食卓からwellbeingな暮らしを。田中麻喜子が自分のものさしを築いた原体験とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第351回目となる今回は、株式会社TSUMUGI取締役の田中麻喜子(たなかまきこ)さんです。

高校時代のイタリアの田舎町での生活や、大学生のときにアメリカで体調を崩した経験から食の大切さに気づいた田中さん。実体験から自分自身のものさしを築く大切さや、食に対する想いについて伺いました。

 

体験から感じた料理の普遍的価値

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

株式会社TSUMUGIの田中麻喜子と申します。今は食卓を軸にwell-beingな暮らしをつくる共同体を会社でつくり、主に食関連の体験や企画を担当しています。

ー田中さんの現在の価値観も含めて、料理に対する想いを教えてください。

私のライフイベントの中で大事な気づきを得たときは、必ず料理や食につながっています。

過去に体調を崩して、体調管理のために料理をし始めたことがあったんです。当時留学中でさまざまな国の人たちと生活をしていたのですが、各自好きな時間に食べる、いわゆる個食の形をとっていました。でも、わたしが料理を始めたら、みんなが同じ時間に家に帰ってくるようになり、そこで初めて食卓がうまれ、みんなで会話をするようになったんです。食卓ができたことで、つながりによる心の安心や家庭みたいなものができました。その経験から料理は栄養面だけではなくて、心身ともに豊かにする力を持っていると感じました。

そのあと、株式会社クックパッドの海外事業部で海外事業の立ち上げを担当し、各国の食卓にインタビューに行く機会がありました。インドネシアやヨーロッパ、アジアなどさまざまな国の現場を視察する仕事です。料理がもたらす価値は国を越え、性別や年齢、文化や宗教を越えていくものだといった原体験を経て、食には普遍的価値があると感じました。

 

食の魅力を感じることができたイタリア留学

ーここからは、田中さんの幼少期を振り返ります。自然豊かな環境でのびのび育ったと伺いましたが、具体的にどういった学びがありましたか?

子どもは自然の中で泥だらけになって遊んでほしいという両親の希望があり、毎日東京の自宅から約1時間半かけて、幼稚園から高校まで森の中にある学校に通っていました。ここでの学びは今の自分の素地を形成していると思います。

特に人との関わり方ですね。人と関係を築いていく大事さや、つながりは小さなことが積み重なってできるんだと学びました。また、感覚や感情、人との繋がりや体験など、数値化できないものに価値があることに気づいたのもここでの大きな学びです。

ー大切な学びを得たのですね。16歳の頃に留学をされたとのことですが、どうして留学をしようと思ったのですか?

家庭の環境が大きいですね。家族で海外旅行に行ったり、小学生のときに両親がホストファミリーを始めたりして、海外の人たちを受け入れていました。家に帰るといろんな国の人たちがいる。自分が生きてる世界って小さいんだ。世界にはいろんな人がいて、いろんな景色があるんだと当時ふんわりと思っていました。そこから次第に自分も海外へ行きたい、世界を見てみたい気持ちに変わっていったんだと思います。

中学生のときには留学したいと両親に宣言していましたね。留学先や団体、どういった機会があるのかを探して親に説明し、最終的にイタリアに留学しました。

ーイタリア留学での生活はどん底だったと伺いました。実際にどのような経験をされたのでしょうか?

初めのうちは、簡単な挨拶と自己紹介しかできない状態でした。自分の周りに何が起こっているのかわからない。会話もわからないし、その人たちが誰なのかもわからない状態に飛び込んだことがなかったので、できることが圧倒的に少なくて無力感を感じる日々でした。日本にいるときと全く違う環境で、行きたいところに行けない、言いたいことが言えない、何も思い通りにいかず、自分の無力さに落ち込むこともありました。

言葉だけではなくて文化も壁もありましたね。家庭に入って家族の一員として過ごす際には、地域の文化だけでなく、その家庭の文化に適合する必要があります。さらに、ホストママが英語を一切しゃべれなかったので意思疎通ができない。だから困っていてもちゃんと説明できないし、コミュニケーションができない。私の行動だけを見られるので、その裏の思いが説明できないことが一緒に生活するうえでは難しいと感じました。

当時は一生懸命すぎて、自分が辛いことも気づかないくらい必死でしたね。ただ、その分全力で文化も吸収し、必死に語学を身に付けられたのはよかったと思います。

ーそうだったのですね……!でも食の魅力に気づき始めたのはイタリアでの原体験だったそうですね。

ホストママとどうやってコミュニケーションをとるか考えたときに、当時の私にできる最善の方法は料理でした。

料理はほとんど言葉がなくても、見よう見まねで手伝えます。「こうやって切ってね」と言われているんだろうなあと思って、横でそのとおりにしたら喜んでくれるし、ファミリーも美味しいと言ってくれる。唯一なにもできない私が人に喜んでもらえるきっかけでした。そこから毎日料理を手伝うようになりましたね。

留学先が人口2,700人の小さな村なので、スーパーやコンビニがないんです。だからお肉はお肉屋さんで買って、チーズは専門店に行って、といろんなお店をまわります。

イタリアでは、お店でひとつのお肉を買うのに一時間くらいかかるんですよね。挨拶から会話が始まって、店の人も食に対して熱量があるので、レシピやおいしい食べ方を教えてくれる。

それに、イタリア人は会うと食の話をするんです。食が中心にある国ですね。挨拶代わりに「昨日なに食べた?」と普通に聞くのでおもしろかったです。

ー食事の時は必ず家族みんなで集まって食べる文化なのでしょうか?

必ずと言っていいほどそうですね。イタリアの学校は午前で終わって、お昼は家に帰ってみんなで食べるんですよ。もしくは一回家に帰ってまた学校に行く。働いている人もそうなんですよね。お父さんもお昼に会社から帰ってくるんですよ。それくらい一人で食べるのはありえない国なんです。

ーイタリアで一年ほど過ごして、食以外になにか気づきや学びはありましたか?

人は一人ではなにもできない、なにをするのにも人がいないと自分の力だけではなにもできないことを学びました。人とのつながりの大切さですね。あとは、飛び込んでみることは大事だと思いました。飛び込んでみて初めて気づくことや、やってみないとわからないことばかりでした。当時はどん底だったので留学の8割は辛かったんですが、最後の期間はそれを遥かに上回る幸福感で帰国したので、やってみることの大事さを感じました。

 

アメリカで感じた食の大切さから、食卓や料理と関わる仕事へ

ーイタリア留学から帰ってきて、次の転機ではアメリカに留学されたと伺いました。アメリカ留学はどうでしたか?

アメリカ留学において一番の優先順位は勉強でしたね。毎日が新しい学びの連続で、充実していました。ただ、勉強に費やす分時間もなく、自分のお金を貯めて留学したので金銭的な制限もあり、食は疎かになっていました。安くて時間をかけないことに優先度を置いていた当時のベストは惣菜を買うか、外食するかの選択肢でした。それが原因で体調を崩すことが増え、最終的に入院して手術することになりました。

そのとき初めて食が大事なことに気がついたんです。母が20年以上毎日作り続けてくれていた料理が、自分のからだになっていたんだとわかりました。健康を失って初めて「健康はあるものではなく、築くものなんだ」と認識することができたんです。

それから意識して料理をするようになったことが大きかったですね。料理を始めたらポジティブな副作用がたくさんが出てきて、それまでの人生のなかにあった点が、料理の軸でつながって線になったんです。

料理の大切さや楽しさを伝えることが自分のライフミッションだと気づき、専攻をArtからFood Studiesに変えて、食の観点から社会や文化、歴史をを読み解く学問を現地で学びました。アメリカでの実体験を通して、それまでのさまざまな食に関する点が結びついた瞬間が、一番の転機であり気づきですね。

ー食の大切さに気づいて自分で料理し始めたことで、アメリカ生活がどのように変化しましたか?

料理をすることで、人がつながって食卓ができる経験をしたのは大きかったです。それこそイタリアみたいに、毎日一緒にテーブルを囲んで食べると心身が整う感覚ですね。毎朝体調がいいし、心が満たされている。「食卓からwell-beingを」というミッションで会社を経営していますが、この経験こそ食卓からwell-beingが実現できた瞬間でした。そのきっかけが料理だったので、料理をきっかけにアメリカの生活や日々の心身が変わったと思います。

ー日本に帰国後はクックパッドに入社され、新規事業を担当されて海外を飛び回っていたと伺いました。当時の思い出や体験を教えてください。

クックパッドの仕事では、ユーザーインタビューのために各国を訪れました。インドネシアでは、あまり豪華とは言えない一般家庭を訪問したことがあります。日本からは想像がつかないようなほぼ半開きの家で、マッチで調理の火をつけて、私たちが想像する豊かさとは少し違う空間でした。でもお母さんは子どものために料理をして、その料理のおかげで食卓があり、料理を囲んでいる家族がすごく幸せそうな姿を見たときに、「私が感じた料理の力は正しかった」と感じました。

イタリアでは国内各地をまわりました。実は北と南で文化が全然違うんですよね。南のシチリア島に行った際に、食卓は地域から出来上がっているんだということを感じました。

地域によって気候が違ったり、それまでの歴史文化が違ったりといった、複合的な要素が積み重なって食卓や食文化をつくりあげているんですよね。

ー例えば、どういったことでしょうか?

例えばシチリアの漁師さんの家では、お父さんが今朝漁でとってきた魚をさばいて食べていました。シチリアでは魚を使った郷土料理で定番のものがありますが、その料理に使うのは市場では売れない部位なんですね。日本語でいうと漁師飯のような一皿です。それが郷土料理になっているのは漁師さんがすごく多い町で、売れない部分を美味しく食べようと生み出された料理だからです。そのように、さまざまな人々の知恵や背景がひとつのお皿に詰まっているのはおもしろいですね。

ーとても興味深いです。イタリア駐在で、自分のものさしを築く大切さに気づいたきっかけを教えてください。

自分の幸せは自分だけが知っているんだと感じたことです。イタリア人は日本人に比べるとそれがはっきりしているので素直に行動できます。自分はこれだと幸せじゃないから「NO」と言うのは、彼らにとってポジティブなことなんですよね。

特に自分のものさしの優先順位が「家族」「健康」だという人の割合が圧倒的に高いんです。会社を遅刻もしくは休む一番の正当な理由が「家族」なんです。

きちんと自分のものさしを築いていかないと、周りの環境に埋もれて結局自分の幸せをつくれないと感じました。一人一人それぞれのものさしがあるのは当然なことで、それをしっかりと自分が持っていることは大事です。そのことを感じられたことは自分にとって大きかったです。

ものさしをどうやってつくるのかは、実体験が築いていくと思います。だから社会のものさしでも家族のものさしでもなく、自分のものさしを持つためには実体験から学びを得て、そこで落とし込んでいく作業をすることが大切だと思います。

 

「共給共足」で共に耕して共に食べていく未来を

ークックパッドで田中さんのやりたいことを実現しているように感じましたが、退職されて株式会社TSUMUGIを立ち上げたのはどのような経緯や決断がありましたか?

そうですね。クックパッドでは優秀なチームとやりたいことができて、毎日幸せでした。でもそれ以上にやってみたいことができたというのが一番の理由ですね。食について考えれば考えるほど、食はキッチンや食卓の周りだけでは終わらないということに気がつきました。

おいしい料理をつくるためには、やっぱりおいしい素材がないとつくれない。そういうおいしい素材はどのように生まれるのかというと、豊かな土壌や自然環境がないと育たないのではないか。食を深めたいと思ったときに、食卓の前後の風景をもっと見たいと思いました。素材が生まれて、食べられて、そのあとゴミになってどこへいくのか。生産や流通の部分を全然知らなかったので、学びたい気持ちがありました。

また、私のなかで食の「心身の健康を保つ」作用は一番大事な要素だと思っています。

TSUMUGIの代表は食養生研究家という、食養生のプロフェッショナルです。食養生というのは、毎日の食卓から体を整えて未然に病を防いでいくものです。食養生についてもっと深めたい、勉強したいと思っていたときに、代表から事業を手伝ってほしいとお話をもらい、一緒に立ち上げる形で今の会社にジョインしました。

ー株式会社TSUMUGIではどういった活動をされて、この活動が田中さんのものさしにどのようにつながっていくのでしょうか?

TSUMUGIの一番のメイン事業は食の共同体というものです。私たちは「生活共同体」と呼んでいて、食卓を軸にしたコミュニティをつくっています。

コミュニティは、オンラインサロンのような一方向の関係ではなく、メンバーがWell-beingを実現するために一人ではできないことを助け合いながら、楽しく試すためにあります。農家さんと共同体メンバーで共に作物を育てる「共給共足」は、その一例です。自給自足だとすべて自分で学び実践する必要があるのでハードルが高い。でも「共給共足」だと、パートナーになってくださる農家さんと一緒に、畑をみんなで耕して食物を育て、収穫物や知見、リスクも含めて全部をシェアする。共に耕して、共に食べていくので、初めの一歩を踏み出しやすいです。

これは私自身もやりたかったことなんです。自分も作物を育て、食べ物をつくってみたい気持ちはあっても、都内で働きながらだとかなりハードルが高いですよね。

なので、同じ想いをもった人たちを募り、さらに生産者さんを巻き込んで、一緒に教えてもらいながらつくっていく。その代わり私たちは一定の額のお金を集めて、生産者さんの事業をサポートする仕組みをつくりました。これがリスクも学びや収穫物もシェアする「共給共足」です。

今年からは会社で田んぼと畑をスタートします。こんなに小さな種が、立派に大きく育ってくれたんだとやっていくなかでで感じますね。だからスーパーマーケットに並んでいるものが異様に見えてくるんです。なんで形が整っているんだろうとか、食に関する今まで気づかなかったことに気づくようになって、そこがまた私のものさしにつながるんだと感じます。

ー最後に今後の展望や、挑戦したいことを教えてください。

たくさんあるなかで今一番関心が高いのは田んぼですね。

日本人はお米をたくさん食べています。私も自分のソウルフードはおにぎりだと海外の人に答えるくらいお米が好きです。それほど食べているものをゼロからつくってみることで、自分のなかで何が変わるのかは楽しみですね。

共同体でやっていることは実験の繰り返しです。自分たちが気になることを実験していく場としての共同体なので、メンバーがやりたいことをみんなで実現するために試してみる。それを繰り返して学び、自分の答えを見つけていく。そういった体験をつくるのはとてもやりがいがあるので、これからも挑戦していきたいです。

取材:武 海夢(Facebook
執筆:スナミ アキナ(Twitter/note
デザイン:五十嵐有沙(Twitter