エコビレッジが示す幸せとは?Perma Future 池田航介に聞く半農半Xの可能性

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第424回目となる今回は、エコビレッジが持つ価値観を広めようと活動するPerma Future共同代表の池田航介さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

池田さんは、大学生ながら、これまでにも子ども食堂を立ち上げたりと、食や社会問題に関わる事業の携わって来ました。その背景にある想いは何なのでしょうか。

半農半Xがもたらす幸せの形

ー本日はよろしくお願いします。まずは、現在取り組まれている活動を含めて、自己紹介をお願いできますか?

現在明治大学で農学を学びながら、Perma Futureという団体を設立しエコビレッジを啓発する活動を行っています。

―エコビレッジとはどのようなものですか?

自給自足の生活で限りなく環境負荷を減らそうとする共同体を指す言葉です。小さな共同体を含めると、国内には20箇所ほどあります。熊本県の「サイハテ村」や静岡県の「木の花ファミリー」などが有名ですね。

大学3年生の時から農業を学ぶ目的で、全国の農家やエコビレッジをひたすら回っていたんです。

収入が少なくても自給自足で暮らすことができ、幸せを享受しているエコビレッジの人たちを見て、生業としての農業ではなく、暮らしの一部としてある農業に大きな魅力を感じました。

現代社会における貧困やメンタルヘルスの低下、環境不可など、様々な問題を解決する可能性がここにあるのだと確信しましたね。

エコビレッジの思想に共感するとともに、農業をしながら別のことを生業とする「半農半X」を広めていこうと決意し、一緒にエコビレッジを周っていた仲間とともにPerma Futureを設立しました。

これから色んなことへの挑戦を控え不安を抱える若い人たちにも、エコビレッジの存在をもっと知ってもらいたいですね。エコビレッジに行けばお金が無くても生きていけます。逃げられる場所がこの日本にはある。それを知るだけで挑戦のハードルは下がると思うのです。

ーPerma Futureでは具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか?

ひとつは「Ecovillage Life」というオンラインコミュニティの運営です。会員制のイベントを通じてエコビレッジの考え方やエコな生き方を広めています。

もうひとつは、エコビレッジで商品開発をしています。今取り組んでいるのは健康茶ですね。人の健康だけでなく地球の健康も守ろうというコンセプトのもと、エコビレッジで自然に生える薬草を使った健康茶を販売しています。

 

家業への関心から農学の道へ

ー農業や環境といったことに関心を持つきっかけは何だったのか、生い立ちから伺いたいと思います。子どもの頃はどのような性格だったのでしょうか?

出身は静岡の沼津です。自然に恵まれた環境で姉、弟と育ちました。小学校にあがると、親の薦めで無人島などで自然を学ぶ学習プログラムに参加し、自然の中で遊ぶことがもっと好きになりましたね。

当時から、江戸時代から続く家業の青果卸売を自分も継ぐだろうとなんとなく思っていました。その想いが明確な決意に変わったのは母の死がきっかけです。

中学1年生の時、母が病気で他界しました。落ち込んでいた僕を支えてくれたのは家族や親戚など周囲の人たちです。彼らへの恩返しを考えたとき、家業を立派に継いでみせようと思うようになったんです。

ー青果卸売という家業に通じることから農学部を志望されたのでしょうか?

父親の会社を継ぐために経営学と農業を学ぼうと思っていました。経営学については大学以外でも学べる場所が多いと聞き、最終的に農学部のある国立大学を目指すようになったんです。

しかし、高校時代の成績は決して良くなく、その後予備校生として2年浪人することとなりました。スマホの持ち込みを禁止するほど厳しい東京の予備校に通い、朝から晩まで勉強し続けましたね。

あまりにストイックに生活していたので、大学へ入って山岳部の新歓イベントで高尾山に登った際は、「こんなに自由で良いのか」と違和感を感じたほどです。

ー大学入学当初はどのように過ごされたのでしょうか?

浪人中に毎日日誌を書いていて、大学でやりたいことリストを作っていたんです。ベトナムやカンボジア、スリランカなどへ海外インターンに行ったり、子ども食堂を立ち上げたり、一つひとつ実現していきました。

ー子ども食堂を立ち上げようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

僕自身、母の死後はひとり親世帯で育ったので、同じ境遇にある子どもや貧困に苦しむ子どもに何かしてあげたいと考えていました。

大学の研究室から、まだ食べられるのに廃棄される野菜を仕入れて子どもたちに食べさせてあげれば、彼らを救うことにも、フードロスの削減にも繋がる。それでいて、経営を実地で学ぶことができると考えたんです。

しかし、大学3年生の時、コロナをきっかけに子ども食堂を閉鎖することになってしまいました。

あらためて考えてみれば、自分のポケットマネーが消えていくようなモデルでやっていて持続性の無い取り組みでした。この出来事をきっかけに、自分の人生や周囲の人の幸せを考え直し始めたんです。そんなときに出会ったのがエコビレッジでした。

コロナによって世の中の価値観が急速に変容していく中、この出会いは大切なものだと素直に思えました。今まで探していた答えが見つかったような気がしたんです。

 

エコフードシステムの実現を目指して

ー今後の展望をお聞かせください。

現在は大学院を志望して勉強にも力を入れています。北海道大学の大学院で環境科学が研究されているのですが、今自分がやっていることにリンクするんです。関連する研究室で学びながらPerma Futureの活動とかけ合わせることができると良いと考えています。

特に研究したいと考えているのは、食品流通における環境問題です。近年、消費者が農家から直接収穫物を買う産地直送型のビジネスが注目を集めています。実はこれ、食材の流通経路が増やすことになるので、広まり過ぎるとCO2排出量を増やしかねないという問題を孕んでいるんです。一方、従来の卸売が仲介する流通モデルは古いと揶揄されがちですが、一定の経済合理性を持っています。将来の地球にとって最適な食品流通とは何かを追求し、エコフードシステムを作っていきたいですね。

ーご実家のビジネスにも通じる研究をしていきたいということですね。

エコビレッジに通っていると、環境問題に触れることが多いんです。そもそも農業自体が環境破壊と言えますからね。そして現状はかなり危機的だと思っています。普通に経済活動を続けていたら地球に未来はありません。自分や周りの人の幸せを考えれば、環境問題に取り組まないわけにはいかなと思っています。

いかに自分の事業と、父親の事業をかけ合わせて、エコフードシステムを作れるかが僕の挑戦です。自分でエコビレッジを作り家族と暮らしたいという夢も持っています。個人としても経営者としても、半自給型都市の実現に向けたアクションを続けていきたいです。

 

取材者:高尾有沙(Facebook/Twitter/note
執筆者:海崎 泰宏
デザイナー:髙橋りえ(Twitter