「生きるとは何か」という問いに真正面から向き合いたい。京都大学大学院奨励研究員・渡部綾一の挑戦

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第610回目となる今回は、京都大学大学院教育支援機構奨励研究員 (2021年12月取材当時。現在は日本学術振興会特別研究員DC2)・渡部綾一さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

京都大学大学院で奨励研究員として、主に子どもの意識発達について研究を行っている渡部さん。研究者となりたいと思ったきっかけや、現在行っている研究クラウドファンディング、研究者としての今後の展望について教えて頂きました。

幼少期から抱いていた「この世に生を受けたなら、広い世界を見てみたい」という気持ちが原動力に

ーはじめに自己紹介をお願いします!

京都大学大学院教育支援機構奨励研究員(2021年取材当時・現在は日本学術振興会特別研究員DC2)の渡部綾一と申します。専門は発達心理学で、主に子どもの研究を行っています。

ー奨励研究員は初めて聞くワードです……!詳しく教えていただけますか?

奨励研究員制度とは、国が定めた博士後期課程の大学院生が研究に専念できるよう生活費と研究費をサポートしてくれる制度です。正式には、国立研究開発法人科学技術振興機構による次世代研究者挑戦的研究プログラムと呼ばれ、各大学ごとに独自のプログラムがあります。京都大学では、京都大学大学院教育支援機構プログラムという制度です。

私が所属している京都大学では、2021年の10月より奨励研究員制度が設けられました。奨励研究員として採用されると毎月15万円の生活費、年間40万円の研究費がもらえる仕組みです。

ー奨励研究員になるためにはどうすれば良いのでしょうか?

大学ごとに準備することが異なります。京都大学の場合は、自身の研究実績と採用期間中に行いたい研究計画、修士課程の成績、指導教員からの推薦書を書類で提出する必要があります。

ー渡部さんは子どもの発達に関する研究をされているとのことですが、研究者になりたいと思ったのはいつ頃でしたか?

高校生のころから「研究者になりたい」とぼんやり考えていました。

ーきっかけがあれば教えてください!

私自身、幼少期から「何のために生まれたのか」「なぜ人は生きているんだろう」と考えていました。

誰しもが「生きるとは何だろう」と考える瞬間があると思います。でも、私はふと考えるだけではなく、「生きるとは何か」という問いに真正面から向き合いたいと考え始めました。とことん向き合える職業は何だろうと考えた結果、研究者に辿り着いたのです。

ー幼少期からの意識が現在の活動につながっているのですね。渡部さんの原動力は生まれ育った環境も関係しているのでしょうか?

はい。私は18歳まで新潟県阿賀町に暮らしていました。

阿賀町はとても小さな町ですが、生活ができる環境は整っているため、あえてその地、あるいは新潟県を出ていく必要はないと考える人が多かったです。私の両親も阿賀町で生まれ育ち、現在も住んでいます。

一方で、私は「せっかく生まれたのだから、広い世界に出て行きたい」と思っていたのです。周りにはなかなか理解してもらえませんでしたが、「この町から絶対出ていく」と強く心に決めていました。

ーその町で一生暮らしていく人が多かったのですね。

また当時、家族との関係性が上手くいかず「早くこの場から出て行きたい」という思いが強くあったのも理由にあります。生まれ育った町から離れる方法として、東京の大学に進学することにしました。

やはり人の心について勉強したい。自分の気持ちと向き合えた1年間の予備校生活

ー高校生のころ、勉学の面でも葛藤があったのでしょうか?

はい。私が得意なのは理系科目でしたが、興味がある分野は心理学でした。ある日、ふと数学の先生と話している時、「心理学を勉強したい」と先生に伝えると「心理学は就職が難しいと思う。理系は就職に有利だから得意な数学で進学すべきだ」と言われたのです。

たしかに町で生活している人の大半は、高校卒業後就職や専門学校に行き、地元に帰ってくるのが当たり前。大学に進学する人もあまりいません。そのため周りに相談できる人もおらず、当時は「周りが納得すれば良いや」と軽い気持ちで志望校を決めました。

ーモヤモヤした気持ちを抱えての受験勉強はいかがでしたか?

受験のために勉強はするものの、進路を自分の価値観で決められていないことに違和感を覚えて……。常に「そもそも自分はなぜ勉強しているのか?」と考えていました。

先ほどもお伝えしたように同級生は就職する人がほとんどで、進学校ではなかったため自分に合った勉強方法もわからないまま。自分と同じような価値観をもつ同級生もおらず、勉強している自分が馬鹿らしいと思ってしまう時期もありました。

ーそのような葛藤を抱き、高校卒業後は都内の予備校に通うことになったそうですね。

はい。予備校生活は私にとって、とても有意義な時間でした。当たり前ですが予備校には勉強をしにきている人しかいないので、自然とモチベーションが保てたし、悩んでいた勉強方法も教えてもらえたのです。高校のころとは、まったく異なる気持ちで勉強に集中できました。

また、1年間という年月の中で自分の進路をしっかり考え直せたのもよかったです。「理系の科目は好きだけれども、自分が本当にやりたいことではない。やはり私は人の心について勉強したい」と気づくことができました。

19年間の人生のなかで、予備校時代が一番楽しかったですね。次第に精神は安定し、前向きな気持ちを維持できるようになりました。

ー予備校に通ったあとのお話を聞かせてください!

1年間の予備校生活を経て、横浜市立大学に進学しました。選んだ理由としては、入学してからも専門や学部を変更できるためです。まずは理系の基礎をしっかり学んだのちに、哲学や人文系の勉強ができる国際教養学部に転部しました。

ー大学在学中にフランス留学もされたそうですね。

いずれは海外に行きたいと考えていました。そんな矢先、大学でフランスとの留学提携プログラムが始まったのです。たまたま第二外国語でフランス語を勉強していたので、「私はフランスに行く運命なんだな」と思いましたね(笑)。

フランスの大学では哲学科に進学したのですが、フランスの哲学はまさに幼少期から「生きるとは何か」と考える私が学びたかったものでした。しかし、何か物足りないところがありました。私は「生きるとは何か」を論理的に考えるだけでなく、自分自身で実証したいと思うようになりました。

ー渡部さん自身の決断が運命を引き寄せたのですね!いざフランスに行くとなったとき、不安や心配はありませんでしたか?

ありませんでしたね。留学提携プログラムに応募して、合格が決まる前に、アパートの解約をしていましたから(笑)。フランスに行けなかったとしても、別の活動に専念すればいいと思っていました。

若手研究者の活動の幅を広げたい!研究クラウドファンディングに挑戦

ー現在は京都大学大学院で研究している傍ら、研究クラウドファンディングにも挑戦されているそうですね。

はい。2021年9月より学術系クラウドファンディングサイト『academist(アカデミスト)』で、研究クラウドファンディングを開始しました。

研究は基本的に科研費など国公費を使って行いますが、その費用だけだと自由な研究ができないというデメリットがあります。また、研究プロジェクトの採用率もかなり低いです。

さらに特定の研究者にお金が集まり、大学院生や若手研究者には研究費が回ってこない問題がありました。それらを解決するために、サポーターの方々から支援して頂くことで、自分たちの研究に専念できるというのが研究クラウドファンディングです。

ークラウドファンディングに参加しようと思った理由を教えていただけますか?

なんとなく大学院生といえば「優雅」「大学の延長」というイメージを抱いている人も多いかもしれません。

しかし多くの大学院生は論文執筆をしながら、実験や研究に関する雑務を行っています。加えて生活費を稼ぐ必要のある学生は、研究の合間にアルバイトもしなければなりません。

大学の授業料と生活費を稼ぎながらの研究は、むしろ寝る時間を削ってアルバイトの合間に研究をするという生活になります。

この状況を打破すべく、大学院生と若手研究者の月額支援としてクラウドファンディングを開始しました。

とはいえ、クラウドファンディングを開始するのは勇気が必要ですよね。そこで私が今回チャレンジして発信することにしました。

ー研究したいのに、時間やお金が足りなくて専念できないというジレンマは解消していく必要がありますね。研究クラウドファンディングは現在も開催中なのでしょうか?

はい。2022年の8月まで開催しています。下記のリンクにアクセスすると、プロジェクトの詳細や活動報告が確認できるのでぜひご覧いただけると幸いです。

渡部さんの研究クラウドファンディングの詳細はこちら

ー最後に、今後の展望を教えてください。

これから10年間は、海外で研究を続けたいなと考えています。早くて2022年9月からオーストラリアに行く予定です。

分野において「子どもの意識発達」は比較的新しいテーマなので、まずはしっかり研究を積み上げていく必要があります。最終的に「意識の発達」の理論を作り、将来的には「意識の発達」に関する著書も執筆できたらと思っています。

そしていずれは、私自身が小さいころに抱いていた生きづらさを解消できる社会を実現したい。子どもたちがこの世界をどう見て、どう感じているかという知見を発信していきたいです。そして、みなさんと一緒に子どもたちの見ている・感じている世界を考え、子どもたちが生きやすい社会を作っていきたいです。

ーありがとうございました!「子どもだから」と一括りにするのではなく、一人ひとりの人間として生きやすい社会になってほしいと願っています。渡部さんの今後のご活躍を応援しております!

取材:山崎貴大(Twitter
執筆:Risa(Twitter
デザイン:高橋りえ(Twitter