの評判や安定も得つつ、自分の興味に近いような仕事を探して外資系のコンサルに入社しました。

外資系企業に勤め続けて出世するといういわゆるキラキラキャリアへの未練がないと言えば嘘になりますが、自分はそうした道は歩めない、歩まないということを自覚して今は起業家として成功することを目指しています。

ー先ほど「優秀」という言葉の定義が難しいと仰っていましたが、「優秀」という言葉に何か思いがあるのですね。

「優秀」っていろいろな側面をもつ言葉ですよね。優秀=頭のいい人というイメージが先行しがちですが、優秀性にもひとりひとり個性があります。意味を固定しないためにも、言葉の使い方に気をつけています。

こう思うようになったのには、高校時代のバスケ部での経験が影響しています。当時は勝つことだけを目指して、バスケを第一優先に取り組んでいました。チーム全体でも、部活以外の時間もバスケの練習をするのは当たり前。バスケを第一に考えない人は悪という雰囲気があったんです。

バスケの他にもやりたいことがあるメンバーもいたのですが、それを許容しない空気がありました。全員がバスケを優先し、まず質より量だという空気感だったが故に、異なる視点を排除するような方向に働いて多様性が失われていました。

勝ちを目指す努力の方向性は色々ありますが、皆があまりにも同じ方向を向きすぎてしまっていたが故に、そうした視点が欠けてしまった。結果的にそれが「頑張っているのに結果が出ない」チームを作り出してしまったのではないかと考えました。

働くことは、同じような視点を持つ人が集まって量をこなさないと結果が残せない種類のものもあります。しかし今の新規事業においては、様々な視点を集めることで新しいアイディアが生まれると考えています。

「優秀」という言葉はその多様性を排除して一側面での優れている部分のみの評価のように感じられるので一概に「優秀」という言葉にひとくくりにせず、異なる視点から生まれるものを大事にしていきたいですね。