未来への距離を測りながら生きていく。吉開祐貴が重ねてきた “選択” と “覚悟”とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第340回目となる今回のゲストは、小売業の変革を推進する10XにBizDevとして参画している吉開 祐貴(よしかい ゆうき)さんです。

株式会社ユーグレナで経営企画に従事し、M&A、ベンチャー投資、研究開発マネジメント、新規事業などを担当。その後、グループ会社であるリアルテックホールディングス株式会社に転籍し、執行役員として働いたのちに株式会社10Xに入社した吉開さん。

そんな吉開さんが、現在に至るまでの “選択” と “覚悟” について、お伺いしました。

お金と時間の価値は平等ではない。格差を意識した高校時代

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

吉開 祐貴と申します。現在は株式会社10Xで事業開発の仕事に従事しています。もともと株式会社ユーグレナの経営企画で働いていて、その後リアルテックファンドというベンチャーキャピタルファンドに転籍し、環境系や食領域のベンチャー企業に投資したり、執行役員としてバックオフィスの管轄をしたりしていました。

ー本日は、現在の吉開さんに至るまでの変遷を追っていければと思います。今までの人生を振り返ってみて、モチベーションの上がり下がりがあったポイントを教えてください。

今まで何にも影響されず、ずっとポジティブに生きてきました。周りに田んぼや山、川しかなくて、ゆるやかに時間が流れているような環境で育ってきたので、何の摩擦もなく生活をしていました。

そんな中、17歳になったタイミングで母子家庭になって。それまでは普通の家庭で、何不自由なく生活してたのですが、母子家庭になってから「お金と時間の価値は平等ではない」と感じるようになったのです。

教育格差や情報格差、経済的な格差などを強く意識したタイミングでもありますね。

ー母子家庭になったことが、1つのターニングポイントだったのですね。大学へは進学されましたか?

大学進学の選択肢はありませんでした。通例的に、高校卒業後は地元の会社で働くような環境で育ってきましたし、幼い頃から「地元に残るのが親孝行だ」「公務員になれ」と言われ続けてきたので、公務員の試験を受けていました。

ただ、ちょうど母子家庭になったタイミングで母親が、「自分が大黒柱になる覚悟で、大学へ進学して欲しい」と言ってくれたのです。それで私も踏ん切りがついて、地元の国立大学に進学することにしました。

その頃から「生かされている感覚」が強かったです。

トビタテで海外留学を経験し、新たな価値観に触れる

ー国立大学に進学されてから、どのように過ごされたか教えてください。

大学時代は可能性を耕した期間でもありました。

私が進学した大学は英語の試験がなかったので、比較的英語が好きではない方が多かったのですが、私は英語の勉強に力を入れていました。

ーそれはなぜでしょうか?

大学受験の前日に泊まったホテルでの出会いがきっかけです。ホテルの銭湯で、たまたま海外の方と2人きりになって。たくさん話しかけてくれたのですが、何も理解できず、答えることができず、「中高6年間で何を勉強してきたんだろう」と情けなくなりました。

それがきっかけで、「大学に入ったら絶対に英語の勉強をしよう」と決意し、学問に精を出すことができたので、あのとき銭湯で話しかけてくれたことに感謝しています。

ー大学時代は学問以外のことに目が移りがちだと思うのですが、なぜそこまで学問に集中できたのでしょうか?

大学入学前と同じように、生かされてる感覚があったからです。いつも自分に「お金と時間の価値は平等ではない」と言い聞かせていたことが、努力の源泉となっています。

ーその他、大学時代に記憶に残っていることがあれば教えてください。

英語の勉強を頑張る中、大学3年のときに文科省が主導しているプログラム『トビタテ!留学JAPAN』に採用されました。民間企業からの金銭的支援により、初めて海外留学を経験することができました。

トビタテに参加しているメンバーは、目標に向かってひたすら努力しているんですよね。そんなメンバーたちと出会えたことが1番の収穫です。

ートビタテではどこへ行かれたのですか?

マレーシアです。大学の研究テーマが「水」だったので、マレーシアのパームオイル産業によって排出される水の処理について研究しました。

ー留学期間での1番の学びは?

日本とマレーシアでは常識が異なるということです。現地は現地ならではの問題や価値観があるので、日本のハイテクノロジーをそのまま導入してもフィットしないんですよね。

ー具体的に、日本とマレーシアで異なる常識について教えてください。

パームオイル工場排水は、とても汚染度が高いので川に流しちゃいけなくて、もし流した場合は罰金を払わなくてはいけなくて。それでも彼らは、浄化せずに罰金を払ってでも流していました。

それはなぜかというと、罰金を払った方が費用がかからないから。ハイテクノロジーを導入するよりも、ルールを破って排水した方がプラスだと考えていたので、無理に機械や技術を導入しようとしたところで、彼らのニーズと合致しませんでした。

日本からただ想像しているだけでは気づけなかった感覚に、触れることができました。

アメリカ留学を経て、研究者ではなくビジネスの道へ進むことに

ー留学を終えてからのお話をお聞かせください。

帰国後は試験を受け、大学院に飛び級で進学することになりました。

大学院進学後、英語の勉強をずっとしてきた甲斐があって奨学金を得ることができ、客員研究員として、アメリカのペンシルベニア州立大学へ留学できることになったのです。

当時から研究者になりたいと思っていたので、大きなチャンスだと思いアメリカへ留学することを決めました。

ーアメリカ留学はいかがでしたか?

めちゃくちゃ厳しかったです。研究室は6人ほどしかいかいなかったのですが、全員博士課程を終えたポスドクで、研究の道一本で戦ってきた人たちばかりで、自分の未熟さを痛感させられました。

ートップレベルの方たちと対面して、挫折を味わったのですね。

そうですね。先生からは、日本の大学院を卒業してアメリカに来いと言われてたのですが、「志向性のミスマッチ」と「敗北感」から、研究者以外の道に進むことを決断しました。

敗北感は、トップレベルの方たちと一緒に研究する中で、自分がこの先同じ道を歩んだとしても、同じレベルに到達しえないと身をもって感じましたね。

志向性のミスマッチでいうと、私は社会貢献欲求が強かったのでビジネスと研究のつながりを重視していたのですが、研究は必ずしもビジネスに結びつくことありきではないですし、そうあって欲しいとも思っていなかったので、居場所としてアカデミアではなくビジネスサイドを選んだ方が幸せになれると思いました。

ー社会貢献欲求が強かったのはなぜ?

自分は生かされているという感覚が強くて、生かされている以上は、最後は役に立って死にたいという想いがあるからですね。

もともと、自分にベクトルが向くことはあんまりなくて。社会に対して価値を提供する過程で、自分も成長していくだろうと考えていました。

ー研究者の道を諦め、その後どのように活動されたのでしょうか?

私のフィールドは研究者ではないと改めてわかったので、ビジネスサイドへ行こうと思い、就職活動を始めました。事業会社やコンサルティング会社などいろんな会社を見ていた中で、最終的に株式会社ユーグレナへ入社することになりました。

覚悟を持ってユーグレナへ入社し、成功体験を積む

ーいろんな会社を見ていた中で、最終的にユーグレナを選んだ理由を教えてください。

理由は2つあって。1つは、現副社長の永田さんと出会って「この人と働かなくては」と思ったからです。もう1つは、研究への想いを捨てきれなかったからですね。

ー「この人と働かなくては」と思ったのはなぜ?

いつも心の底から話をしてくれているところに魅力を感じて、直感的に「一緒に働きたい」と思ったのです。

ービビっときたんですね。ユーグレナでの業務内容を教えてください。

ユーグレナでは経営企画業務に従事していて、主にM&A、ベンチャー投資、経営管理、研究開発マネジメント、新規事業、IRなどを担当していました。

ずっと研究をやってきていたのでビジネスのことは何もわかりませんでしたが、UBS出身の上司と永田さんに育ててもらいました。

お二人の業務量の膨大さに対するカバー範囲の広さ、処理スピードの速さから学ぶことはたくさんありました。できるできないではなく、やり続けるしかないと割り切ることができたのです。

ーユーグレナへ入社してから、印象的だった出来事はありますか?

大きなプロジェクトを任せていただけたことです。伊藤忠商事とのミドリムシの海外培養実証事業のアライアンス構築を任せていただき、結果的に海外での実証プロジェクトのローンチを行うところまで持っていくことができました。

組織の中で個として自立し、成果を残すことに快感を覚えましたし、自信にもつながりました。

ーユーグレナへ入社するという自分の選択は、正しかったと思いますか?

そう思います。選択するときは何が正解かまったくわからないですが、選択した後にどう動くかで、自分の納得感は変わってくると思っていて。

私は覚悟を持ってユーグレナへの入社を選択をしましたし、入社後も真剣に事業と向き合って仕事をしたので、自分の中で成果を残せたと思っています。選択に間違いはなかったです。

10Xで目の前のことに向き合い、小売業の新時代を築いていく

ーユーグレナで成果を残した後、どのように過ごされたのでしょうか?

ユーグレナで大きな仕事をやり遂げたタイミングで、自分のキャリアについて改めて考えました。元々研究者を目指していましたし、その道を諦めながらも、研究成果の社会実装に貢献したいという思いはずっと心の中にあり、リアルテックファンドに転籍することにしたのです。

ーリアルテックファンドに転籍されてからはどんなことされていたのか教えてください。

主に大学発 / 研究開発型ベンチャー、特に、新素材、農・畜・水産、食資源領域のベンチャーへの投資、経営支援や、執行役員として政府機関・投資家対応、ポートフォリオマネジメント、ファンド運営全般の体制構築などの推進も行ってましたね。

ただ、昨年の12月末でリアルテックファンドを退職しました。

ー退職されたご理由は?

ベンチャーキャピタルの仕事は未来を先取りしているような感覚があってワクワクしますし、知的好奇心あふれる方たちと一緒に仕事ができて高揚感に満ちた仕事ではあったのですが、「課題との距離感」と「貢献実感」において、自分の求めてる水準を満たすのが難しいと感じたからです。

私自身も最前線に立ち、未来への距離を測りながら生きていきたいと思ったので、株式会社10Xに転職することにしました。

ー10Xではどのようなお仕事をされているのでしょうか?

日本全国の小売業者と一緒に、次の小売の次の時代を創っています。

小売業は第6のインフラとも言われるくらい誰にとっても身近なものですが、例えば、「買い物をする時間がない」「非接触で買い物したい」「食料品の購入や飲食に不便や苦労を感じる」など様々な問題が溢れています。僕たちは、各地域の小売業者様のパートナーとして、それらの問題を解決する新しい体験を提供する仕事をしています。

ー吉開さんの今後のビジョンについて教えてください。

私は先のことを考えるタイプではないのですが、これからも常に「誰のどんな課題を解決しているのか」は自問自答して生きていきたいと考えています。

ー最後に、U29世代の方にメッセージをお願いします!

人それぞれ境遇は違うと思いますが、自分がどのような選択をして、どれほどの覚悟を持って臨むかが非常に大事だと思っていて。

選択にしっかり向き合って頑張りさえすれば、道は開けるはずです。私も自分自身を実験台として挑戦しているので、一緒に頑張りましょう!

ー吉開さんが選択した10Xで、小売業者の方々と一緒にどんな時代を作っていくのか楽しみですね!本日はありがとうございました。

取材者:増田稜(Twitter
執筆者:Moriharu(Twitter
デザイン:五十嵐有沙(Twitter