落語×教育の授業って?!人から愛される人を育て、人を笑わせる楽しさを伝える落語教育実践家 小幡七海さん

色々なキャリアの人たちが集まって、これまでのキャリアや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第254回のゲストとして、落語教育実践家・小幡七海さんをお呼びしました。

「落語」と出会い、様々な体験を通じて自分が本当にやりたいことを導き出した小幡さん。落語の魅力はもちろんのこと、なぜ落語を通じた教育なのかという気になることについてもお伺いしていきました。

 

自分の好きなことと何かを繋げるのが好き!今の自分が作られた幼少期

ー落語と教育の掛け合わせものすごく面白いアイデアだと思いました。落語に親のない方も多いと思うのですが、小幡さんにとって落語とはどのようなものなのでしょうか

NHKの番組「超入門!落語 THE MOVIE」では、「落語は想像の世界を楽しむエンターテイメント」と言われていました。皆さんご存知の通り、落語は視覚的にわかるものがないため耳で聞いた話を自分たちの頭の中で描きながら楽しんでいくのですが、それこそが魅力だと感じています!生で聞くと本当にその世界観に引きこまれていくんですよね。私もその一人でした。

 

ー今のお話をお伺いするだけでも落語を聞いてみたくなりました!そんな落語と小幡さんの出会いについてもお伺いしていきたいですが、幼少期のお話もぜひ聞かせてください。

生まれ育ったところが自然豊かな土地ということもあり、その草原を駆け回っていました!そういう幼少期に、自由奔放に育ててもらったというのも今の自分を作るのに欠かせない要素だったと思います。

あとは、自分の好きなことと何かを繋げるのが好きな子でしたね。具体的なエピソードとしては、小学校の時にクラスに自分が卒業した幼稚園の友達と、その前に通っていた幼稚園の友達がいて、自分が橋渡し役になってその友達同士をつなげたということがありました。母もそのエピソードを覚えていて「あの時は大活躍してたよ〜」と言ってくれたくらいで(笑)そのエピソードが今の自分にもすごく通ずる部分があると思っているんですよね。

ー元気いっぱいの小学生であったことが今のエピソードからもわかりました(笑)小さい頃からクラスの人気者だったんですね。中学生の頃に印象的なエピソードはありましたか?

中学生になっても、大好きな芸人「NON STYLE」のDVDを友達みんなに「みてみて!」と配り歩いていました。そもそもお笑いがとても好きで、中学生の時には相方を見つけて漫才をやったりしていました。ただ、母がお笑い嫌いだったんですが、それでも反対を押し切ってやっていましたね。自分がやっていたのは、漫才なのですがその時に、言葉で人を楽しませる魅力を感じたんです!思えばこれがのちの落語にも繋がっていると思います。

 

落語の全国大会優勝!その結果を今度は社会へ還元できるように

ーここからは大学生のお話をお伺いしたいと思いますが、いよいよ人生のターニングポイントになる「落語」との出会いがあるんですよね。

高校生のエピソードにもあったように、私は当時お笑いが大好きで大学に入ってもお笑いサークルに入る予定だったんです。しかしいざ入学したら、大学にはお笑いサークルはなくて「落語研究会」しかなかったんです(笑)その落語研究会をたまたま覗きに行ったら、吉本に仮所属しているという先輩が落語をしている姿をみて、一気にファンになりました。

「お笑い」は皆さんにとって身近なものだと思うのですが、落語は違って結構難しいイメージを持ってる方も多いと思うんです。でも、全然そんなことなくて子どもでも楽しめるものもあって。こんな面白い世界あるのか…!と私も落語の世界に足を踏み入れました。

 

ー確かに、落語というとちょっと敷居が高いイメージがある方も多そうですよね。落語の世界に飛び込んだ小幡さんですが、そこで何か印象的なエピソードなどありますか?

そんなこともあり、大学生の頃は落語を聞いてくれるおじいちゃんおばあちゃんと仲良くしている日々でした。落語を聞いてもらって、そのあと一緒にお茶を飲みながらそれぞれの人生ログを聞かせてくれるのですが、それはそれは面白くて!一人の人間の教科書を見せていただいている感覚でしたね。その時にふと「これ、教育にいいな」って思ったんです。様々な人の人生を知るということももちろんのこと、若者と高齢者が繋がる場が生まれることも社会的にとても意味があることだなと思って。

お話を聞いて印象的だったのは、昔から服を作る仕事をしていたおばあちゃんの話でした。昔広島で洋服店を家族で営んでいた時に、東京で服を売ってこいと言われてその距離を3日くらいかけて移動したらしんです。3日もかかるので宿泊が必要になるわけですが、そのおばあちゃんは必ず旅館に泊まって、そこに集まっている人にも服を売り捌いていたらしいんです。目的地に行くその道のりでさえ商売の機会にしてしまうと言う話がとっても面白いアイデアだなと思って、こう言う話は普段接している同世代からはなかなか聴けない話でとても意味があると思えたんです。

 

ーこれはとても素敵な気づきで今の小幡さんの活動にも繋がる出来事でしたね。大学生は落語漬けの毎日だったと思うのですが、その活動はどうでしたか?

その通り、落語漬けの毎日を送っていて、結果としては21歳の時に300名くらいが参加する「全日本学生落語選手権」で優勝することができました。学生が行う落語は、自分とどう融合させて落語を披露するかが、どう個性を出すのかが大事な評価のポイントになります。

たまたまその大会の審査員で2年続けて私を決勝に進めてくれた方と後日お話する機会があってその時に「誰よりも楽しんでいた」というフィードバックをいただくことができて、それはものすごく嬉しかったですね。参加した自分としても、自分だけが楽しいだけではなくお客さんとの調和の上で落語を楽しめていた感覚があったので、そう言っていただけたのはとても嬉しいことでした。

 

ー勝負どころでは「楽しむ」ということより緊張が先行してしまう人が多いと思いますが、その中で楽しめたと言うのは本当に凄いことですね。全国優勝と言う結果でしたが、その後どんな変化が生まれましたか?

そのまま落語の道に進むという選択肢もあったと思いますが、自分の中で子どもと関わる仕事に就きたいと言う気持ちにブレはありませんでした。

優勝後に様々な分野で結果を残してきた人が集まるイベントに招待されたのですが、そこで出会う人々はその優勝や一位といった結果を持って、社会で何か成果をあげよう、社会に何か貢献しようとしていることに気がついたんです。その時に私も「このままじゃいけない」と動かされたのが大きかったですね。

そこで思いついたのが、先ほどエピソードの中でもお話ししましたが若者と高齢者の繋がりだと感じたんです。ちょうど、大阪の小学校の先生をやっている方と知り合う機会があり、その先生にその話をしたところ「うちの小学校でやっている!子どもたちが老人ホームで落語を披露する活動をしているんです」と教えてくれました。話を聞いていくうちにこの活動自体の素晴らしさはもちろん、この活動が子どもたちに与える影響も大きいことがわかっていきました。落語を披露することで目の前にいるおじいちゃんおばあちゃんに喜んでもえるという経験を得た子どもたちは、それによって自信が生まれるんですよね。その成功体験を元に、色々なことに挑戦できるようになった子どもや勉強を頑張れるようになった子どもがいると言う話を伺って、これだと思いました。自分も落語を使って子どもたちに何か還元しようと言う決意に変わりました。

 

人生初の挫折から見えた、私がやりたい本当のこと

ーその後、目指した小学校教諭になった小幡さんですが、ここで大きな挫折を味わったということでそのエピソードをお聞かせいただいてもいいでしょうか?

夢だった小学校の先生になったわけですが、それはそれは大変な日々でした。一週間30時間分の授業内容を作成、そしてそれ以外の業務をすることに追われすぎていて、「目の前の子どもを成長させたい」という想いに対しての考える時間が全くありませんでした。もう目の前にある仕事に必死なんです。一人が抱える仕事量があまりにも多いことから、涙が止まらなくなることもあって職員室ではよく泣いていた日々を1年間過ごしていました。結果的には、小学校の先生は一年で辞め、今の道に進むこととなりました。辛かった日々ですが、小学校の先生というお仕事は、約1年間子どもたちの成長を共に過ごせる他に変え難い素敵なお仕事であることを実感していました。

辞めることに対しては、母にすごく反対はされました(笑)でも、目の前を幸せにできないままお金をもらうことは絶対にできないと思ったんです。この経験があったからこそ、自分は誰かを幸せにすることで得られるお金で生きていきたいと思うようになりましたね。

 

ーそんな日々経て、小幡さんが次に選んだ道はどういうものだったんですか?

花まる学習会の社長と知人を通して出会う機会があったんです。そこで自分がやりたい「落語を通した教育を実践したい」という想いを話すと、たまたま社長も落語好きというのもあり「やってみよう!いいじゃん!」と言ってくれて一気に実現へと走り出すことになりました。なので今は、花まる学習会で教育の勉強をしつつも、落語教育を自分で進めています。

花まる学習会では、改めて子どもとの関わり方を学ばせていただいています。例えば「叱る」と「怒る」の違いについて学び自分が教師だった頃は生徒に怒るしかしていなかったと改めて反省する機会にもなりました。私たちは、子どもの成果だけではなくその頑張った過程も見てあげて、それに対して褒めてあげるということが重要なんですよね。

 

ーそのように今改めて学校教育を振り返る機会もあるかと思うのですが、客観的に見て思うことなどはありますか?

学校は行政のものなので閉ざされた世界であると改めて思いますね。なので、そこにいかに外部の人が入り込んでいくかというのが重要になってくると思います。やはり一番いいいなと思っているのは「様々な人に出会う」ということです。色々な過程があって今を生きている人たちから、その生き方を学んで人生の選択肢を増やすことがとても重要だと思います。これは、自分が落語を通しておじいちゃんおばあちゃんの人生ログを聞いていたあの経験からも言えることです。なので、学校はひらかれた存在であり様々な人が出会う場であることが望ましいのではと私は考えています。

私も実際に学校に呼ばれて落語を披露することがありますが、それだけではなく自分のキャリアについても話すようにしています。そうやって外部の人が教えてくれることは、先生たちの負担軽減にも繋がると思うんですよね。これも私の過去の経験からですね。

ーまさに小幡さんのこれまでの経験が今に生きている素晴らしいアクションだと思います!今日は貴重なお話をありがとうございました。

取材:増田稜(Twitter
執筆:後藤田眞季
デザイン:五十嵐有沙(Twitter