研究者であり経営者である株式会社fust代表取締役・長澤瑞木が語る、教育のこれから

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第359回は株式会社fust 代表取締役の長澤瑞木(ながさわ みずき)さんです。元々は教員になることを目指していたという長澤さん。教員になる夢がどのように変わり、コーチング事業を行う会社を起業するに至ったのか、現在に至るまでのお話と教育のこれからについてお話いただきました。

コーチング事業を行う経営者であり研究者として

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

北海道出身で現在は子供向けのコーチング事業・マインドフルネスを扱う事業を行う会社、株式会社fustの代表取締役を務めています。

また、東京学芸大学大学院の教育学研究科 教育AI研究プログラムの修士2年生でもある他、今年の3月からは情報経営イノベーション大学(iU)の客員教授としても働いています。

株式会社fustという社名にはどのような意味が込められているのでしょうか。

fust:は”future starts today(未来は今日から始まる)”という言葉の頭文字を取ってつけました。子どもたちに、目標を見つけて行動すれば、どんどん道が開け可能性が広がるということを伝えたくてこの社名に決めました。もちろん、会社としても、自分自身も課題意識を持って成長していくことを追求していきたいという思いも込めています。

ー素敵ですね!株式会社fustで行っている事業についてもう少し詳しく教えてください。

株式会社fustでは現在主に2つの事業を行っています。

1つ目が小学生から高校生を対象にしたオンラインコーチングサービス「Candle」です。これはオンライン家庭教師のコーチングバージョンのようなサービスになります。

そしてもう1つが教育に特化したコーチングプラットフォーム「Edu Coaching Lab」になります。こちらは昨年末にクラウドファンディングを行い、リリースしました。先生や保護者、大学生など教育に関わる方でコーチングに関心のある方々が現在161名在籍しているコミュニティになります

ー子ども向けのコーチングというと具体的にどのようなことをされるのでしょうか。

それぞれのテーマに関する葛藤と向き合う時間を提供し、目標設定を一緒に行います。よくあるテーマであれば、部活動・勉強・生活習慣ですね。例えばコーチと一緒に勉強の計画を立て、1週間後に計画通りに進んだかどうかの振り返り(リフレクション)をコーチと行い、改善案を話し合うなど、コーチが一緒に伴奏していくんです。

現在はコーチングに興味を持たれている保護者の方からのお申し込みが中心ですが、今後コーチングがどんどん広まり、子ども自らが申し込むという流れもでてきたら嬉しいなと思っています。

教育実習で感じたもどかしさから教員以外の道も考えるように

ー現在に至るまでのお話もお聞かせください。教育に興味を持ったのはいつ頃のことだったのですか。

両親が教員だったため、教師という仕事が身近にあったことが大きく影響しています。小学生の頃からなんとなく教員になることを目指していた感じです。両親が楽しく働いているのを見ていたことや、父が働きながらも博士課程で研究を続けていたことなどから教員という仕事に対してポジティブなイメージしかなかったからだと思います。

とはいいつつも、小学2年の頃から始めた野球に小中高とずっと熱中しており、特に教員になるために何かをしていたとかではなかったです(笑)

ー本格的に教員になりたいと思ったのはいつだったのでしょうか。

大学の進路について考えたときです。将来何をしたいかを改めた考えた時に、やっぱり教員になることが思い浮かび、北海道教育大学に進学を決めました。

ーその後、教員を目指すのを辞められたのは何がきっかけだったのですか。

大学3年の夏休み期間中に教育大学付属の小学校に5週間、教育実習に行ったのがきっかけでした。

すごく楽しく、充実していた教育実習期間ではあったのですが、もどかしさも感じる教育実習でした。というのも、クラスには塾などに通っているため勉強ができる子と勉強が苦手な子が必ずいます。そのため授業の構成を作るときには、その間のレベルに合わせて作るのですが、それでは特に算数など積み上げが前提の教科で勉強ができない子はどんどん置いていかれてしまうんです。これだけテクノロジーが発達しているのだから、コストを度外視すれば、一人ひとりの学びのペースにあった教育を提供できる方法はないのかと考えるようになりました。

ー教育実習の気づきを経て、その後何かアクションを取られたのでしょうか。

大学でも硬式野球部に所属しており、教育実習前まではずっと野球漬けの生活を送っていたのですが、教育実習後はプレーヤーとしてではなく学生コーチという立場でチームに貢献することを選びました。その代わり、野球に費やしていた時間の一部を学びに投資することを決め、学外の様々な勉強会やセミナーに参加するようになりました。

 

コーチングが基盤となった教育の可能性を感じた

ーコーチングとの出会いも教育実習後のことですか。

そうです。学びの場に積極的に参加する中でこれからの教育現場にはコーチングが必要だと言う考えを発信されているコーチとの出会いがありました。自分自身もコーチングを受ける中で教育現場でのコーチングの必要性を感じるようになりました。

ー具体的にはどのあたりにコーチングの魅力を感じられたのでしょうか。

教育におけるコーチングの特徴は子供が主体であることです。教育者はあくまでもサポートする立場で、子供の魅力を引き出す役になります。前に立つのではなく、横に立つあるいは後ろから支える、そんなスタンスに魅力を感じましたね。

ーそこからコーチングの学びを深められたのですね。

コーチの方がオランダ教育に注目されており、話を聞く中でコーチングが基盤となった教育を自分の目で見たいと思い、クラウドファンディングで支援を募ってオランダに視察にいくことになりました。北海道では当時まだまだクラファンは主流ではなかったのですが、目標金額を30万円を3日間で集めることができ、結果的には78万円のご支援をいただいてオランダに行くことができました。

ーオランダ視察はいかがでしたか。

1週間で3つの教育施設を視察させていただいたのですが、コーチングが想像以上にオランダの教育の中核にあることに驚きました。先生の生徒との接し方など全てがコーチングをベースに行われていました。

また、オランダでは教育養成大学の場合、コーチングの授業がある他、1年目から教育実習でコーチングの実践を行う機会もあります。日本の場合、教育実習は短期間に集中して行われますが、オランダの場合1週間に1回の教育実習が4年間行われるんです。

ー教育実習一つとっても日本と異なるんですね!

オランダ視察をきっかけにオランダ以外の教育先進国と言われる国を見たいと思うようになり、帰国後再びクラファンを行いました。この時は5人でクラファンを行い、250万円程の支援をいただき、アメリカとカナダに1週間ずつ行ってきました。

アメリカではセキュリティ面で小中高への視察が難しかったため、大学に訪問し研究者などにインタビューをしたり、コーチングのカンファレンスに参加し、カナダでは小学校と中学校に視察させていただきました。

ーアメリカとカナダに訪問して、教育に関して新たな気づきはありましたか。

アメリカの特徴としては州ごとの教育の格差が大きいと感じました。一方カナダでは地域ごとの差は少ないもののお金を出せば出すほど良い教育が受けられるという現状があることに気づきました。

その後も合計6回のクラファンを行い、9カ国に訪問し視察を行ったことで、初めは海外の教育の良い点ばかりに注目していましたが、徐々に日本の教育の良さも気づくことができたのはよかったなと思います。

ー長澤さんの行動力はどこからきているのでしょうか。

失敗は必ず次に活かせると思っているからです。そして失敗するなら早ければ早いほうがいいなと思っています。

海外視察を行った際、海外には失敗しても挑戦し続けることを称賛する土壌があるなと感じました。日本でも、失敗材料が成長につながるという考えが主流になり、もっと挑戦しやすい環境になればいいなと思いますね。

ウェルビーイングを起点に教育を再定義していく

ー大学卒業後の進路についてはどのように考えられていましたか。

アメリカ訪問時に参加した学会で現地の学生たちと交流する機会があったのですが、その時に印象的だったのが「あなたは人生で何を成し遂げるの?」と聞かれたことでした。日本にいるともっと短期的な視点での質問を聞かれることが多く、あまりそのような質問を聞かれることがなかったので、即答できなかったんですよね。アメリカへの訪問は自分が人生の時間を何に使い、どのように貢献したいかについて改めて考える機会ともなりました。

その結果、教員になるのを辞め、大学院に進学しました。研究は楽しかったのですが、実社会の教育にどのようなインパクトが与えられるのかを考えた結果、ビジネスを通して公教育に外からアプローチすることに挑戦してみたいと思いが1年前の起業につながりました。教育現場を外から支えることにチャレンジすることに価値があると思ったんです。

ーコロナ禍で起業されたんですね。

ちょうどコロナということで大変だったけど思い出に残る創業1年目になったなと思います。特にすべてのサービスをオンライン前提で構築するのはある程度想定はしていたものの、難しかったです。

一方で教育実習時に感じていた教育現場のテクノロジーの活用の遅さはコロナによってある程度進んだことはよかったなと思っています。当時は2025年にITが教育現場で活用されるかどうかというレベルで、実現さえも怪しかったですがコロナのおかげで環境整備が進んだように思います。すべての子どもたちに対して平等に教育を提供するのが公教育です。テクノロジーによって子どもたちそれぞれの学びのペースに合わせた教育が実現されるのが理想ですね。

ー今後AIはどう教育に活かすことができると考えられていますか。

現状行われていることとしては、子どもたちがどこまで理解できているのかなどをAIで分析して教科教育の効率化を図るというのがあります。

今後はどうやってAIを活用してどう子どもたちの心に寄り添うかが課題となると思っています。コミュニケーションを可視化できるのがAIの利活用です。AIが子供の心に寄り添うことができるようになれば、コーチングにおいてもAIとコーチのハイブリッド型で子どもたちをサポートすることが可能になります。

ーその実現が楽しみですね!最後になりますが、長澤さんの今後の目標などがあればぜひ教えてください。

子どもたちの幸せをウェウビーイングを起点に教育を再定義していきたいと思っています。子どもたちの学力を高めることがキャリアの選択肢を広げるなどといった側面から教育に携わる方も多くいるかと思いますが、子どもたちの心理的な幸福度を高めることを目標に、ビジネス・研究という2つの視点から少しでも教育に貢献していきたいです。

ー今後のご活躍、応援しております!本日はありがとうございました。

インタビュー:あおきくみこ(Twitter/note
執筆者:松本佳恋(ブログ/Twitter
デザイナー:五十嵐 有沙 (Twitter