1つの目標に集中する。モノグサ事業開発・水野浩之が考えるキャリアプランの描き方とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第623回目となる今回は「モノグサ株式会社」の事業開発担当水野 浩之(みずの ひろゆき)さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

「記憶を日常に。」という会社のミッションに共感し、事業を世の中へ広めている水野さん。軽視されがちな記憶領域を教育の基盤にするために取り組まれていること、今後の展望について語っていただきました。

誰もがキャリア選択を自由にできる社会を目指して

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

「モノグサ株式会社」事業開発担当の水野と申します。現在は新規のセールスを中心に活動しております。私は、採用や育成なども含めセールスに関わる全てを担当しています。

ーモノグサ株式会社の事業について詳しく教えてください。

「記憶を日常に。」というミッションを掲げて記憶を扱うプロダクトの開発を提供している会社です。ミッションだけ聞くとイメージしにくいかと思いますが、皆さんのキャリアを考えたり、日々の仕事で業務に取り組んだりするときなど、人間が知的活動する際の根本にある能力は「何かを憶えること」であると考えています。

しかし、何かを憶えることはかなりハードルが高いです。例えば、弁護士になりたい方がいたら、弁護士になるかどうかの基準は、「法律を覚えられるか」とか「試験に合格できるほどの知識を付けられるか」が挙げられます。キャリアを選択するときに記憶ができるかどうかが一つの制約になっていると思ってます。

私たちの会社は、息をするように人間が記憶できるような世界観を作ることをミッションにしています。弁護士になりたいと思ったとき、憶えることがハードルにならない世界、憶えようと思ったら必ず憶えられる世界観を作っていけるよう事業を展開しているところです。今はその第一歩として記憶定着に特化したサービス提供、学習アプリの開発をしています。

ーモノグサ株式会社のサービスを提供する先はどういったところなのでしょうか?

主な販売先は学校や学習塾です。直近の新しい領域は、日本語学校や専門学校にもセールス活動をしています。

ー憶えることに苦手意識がある方も多いかと思います。世の中に求められていると感じる瞬間はどういったときでしょうか?

明確に求められているよりも、実は「本当は必要だよね」という感覚の方が近いかなと思っています。何かを憶えることを頑張った経験として、大学受験や高校受験などのタイミングが挙げられるかと思います。しかし、英単語の暗記を授業でやっていた学校は少ないはずです。

自主学習時間の中で努力する分野ですよね。必要だけど、これまで人間のサポートが行き届きにくかった領域が記憶だと考えています。

なので、これまでのように個人の努力でなんとかするのではなく、サポートが必要であることに気づいていただくことが必要です。必要性を訴求した結果、価値のあることだと感じていただいている先生が増えた感覚があります。

ー水野さんが記憶領域の分野に関心をもつきっかけはなんだったのでしょうか?

3.4年日本にいるけど全く日本語が話せない状態にある人々を目にしたことがきっかけです。前職で食品会社の工場へ伺う機会が多くありました。そこで働いている人の多くは外国の方でした。

営業として現場に足を運ぶうちに、日本語を学ぶ機会を提供する現場は非常に少ないと感じるようになりました。今後日本で生活する外国の方が増えていくことは容易に想像ができるのに、日本で生きていくための必須の要素である日本語が教育されていないことは、1人の人生の幅を狭めることにもなります。

さらに日本という国にとっても良いことではないと思います。日本に住む皆様にとって日本語を身につける無理のない方法を届けていくことは、すごく価値があること。個人的に使命感を感じながら取り組んでいる領域です。

自分から行動して、苦手意識を克服した中学時代

ー最初のターニングポイントは中学2年生14歳のとき。どのような出来事があったのか教えてください。

中学2年生でクラス替えをした時、いわゆる学年で一番の人気者と同じクラスになったことで人との関わり方に大きな変化がありました。私はもともと親の仕事の関係で転勤が多く、仲のいい人と話す機会が少なく中学生まで話すことが苦手でした。

クラス替えで一緒になったその人が、クラスメイトと楽しそうにコミュニケーションをとる姿を見て、かっこいいなと初めて思って。少しずつ自分からその人に積極的にコミュニケーションをとっていくようになりました。

結果、色々な人と関わる中でコミュニケーションを円滑に、そして楽しくとれるって素晴らしいと感じることができた経験ですね。自分の苦手だと思っていたことに向き合い、乗り越えていくのはすごく楽しい、そして人生の幅が広がるんだとを初めて感じられました。

人生の中で一番はじめの成功体験だったかなと思います。

ーコミュニケーションを取り始めたきっかけは何だったのでしょうか?

きっかけは2つあります。自分はコミュニケーションが苦手という自覚があった、そしてコミュニケーションがうまくとれない自分に対してネガティブな評価があったからですね。

それまでは苦手なコミュニケーションから目を背けて過ごしてきました。クラスメイトの存在が身近になったことで明確に強い憧れを感じられたのは大きかったです。自分の感じた憧れをきっかけに変わりたいと思っている自分を今見逃したら、一生自分は変わらないと当時思って。

自分が苦手意識のあるコミュニケーションに対して、良いきっかけが見えてきたときに行動を起こしたという感じでした。

ーその方との出会いを通して、その後の学生生活は大きく変化しましたか?

かなり変わったと思います。教室の端っこにずっといるような状態から、色々な人と仲良くなれたり、色々な経験ができたりしました。

当時一歩踏み出さなかったらどうなったかと想像すると怖いくらい変わりましたね。今でも当時の仲良い人とはよく会っていて。非常に良い関係にあると思っています。

部活の人間関係に悩んだ2年半

ー当時の水野さん自身の行動によって今でも親交があるのは素敵ですね!高校は進学校へ進み野球部へ入部。高校時代について詳しく教えてください。

週5.6日は部活をする日々を過ごしていました。進学も見据えて部活動以外の時間には勉強していましたが、生活の大部分を部活が占めているような状況。

一方で部活でなかなか結果が出なかったり、たくさん怪我したりして。振り返ると高校生活は色々と挫折ポイントが多かったです。頑張って失敗した経験自体に悔いはないのですが、失敗していく中で自己嫌悪に陥ってしまって。

少しずつ周囲とのコミュニケーションが上手くとれなくなってしまい、人間関係にも悩んだ時期でした。部活をやっていた2年半で成功した経験があまりなかったことが悔しく、つらい時期だったと今振り返ると思います。

ー部活で成績が振るわない日々で人間関係にも変化があったのですね。具体的にどういった場面で人間関係がうまくいかなかったのでしょうか。

自分が怪我をしているとき別のメニューでトレーニングしているときにですかね。チームメイトがハードな練習をする中で私の練習メニューはハードじゃない風に見えていたんだと思います。

当時の私はチームメイトに対して、うまく振る舞う方法がわからず、いらない遠慮や申し訳なさを感じて一歩引いてしまいました。そこから人間関係がうまくいかなくなっていったのかと思います。

ー自分の中に余裕がなくなってくると他の人の目が気になりますよね。水野さんにとって野球は幼少期から興味のあるスポーツだったのでしょうか?

私は小学校時代からソフトボールや野球をずっと続けていたので、高校入学時も「そのまま野球やるよね」と特に考えずに入った感じでした。高校入学のタイミングで他の選択肢に目を向けることがあってもよかったかもと今では思います。

ーなるほど。高校時代は部活以外にも 勉強や課外活動などがあると思います。他に印象に残っていることはありますか?

部活動をやっていた2年半は、他のことを頑張っていた感覚がないです。

いいのか悪いのか部活一本で過ごしていました。その部活でなかなかうまくいかなかったこともあって、より悔しい感情が高校時代に残っているんだと思います。

ーそれだけ野球漬けの日々だったのですね。高校時代では悔しさや自己嫌悪に陥ったとの話もありましたが、支えになったものや自己嫌悪からの回復するきっかけはあったのでしょうか?

きっかけは2つ。1つめが部活以外のコミュニティです。クラスメイトや仲の良い友人にはすごく支えられていたと思います。部活以外の逃げ場があったのはよかったと思います。

2つめは引退してからの過ごし方です。悔しさをバネに、受験勉強に打ち込みました。大学受験も大きなポイントだったかと思います。

1つの目標に向けて走り続けた大学受験

ー受験勉強のとき、野球部で経験した悔しさやつらさはどのような影響を与えたのでしょうか?

人生における2回目の成功体験が大学受験でした。 野球部では、情けない、つらいといったネガティブな感情が強い日々でした。高校生活がこのまま終わってしまうのがとっても悔しくて。自分は理系職よりも人と関わるような仕事を多くできるキャリアが描けたら良いのかなと漠然と考えました。

そこで先輩に日本で一番の文系大学はどこか聞くと「一橋大学」だと教えてくれて。自分ではあまり調べもせず、一橋大学合格に向けて動き出しました。

ですが、部活しかしていない高校生活だったので、合格には厳しい状況でした。部活を引退した高校3年生の夏の時点で「このままじゃ絶対受からない」と担任からも言われるほど。高校3年生の受験は人生で1回だけなので、一橋大学の合格だけを目指して打ち込んでいこうと決心は固かったですね。

一般的に滑り止めとして、他の大学や私立大学への対策もしながら受験勉強を進めていく方が多いかと思います。私は全く滑り止めの対策はせず、一橋大学にどうしたら受かるかだけを考えて、半年間勉強し続ける生活を送ってきました。

将来を長く見たときにはリスクヘッジをたくさんしていく方がいいという考え方もありますよね。でも当時の私は割り切って、1つの目標に対して今できることだけを考え、自分の目の前のやるべきことに徹しました。半年間走り抜けた結果、合格もできました。

受験生活の半年間でやり切れた経験は、今のキャリア選びや働き方においても活かせている大事な経験だったかと思います。

ー1つの目標に向かって行動する。野球に打ち込んでいた水野さんの目の前のことに一生懸命に取り組む人間性が伝わる出来事ですね。 周りからアドバイスをもらう場面もあったのではないでしょうか?

当時、担任の先生からは他の受験のやり方を教えてもらったこともありました。でも、自分はそんなに器用な人間ではないという認識が今もずっとあって。色々なものに手を出してしまうと、どれも手に入れられないだろうなという自意識が強くありました。

一橋大学合格というとても高いハードル越えていくために、それ以外の大学に目を向けていたら、おそらくうまくいかない。そして自分が満足する結果も手に入れられないんだろうと考えていました。だからこそ、本当に自分のやりたいことだけに集中できた受験生時代だったかなと思います。

ー1つのことに集中するのは勇気がいると思います。途中でくじけそうな出来事はなかったのでしょうか?

実は直前まで全く結果が振るわなかったんです。でもなぜかつらい感覚はなかった。それは受験勉強そのものがつらいものでなく、興味を持って取り組めていたからだと思います。今目の前でやっているのが楽しいということが、ある種受験に対する不安を和らげていたのかなと。

また、ありがたいことに自分のかなり割り切った方向性については親も共感し、応援してくれていたので、純粋に私は運が良かったです。周りの支えもあってやり切れたのかなと思います。

憧れへの熱意は自分を変える。信じて選んだアイスホッケー部

ー大学入学後は野球とは別のスポーツを始められたとか。詳しく教えてください。

大学に入ってからは全く経験のないアイスホッケーを始めました。

きっかけは合格発表のときです。大学へ合格発表を見にいって「合格した!」と思った瞬間、後ろに大きなお兄さんが立っていて。話を聞いたらアイスホッケー部だったんです。誘われて一度試合を見に行ったとき、めちゃくちゃかっこいいなと素直に感じました。

もちろん、最後まで野球を続けるかどうか迷いましたが、アイスホッケーのかっこよさは、中学時代の経験のように、憧れに対してまっすぐに取り組むことは今までの自分の人生でも非常に良い結果になりやすかったと思い返しました。

アイスホッケー部への入部は、憧れに対する自分の熱意を信じたいのと、アイスホッケーがかっこよくて一目惚れをしたのが理由でした。

ーアイスホッケーは道具が多かったり、遠征が多かったり……。さまざまな面でハードなイメージです。アイスホッケー部に入部した大学生活はどんな風に過ごされていたのでしょうか?

かなり特殊なスケジュールだったと思います。アイスホッケー部の練習は深夜になることが多く、集合が24時なんてときもざらでしたね。

もちろんお金もかかるので、大学に行きながらバイトして、夜はアイスホッケーをするスケジュールだったのでハードな1日を過ごしていたんじゃないかなと思います。

ー部活が深夜だと合間を縫ってアルバイトをする日々だったのかと思います。当時アルバイトは何をされていたのでしょうか?

ずっと居酒屋のキッチンでアルバイトをしていました。大学に行って、アルバイト先へ行って2時間キャベツを千切りして、部活へ行くなんて日もありました。

ー居酒屋のアルバイトもアイスホッケーで新しくできた人間関係があるのでしょうか?

バイト先で仲良くなった人もいますし、アイスホッケー部の人間関係はもちろん今でもつながっています。

実は、モノグサ株式会社に10人目に入った理由も、アイスホッケー部の先輩が弊社のCFOともともと仲が良かったからです。私が転職で悩んでるときに紹介をしていただいたのがきっかけでした。大学時代にできた人間関係はその後の私の人生に大きな影響を及ぼしてくれているんじゃないかなと思います。

ーまさに今の仕事にもつながっているのですね!アイスホッケーに打ち込んで大学生活もかなり充実されてたと思います。就職の際、業界はどのように決められたのでしょうか?

私は比較的業界を早い段階で絞って就職活動をしていました。自分が会社の事業に対してシンプルに楽しそうだな思えるものに進むのがいいんだろうなっていうことをこれまでの経験から感じていて。何か憧れを感じられる仕事に就きたいとの考えでした。

キャリア選択。周囲の目を意識しすぎた後悔

ー就職活動について具体的に教えてください。

インターンシップは大学3年生の夏頃から行き始めました。部活動もあったので長期のオフで短期のインターンに行く感じでした。

私の就職活動はいわゆる日本の一般的な就活と全く変わらないかと思います。私のときは4月から面接が始まって9月に内定が出るスケジュール。スケジュール通りに日本の大きな企業を受けていた感じですね。

ーキャリア選択で前職とベンチャー企業の2社で迷われたそうですね。当時のことを詳しくお伺いしてもよろしいですか?

最終的に前職を選んだのですが、決め手に反省点があります。

職種や業種に対して面白そうだなと思った2つの会社で迷いました。ハードワークになるけれど自分が成長できる環境だと感じられたベンチャー企業と前職のホワイトな日本の大企業の2社。

キャリア選択で迷ったとき、ここのポイントがいいから前職にしたというより、周りから見たときにベンチャーの会社は名前も知られていないし、ハードワークができるか不安だなとネガティブな感情でベンチャー企業をやめてしまいました。

最後の意思決定を「周りの人から見た時どうなのか」という自分自身以外の基準で決めてしまいました。

ー今まで水野さん自身の気持ちに従って決めていけたのに、キャリア選択では周りを気にして悩まれたのかと思います。キャリア選択での経験はどのように今に生きていると感じますか?

自分で考えてやりたいことに向けて、自分からアクションを起こしていくこと。そして、今が本当に自分の中でも充実してるかを考え、自分にとって良いものかをこだわって考え抜くことはすごく重要だと就職活動を通じて気づきました。

何をしたいのかを自分の意思以外のもので決めてしまう。ポジティブな理由がない状態を続けていくことは自分にとって非常につらいものだと知りました。

何もしないことって安定しているので一見するとリスクをとってないように見えますが、実際は時間だけが過ぎて、自分の中では何も変わっていない。それってすごくリスクをはらんでいると考えています。

やりたいことができる会社へ。足を運び肌で感じて決断

ー次のキャリア探しは迷うと思います。迷った時期に一番に相談したのは誰だったのでしょうか?

相談をしたのは同期の中でもすごく仲が良く、今でも仲良くしてくれている人がいるんですがその同期に最初に相談をしたかなと思います。

ー転職の際の職探しではどのような軸があったのでしょうか?

やりたいと思ったことに取り組める会社であるかどうかにこだわりました。

新卒で前職に入って感じたのは、実際に足を運んでみければどんな取り組みをしているかは外からではわからないということでした。

そのため、なるべく自分の目で現場を見て転職先を探しました。実際にモノグサ株式会社では社員の皆さんとお話をさせていただき、やっていることを解像度高くイメージできたことが入社の決め手になっています。

ー転職活動を進める中で、印象的な出会いもあったのでしょうか?

中でも初めて会った、今CFOをやっている細川さんとの出会いは印象的でした。

外国人の労働者の方々に、Monoxerを通して日本語教育を提供しているという話を聞きました。当時僕がやりたいと考えていたことに対して、効果的なアプローチをしていると知り、入社へ気持ちが傾くのを感じました。

その後代表の竹内さんにもお会いして、この会社に入ったら最悪1年後に会社が潰れたとしても、1年後自分の中に何かが残ると確信を持てたことが入社の後押しになりました。お2人との出会いは印象的でしたね。

ー実際に話を聞いたり現場を目で見たりして、納得して今のキャリアに進まれたと思います。入社後にギャップを感じる場面はありましたか?

入社前に考えていたこととギャップがないどころか、何もスキルも持っていないにも関わらずいろいろとやりたいことをやらせていただけていると思います。入社前にやりたかったことができないといったギャップはないですね。

ー社内でのコミュニケーションの距離感はいかがですか?

距離感は非常に近いと思います。私が新卒で大手の企業に入ったときには年次だけでも人との距離を感じるところが多かったです。役職まで離れたらコミュニケーションはさらに取りづらく、声をかけに行くだけでも色々準備しなきゃみたいな感覚でした。

一方で、今の会社に入社した当時は、私とマネージャーと社長と三人で営業活動をやらせていただいていました。日常的にフランクに話さなければ業務が回らないような環境の中でスタートしました。

今でも年次を考える瞬間はほとんどなく、かなりフラットに皆さんとコミュニケーションを取れています。セールス外の皆様とも出社をしたときにはフランクに話をして同じ目標に向けて社内全体で連動がしていると感じます。コミュニケーションの部分は非常にスムーズにフラットにできていますね。

ー社内での円滑なコミュニケーションが伝わってきます。では、営業しているお客様との関わりはどのように感じていますか?

お客様と一緒に、生徒様の成績をあげたり、より良い進路選択に導いてあげたりするといった、共通目標に向けて一緒に考えていく関係性が築けていると思います。

私たちが扱っている記憶という領域は、塾にいる生徒様にとってはとても重要度が高いものでありつつも、これまであまり先生方がサポートをするという感覚がなかった領域かなという風に思っていまして。記憶の領域に課題がある、取り組んだほうががいいとお客様に共感をしてもらうところからスタートしていきます。

お客様のプロの領域「教育」と、私たちがプロの領域「記憶」を組み合わせて理想的な教育現場を作っていく補完関係にあります。

記憶は特殊な領域です。さまざまな進路を思い描く生徒様への学習サポートの仕組みづくりを教育現場で導入していただくことを目的に営業活動しています。お客様と同じ目標を持って進めていく点は他の領域でのセールスと比べても重点が置かれているのかなと思います。

ー現在水野さんが特に注力したいプロジェクトはなんでしょうか?

特に、公教育は新しい領域として社内で取り組む中でかなり任せていただいている部分が大きい分野です。注力していきたいと考えているところです。

公教育に関しては私もずっと公立学校に通う中で色々な環境の生徒がいることも分かっています。また、日本語学校や日本語教育の分野にもリンクするところがあります。公立の学校になればなるほど、日本に来た外国人の方々の2世の世代の生徒様がすごく多い。

しかし、家庭で日本語を使う環境がない。そもそも進学するという進路選択が当たり前ではない家庭が多くある。そういった家庭の人と私自身も中学時代にすごく仲良くしていたりして。彼らが高校を出るときに、本当は大学に行きたかったけど、全く勉強ができなくて2年浪人しても志望校に受からない。

自分の人生の中でそういった状況を目にしてきたので、公教育における学力水準をちゃんとあげて、義務教育の間に土台を作る必要性を強く感じています。土台を作らなければその先の進路がかなり狭まってしまう。公教育の現場で、共感を生みながらMonoxerを広めていくということは今後すごく頑張っていきたいところですし、頑張る価値のある領域だと思っています。

ー悔しさをバネにしながら今の仕事を楽しんでらっしゃる水野さん。長期的なキャリアプランはどこまで考える必要があると考えてらっしゃいますか?

2年後3年後、具体的にどんな状態になっていたいのかを描くのはすごく効果的なのかなとは思っています。短めのスパンで考えて全力を尽くし変化の中で、その先自分がどこに行きたくなるのかを嘘をつかずに向き合っていくことが重要だと思っています。

正直私自身、10年後どうなっていたいのかというところはあまり明確になっていません。でもここまでのキャリアの描きかたは自分としては非常にうまくいっていると思っていまして。今この瞬間自分がやっていることが自分にとって本当にやりたいことだと自信をもって言えます。

2年前に転職するというとき、今の状況を全く想像していませんでしたが、当時の想像よりもおそらく高いところを今目指せている状態なのかなと。

世の中も変化していく中で10年後、20年後を最初から描いてそこに向かって頑張っていくアプローチではなく、柔軟にいまの自分との対話の中で方向性を考えるのが重要だと思っています。

ー水野さんの今後のキャリア展開の考えを教えてください!

まずはこの2. 3年でセールスとしてフロントに立ちながら、Monoxerを世の中に広めることを極めていきたいです。

私個人としても、会社が描いているミッション「記憶を日常に。」やCEOの竹内がよく話している「息をするように記憶ができる世界」にはとても共感をしています。心からそれを実現したいと考えられているので、少しでも多くの領域に、共感を生んで広げていけるようなセールスとしてスキルを身につけていくことが今の自分にとっては一番大きなポイントだと思っています。

ー20代をターゲットに今キャリアに悩んでいたり、就職した今の環境のままでいいのか感じたりしている方に向け今後のキャリア形成へのメッセージをお願いします。

少しでも今のキャリアに違和感があれば、まずは足を運んで話を聞いてみるだけでも全然違った価値観や考え方に出会えると思います。

私も社会人1.2年目は、自分で選んだキャリアに自信を持てず悩んでいた時期がありました。その状態で得られたものって非常に小さかったなと思っていて。今自分のやっていることに対して腹落ちしない状態を放っておくのはリスクだと思っています。

その瞬間が充実していないと、どうしても能動的に動きにくいと思っているので、現状に腹落ちしていない状態であれば、先輩に相談してみるといった小さなことでもいいのでアクションをしてみて欲しいと思います。

私はそれだけでも大きくキャリアが変わったので、自信を持ってやってみてほしいです!

ーありがとうございました!水野さんの今後のご活躍を応援しております!

水野さんが活躍している「記憶を日常に。」というミッションを掲げて記憶を扱うプロダクトの開発を提供している「モノグサ株式会社」の公式Twitterはこちら。

取材:山本佳奈(Twitter
執筆:清水真心(note/Twitter)
デザイン:高橋りえ(Twitter