多くの人にHulaやOri Tahitiを届け続ける! オリタヒチ・フラダンサー吉田真渚

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第341回目となる今回は、オリタヒチ・フラダンサーの吉田真渚さんをゲストにお迎えし、現在のキャリアに至るまでの経緯を伺いました。

吉田さんは10歳の時にダンススクールに通っていた母がきっかけでフラダンスを開始。11歳の時に大会で総合優勝し、オリタヒチの祖国であるタヒチへ。そこで初めて本場のオリタヒチに触れます。

中学2年生の時に出場した大会で再び総合優勝し、チャンピオンシップへの資格を手に入れますが、スランプへ。その後スランプを乗り越え、大学の授業と並行しながら、数々の大会に出場し現在に至ります。オリタヒチ、フラの魅力に魅せられ、約11年間続けている吉田真渚さん。継続のコツとダンスの魅力について教えていただきます。

毎日ダンスの練習を行った小学生時代

ー本日はよろしくお願いします!まずは吉田さんが現在取り組まれていることを教えてください。
現在は、中央大学法学部に通いつつオリタヒチ、フラに取り組んでいます。オリタヒチ、フラはダンススクールへ通う以外にも、大会へ出場したりしています。

またご縁があり、地元の子供達が創作ダンスを創る東京都のプロジェクトにも携わっています。子供達が色んなダンスのワークショップを受け、創作ダンスを創るというものです。そのワークショップの1つにフラを取り上げていただき、携わらせていただいてます。

ーオリタヒチ、フラを始めたきっかを教えてください。
もともと母親がスクールに通っており、そのスクールに付いて行った際に先生に誘われたことがきっかけです。最初は右も左も分からない状態から始めました。現在も母と一緒にレッスンなどをしています。

オリタヒチ、フラの大会出場に関しては年齢に縛りはなく、3〜4歳から出場できる大会や、50歳以上の方でも出場できる大会もあります。そのため、どんな年齢の方でも始めやすいですね。

ー小学生の時は、どのくらいの頻度で練習されていたんですか?
週1回のレッスン以外は基本的に毎日家で練習をしていました。母親が練習を見てくれていて、週1回のレッスンに向けて色んなことができるように励んでいました。その中でも記憶に残っているのは、小学校でのラジオ体操の帰りに、家の目の前の公園で練習をさせられたことです(笑)通勤している方に見られながら練習をしたのはすごく恥かしかったです。

ー小学生の頃、ダンスに関して印象に残っていることを教えてください!
1番印象に残っているのは、小学5年生の時に出場した東京大会で、初めて総合優勝をいただいたことです。東京大会へ出場する2~3年前に、大阪大会で3位をいただきましたが、その大会から東京大会まで入賞できずにいました。入賞できないことが悔しかったためたくさん練習をし、その結果、優勝をいただいたので、すごく嬉しかったことを覚えています。

ーすごいです!優勝後、オリタヒチの本場「タヒチ」に行ったとお伺いしましたが、いかがでしたか?
最高でした!タヒチへは、東京大会の副賞で行きました。また行きたいと思っています。現地で受けたダンスレッスンは専属ミュージシャンがドラムを叩き、実際の音楽を聴きながら踊れるため、すごく楽しかったです。

また、タヒチと日本ではダンスの雰囲気が全然違いました。日本もタヒチも共通のステップを使いますが、ステップのスピード感も、振り付けの雰囲気もまったく違います。

骨格の違いで日本人と比べて、タヒチの方は可動域が広く、腰がよく動くんだなと感じました。帰国後は、これまで日本人ダンサーの動画を見て練習をしていましたが、海外の方の動画を見て色々吸収させていただくことが多くなりましたね。

スランプに陥り地道な練習を続ける日々

ー中学時代のダンスで印象的なエピソードはありましたか?
中学2年生の時に出場した大阪大会で総合優勝をいただいたことです!その年から「チャンピオンシップ」という新しい制度が始まったのですが、総合優勝したことでチャンピオンシップへの参加資格をいただけました。

ー初めてチャンピオンシップに出場された際はどうでしたか?
普段の大会では、音楽に合わせて即興ダンスを1分から1分半ほど踊る形式でしたが、チャンピオンシップではそれに加えて、「アパリマ」というまた別の種類のものを踊らないといけませんでした。私はアパリマをちゃんと踊ったことがなかったため、苦戦しました……。

ーチャンピオンシップ以降も、続けて大会へ出場されていましたか?
実は、チャンピオンシップに出場し、それ以降の大会では入賞できない日々を過ごしていました。ここから自分のスランプが始まりましたね。

今考えると、練習量が足りなかったなと感じていますが、当時は「なんで勝てないのか分からない!」という気持ちでした。今はなんとかスランプから抜け出しつつあるので、もうスランプに陥った時には戻りたくないです。

ースランプはどのぐらい続いたのでしょうか……?
約4年間でしょうか。大会へ出場はしていたものの、チャンピオンシップへの出場資格を貰える順位に届かず、一度資格が無くなったこともありますまた、チャンピオンシップの出場資格を無くした年に、同じスクールの後輩がチャンピオンシップの資格を貰って大会へ出場したこともあり、自分のせいとはいえ、かなりメンタルはボロボロになってました……。

ースランプの時期が結構続いたとのことですが、どのタイミングで光が見えてきたんですか?
高校3年生の6月に出場した福岡大会で2位をいただき、再びチャンピオンシップへの資格をいただいてからですかね。6月の大会へ出るまでは、ステップや足の動かし方など基礎を一から見直し、ひたすら練習をしていました。また、子供達へのレッスン指導も始めていたこともあり、より練習にエンジンがかかりました!

ライフスタイルの変化に伴い、ダンスへの取り組みや意識も変化

ー大学進学後、コロナなど色々な変化があったかと思います。そんな中、吉田さんのライフスタイルに変化はありましたか?
入学してからはオンライン授業のため、1年以上家で授業を受ける日々を過ごしています。しかし、オンライン授業だからこそできることも増えました。例えば、大学への移動時間がないため、親のレッスンをお手伝いしたり、レッスン先でオンライン授業を受けることができるようになりました。

ー大学生になり高校生と比べて、ダンスへの取り組み方で変わった点はありますか?
自分が考えていたよりも随分変わった点があると感じています。大学生になって、子供達へ本格的にダンスの指導をさせていただくようになり、子供達にかっこ悪いなと思われるような踊りはできないと考えるようになりました。自分が受けている本校のレッスンでも現在は最年長となり、周りの仲間と比べて頭1つ出ていないといけない立場なのでは?と考えるようになり、練習方法も意識も変わりました

また、今年の大会は動画提出形式で行うため、生徒さん達に大会の動画を共有することも多くなりました。共有した動画は何度も見ることができるため、粗が出ないようにたくさん練習するようになりましたね(笑)ビデオ映えするような踊り方、撮り方なども工夫するようにしています。

ーオンラインになって、海外の大会にも出場するようになったとか……!?
はい!動画での参加になるため気軽に海外の大会に出場するようになりましたね。

2020年は日本の大会は1つで、その他は全て海外の大会に出場しました。海外の方と戦うとなると、体格にどうしても差が出てしまうため、自分をいかに魅せるかということを考えながら踊ったことは、よい経験になりました。

吉田さんの心を掴んだオリタヒチ、フラの魅力とは

ー吉田さんは1つのことを継続して頑張られていますが、1つのことを継続するためのアドバイスをください。
なんでもよいので、1つ決めたことを3日続けることですかね!もともと継続が得意ではないタイプですが、1日のノルマを低くして少しづつやっていくことが継続のコツだと思っています。

ー最後にダンスの魅力と、今後の夢についてぜひ教えてください!
ダンスの魅力はたくさんありますが、個人的には衣装やメイクで非日常の自分になれることですかね!上手い下手関係なく楽しめますし、表現方法が色々ある点も魅力です。衣装も可愛いしダイエットにもなりますよ(笑)ぜひオリタヒチ、フラを同年代の人に始めてほしいです!

今後の夢に関しては「Heiva I Tahiti(ヘイヴァ イ タヒチ)」という、タヒチ最大の祭典に出ることです!大学2年の夏か、3年生の春頃までには参加したいなと考えています。また、所属しているダンススクールのInstagramのフォロワーが8,000人程いるため、影響力を活かした活動や、サスティナブルな衣装作りにも挑戦していきたいと考えています。

ーダンスがより多くの人に広がるといいですね!本日はありがとうございました!

取材者:高尾 有沙Facebook/Twitter/note
執筆者:藤川 結貴(Facebook/note
デザイナー:五十嵐 有沙(Twitter