自分の環境に言い訳せず挑戦を続ける高橋健太に学ぶ一歩踏み出す勇気とは?

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第337回目のゲストはNTTドコモで働きながら、SpoLiveで副業、ミスタージャパンに応募などさまさまな挑戦を続けている高橋健太さん。今いる環境に言い訳せず、社内外問わず、挑戦を続けるために必要なマインドについてお聞きしました。

新卒でNTTドコモに入社後、社内外問わず活動を手掛ける

ーーまずは自己紹介をお願いします。

ハイブリッドサラリーマンと名乗っています高橋健太です。現在はNTTドコモに所属しながら、副業でスポーツテック系のスタートアップ「SpoLive」で働いています。またいろんなコミュニティの運営に携わったり、Mr.JAPANにも挑戦していて、毎日楽しく過ごしています。

ーー現在本職のNTTドコモさんでは、具体的にはどのようなお仕事をされているのですか?

本職のNTTドコモでは、担当している管轄支店のd払いやdポイントの施策を企画したり、他にも数値分析をしたりしています。毎日、デスクに向かって仕事をしています。

僕自身が新卒のときに、キャリアに悩んでいたので、同じような悩みを抱えてた人向けに、「BarNTT」を開きました。オンラインでですよ(笑)ゲストをお呼びし、そのゲストから僕が指導を受け、それをオンライン配信することで、視聴している皆が私に重ねて聞き、自信を持って、やりたいことをやれるそんな一歩を踏み出してもらいたいと思って、「BarNTT」を開催しています。本当に思いつきですよ。(笑)面白そうと思って思いつたら、その日には第一回目のゲストが決まってました。

ーー高橋さんの社外の取り組みについても具体的に教えていただいてもよろしいですか?

スポーツテック系のスタートアップ「SpoLive」という所で、次世代のバーチャル観戦アプリの事業を手がけている企業で副業をしています。主な内容としては、事業創出やチームとの対応関連です。やりたかったスポーツビジネスに携われて楽しくやっています。

プロサッカー選手を目指していた学生時代

ーーちなみに高橋さんはどんな幼少期をお過ごしだったんですか?

幼少期はプロサッカー選手を目指してまして、小学4年生で秋田選抜に選ばれたり、クラブチームで6年生チームに4年生から出ていました。自分で言うのもあれなんですけど、本当に絶好調でした。でも小学5年生のときに仙台に転校することになりましたが、仙台のチームでも同じように活躍できたので、プロになれるんじゃないかと。天狗になってましたね(笑)

ーー中学でもサッカーをしていたのですか?

そうですね。中学1年生でも宮城県選抜に選ばれ、強豪チームが集まるリーグ戦に出場して、チーム自体はあまり強くなかったのですが、得点ランキング2位か3位だったんです。

周りからは「あの下位チームに得点をめちゃくちゃ取っている奴がいるけど、一体何者なんだ」と言われていました。あのときは足が速かったですし、ボールも取られる気もしなかったですし、本当に無双状態で、シュートを打ったらゴールを奪えていましたね。

ーーサッカーでまさに敵なしの状態だったのですね。サッカー以外に印象に残っている出来事があるとお聞きしたのですが、そちらについてお伺いしてもよろしいですか?

サッカーは本当に絶好調だったんですけど、中学2年生のときに、東日本大震災を経験しました。僕は仙台にいたのですが、内陸だったことが幸いして、津波の影響を受けませんでした。でも、じぶんの中ではとても印象に残る出来事で、サッカーができる環境は実は当たり前ではなくて、すごく幸せなことだと気づきました。

そこからいまある日常がいつ失われるかわからないと思うようになって、やりたいことは全部やりたいと思うようになったんですよね。

ーー震災を現地でご経験されたんですね。その日からやりたいことをやりたいと思うようになった。ちなみに高校生になってもサッカーを続けてらっしゃたんですよね?

中学生のときにオスグッドという怪我になって、なかなかプレーできず伸び悩んでたんですけど、ベガルタ仙台ユースのセレクションに受けて合格したので、ずっと勢いに乗ってました(笑)

ユースに無事入団できたのは良かったんですけど、初めての練習で衝撃を受けました。今まではチームの中で1番うまかったですし、通用する自信はありました。でも、ユースの練習量と質があまりにも凄すぎて、初日で伸びていた鼻を折られちゃいました。それはなかなかきつかったですし、精神的にも体力的にもきつかったですし、単純に技術面でもじぶんの実力不足を痛感しました。初めてサッカーを嫌いになった瞬間でもありました。

仲間のレベルの高さを知って、じぶんは下の方に落ちてしまったんだなと思いました。自信もなくし、あのときは練習に行きたくなかったですし、サッカーをしたくないなってずっと思ってしました。今思うとあんだけサッカーが嫌いになっていたのによく続けていたなって。

プロサッカー選手を諦めて落ちぶれたじぶんを救ったもの

ーーユースの練習初日にじぶんの鼻を折られても尚サッカーを続けられた理由はなんだったんですか?

仲の良いチームメイトに「俺辞めるわ」と言ったんですが、「最後まで一緒にやろうよ」と声をかけてもらったので、本当に悩みましたが、両親の応援もあり、続ける事にしました。

今まではチームの中心選手というプライドもあったんですけど、俺はもう中心じゃないと受け入れて、「ミスするからね」と開き直ることで、プレッシャーが徐々になくなって、そこから気持ちも軽くなり、練習に付いていけるようになりましたね。

ーーずっとチームの中心で、自身のプライドを捨てるのは容易なことではなかったと思います。チームのトップにいた時のプライドを捨てることをすんなり受け入れられたのですか?

最初はずっとモヤモヤしていたんですけど、ポジションがフォワードからセンターバックに変わったこともあって、「俺は下手なんだ」と吹っ切れたので、そこから気持ちを切り替えることができました。泥臭く声出しをしたり、スライディングをするとかを全力でやっていましたね。中学時の王様キャラのプレーとは本当に真逆でしたね(笑)

プレースタイルを変えたことで、徐々にチームの強度に慣れてきて、高校2年生の時にようやく途中交代とかで試合にも出れるようになって、サッカーが楽しいと思えるようになりました。初めてベガルタのユニホームを着て、試合に出たときは本当に嬉しかったですね(笑)まさか自分がみたいな気持ちでした。

ーー自分のプレースタイルを変えたことで、それが徐々にサッカーに活きるようになった。泥臭く這い上がるマインドが凄いですね。

サッカーでは高い壁をずっと感じていましたし、どん底から這い上がった感覚があります。高校3年生になってからは泥臭さが功を奏したのか、一定の評価を得て、スタメンで試合に出たり、全国大会にも出ることができました。あのときの苦難があったから、どんなときでも頑張れば報われるみたいなマインドができました。

でも、高校3年生のときに試合に出たりしてましたが、チームメイトがうますぎて、「こういう人たちがプロになっていくんだろうな」って限界を感じました。大学に行けば、一発逆転もあるかもしれないと思ったこともあったんですけど、堂安律選手などいまの日本代表の選手と対戦したときに、じぶんの立ち位置がわかって、プロになることを諦めました。

ーープロを諦め、大学に進まれた後もサッカーは続けていたのですか?

大学でもサッカー部に入部したんですけど、週1しか練習に参加しませんでしたし、典型的なダメな奴に落ちぶれてしまいました。

とりあえず経済学部に入ったんですけど、経済を学びたいわけではありませんでしたからとりあえず出席だけして、講義には行かなかったですね。大学生になって、飲み会に行ったり、アルバイトができるようになったので、ずっとアルバイトと遊びに明け暮れていました。もう少し勉強しておけばよかったなと思います(笑)

いま振り返ると、大学1年生は、暗黒時代だったのかもしれないですね。

ーーなるほど。入社先としてなぜNTTドコモさんを選ばれたのかを教えていただいてもよろしいでしょうか?

大学3年生ぐらいからユース時代のチームメイトが活躍するわけですよ。元チームメイトが強豪大学で試合に出ていたり、プロで活躍する選手も多かった。彼らの活躍する姿を見てると、悔しくて仕方ありませんでした。ユース時代の悔しかった気持ちを思い出して、「僕はサッカーでは勝てなかった。でも、社会人になったときにどこかで勝ちたい」という気持ちが芽生えてきたんです。だから、大学の3年生の春から少し早いですが就活をはじめました。

そこから多くのインターンや会社説明会を受けたのですが、ある日、NTTドコモの会社説明会で衝撃を受けたんです。NTTドコモは携帯会社だと思っていたんですけど、実は最新のテクノロジーを駆使して、たくさんの社会課題を解決しようとしていると知りました。携帯会社だと思っていたのに、テクノロジーを駆使している会社だと思っていなかったので、ギャップの凄さがあり、すぐに応募書類を提出しました。

あとは、企業のキャッチコピーであった「いつか、当たり前になる事を」というメッセージにビビッときてました(笑)

俺もいつか皆の当たり前になることを作りたいなーと思って。応募書類を提出してからは、事前準備をしていたおかげもあり、面接を通過し、内定を無事にもらえました。

 

やりたいことができなかった新卒時代

ーー大学を卒業してからNTTドコモさんではどのようなお仕事をしていたのですか?

僕のバックグラウンドは、サッカーだったので、スポーツに携わりたいとずっと思っていました。実際にドコモでもスポーツに携わる部署があり、希望したのですが、僕が最初に配属されたのは営業部でした。

仲がいい同期はスポーツの部署に配属が決まり羨ましかったですね。僕はドコモショップを担当するなんて思っていなかったので、最初は本当に精神的にきつかったですね。本当にきつくて、辞めるかどうかを悩んだり、転職サイトにも登録したんですけど、面接を受けるまでには至らなくて。でも、体に拒否反応が出て、肌荒れや睡眠不足になったりはしていました。相当ストレスになっていました。余談ですが、その時にサウナにハマりました(笑)現実逃避ならぬ、サウナ逃避ですね(笑)

ーー体にも拒否反応が出ていたんですね。社会人1年目の終わりに転機が訪れたとのことなんですけど、なにが起こったのですか?

社会人1年目の終わりぐらい「ドコモ100人カイギ」と呼ばれるドコモ社員が想いだけでつながれるコミュニティに参加したんです。それまでは社内のたった1つの支店の社員しか見ていなかったんですけど、そのイベントに参加したことで社内にもすごい人がいっぱいいる事を知りました。そして、イベントに参加したその日に「運営をやりたい」と直談判して、運営に携わることになりました。

ーー「ドコモ100人カイギ」に参加する前と後ではどう変わりましたか?

「ドコモ100人会議」で話を聞いて、社内にも面白い人がいるんだと気づきました。それまではずっと会社員は働いて家に帰るみたいなイメージだったんですけど、社外で色々な事をやっている会社員の方がいると知れたのは、よかったなと思います。それに気付けたのも確実に運営側に回ったからですね。

僕は「ドコモ100人カイギ」に参加して、いろんな人の意見を聞けたことが、気持ちが落ち込んでいた時に立ち直る、もう一回頑張ろうと思えた大きなきっかけとなりました。若手でキャリアに悩んでいる人はたくさんいたので、僕が先輩社員からご指導を受けている所をライブ配信すれば、なにかの見ている人のヒントになるんじゃないかなと思い、BarNTTというのをはじめました。

ーー面白いですね!そこから新規事業プログラムに挑戦するとお聞きしたのですが、詳しく教えてもらってもいいですか?

入社前から新しいことをやりたいと思っていて、それを実現するために同期と社内で新規事業案を出したんですけど、見事に落ちてしまいました。いま思えば全然ダメな新規事業案だったんですけど、当時は最高のアイデアだと思っていましたね(笑)

口で新規事業をやりたい事と言えるのは簡単だけど、難しいんだなと痛感しました(笑)

それが悔しくて、「ONE JAPAN」と呼ばれる大企業の若手や中堅社員が集まるコミュニティが主催した新規事業プログラム「CHANGE」に4ヶ月間参加しました。

毎週日曜の17:00-20:00にセミナーがあって1から新規事業について学ぶので、全く新規事業の知識や経験がなかった僕にとって正直結構きつかったです(笑)参加者も大企業で新規事業担当者だったり、日曜の夜三時間で脳をフル回転しないといけかったりで、途中で離脱しそうになったのですが、一緒に参加した同期と共に励まし合いながらなんとか辞めずにやり遂げられました。

4ヶ月間の成果としても最初のアイデアから全然違う事業にピボットし、一定の評価も得られる事業になりました。そこで、自信つけて再度社内の新規事業プログラムに事業案を提出しました。そこからは色々とあり、まだ今も挑戦中です(笑)

 

社外と社内をうまく使い分けて小さく挑戦する

ーー高橋さんのお話をお伺いしていて、大きな一歩を踏み出すよりも小さな一歩を大事にされているんじゃないかなと思いました。自分を変える一歩目を踏み出すために、どんな行動が必要だと思いますか?

おそらく皆さんの中にもこれやってみたいな的なものがあると思うんですよ。

巷でよく言われている英語やプログラミングに挑戦してもいいですし、とにかく興味のあることに挑戦するのが大事です。だいたいビジネス書にも「いますぐ動け」みたいなのが書いてますよね(笑)

個人的には、行動した結果の副産物が一番価値があると思っています。副産物とは、僕の場合だったらBarNTTをやっていたら気付いたらスポーツビジネスに携われる事になっていたりみたいな事です。この副産物は挑戦している人にしか手に入らないので、小さなきっかけから新たな可能性を発見する場合がよくあって、ぱっと思いついたことに挑戦するのもありなんじゃないかと。

興味のあるものに挑戦すれば、合う合わないがわかりますし、会社員で、やりたいことができないと悩んでいる方は、社外で挑戦するのも1つの手段ですね。

ーー社内と社外をうまく使い分けるという考えはいまはあまりない発想なので、ぜひ取り入れてみてほしいですね。

そうなんです。僕は元々スポーツ事業がやりたくてNTTドコモに入社しました。でも、社内ではスポーツ事業ではなく、営業部に配属になった。落ち込んでモチベーションも保てなかったです(笑)

そこからBarNTTを開いて、スポーツ事業をしている方がゲストにきて、「僕もスポーツ事業がやりたいです」と直談判したら、「SpoLive」というスポーツビジネスに携わる事になったので、社内でダメなら社外で挑戦するという視点を持つのは本当に大事ですね。

でも、先程も言ったようにBArNTTは、副業を始めるために始めたものではなくて、本当に副産物でした。目的を持ってなにかをはじめると、それが別の副産物をもたらす可能性があるので、とにかく行動するって大事だなと改めて思いました。

さらに社外の経験を社内に持ち帰れば、相乗効果にもなります。僕も入社時はモチベーションがほとんどなかったダメリーマンでしたが、社外活動を経て、いまは本業にも楽しく取り組めているんですよ。

ーー様々な挑戦を続ける高橋さんですが、現在Mr.JAPANにも挑戦されているんですよね?

これは単純に憧れからの挑戦ですね。テレビでキラキラしていてかっこいいなと思っていたので、僕も応募書類を出してみようかと軽い気持ちで応募しました。そしたら選考を通過したので、いま挑戦中ですね。

ーーなるほど。挑戦する資格は誰にでもある。でも、そこからご自身で掴みに行く人は少ないと思っていて、きちんと挑戦するところが高橋さんの魅力なんだと思いました。

Mr.JAPANへの挑戦、サッカーでいうとベガルタ仙台ユースに入団も、まずは試験を受ける必要があって、試験を受けたから入団できました。

本当に誰でもチャンスはありますね(笑)あとは、掴めるかどうか。

ーー最後に。高橋さんの今後について教えていただけますか?

僕は大企業にいながら色んな事をやらさせてもらっています。やりたいことは全部やりたい。挑戦する資格は誰にでもあるので、僕はずっと挑戦を続けたいと思っています。僕の挑戦する姿や投稿をみなさんが見ることで、挑戦する勇気ややりたいことをやってみたいと思ってもらえたら嬉しいです。

「挑戦したいけど、なかなか勇気が出ない」

このような悩みを抱えている方がもしいましたらいつでも僕に連絡をください。応援できることがあれば、全力で応援しますし、お話も聞きします。

ー高橋さんは様々な挑戦をして、成功も挫折も味わった経験があるからこそ、悩む人の気持ちがわかるんだと思います。挑戦するかどうかお悩みの方は1度高橋さんに相談してみてはいかがでしょうか?本日は貴重なお時間ありがとうございました!

インタビュアー:大庭 周(Facebook/note/Twitter
執筆者:佐藤良太(Twitter/note
デザイン:五十嵐有沙(Twitter