様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第241回目のゲストは、PARK BUILDER株式会社CEOの吉田奈津樹(よしだなつき)さんです。
現在5店舗の理容室を経営しながら自らもオーナースタイリストとして現場に立ち続ける吉田さんは、専門学生時代から数々のコンテストでタイトルを取り続けるコンステスターでした。独立後は、確かな技術力とテックの力を生かした店舗経営で理髪店事業のみで年商1億円を達成します。
そんな吉田さんの20代前半はまさに苦悩の日々だったとか。サロンワークにとどまらずコンサルタントやバーバーYouTuberとして活躍する吉田さんの今までの人生に迫ります。
なんとなくで入った理美容の道
ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。
現在29歳で、理容室の経営やそれに付随する仕事をしています。
24歳のときに人生で初めて独立起業し、理容室を立ち上げました。そこから派生して様々なお仕事をいただくようになり、今はお店で髪を切っているのは週2、3日くらいです。
ー高校3年生で理美容の道へ進むことを決めたようですが、それまでの経緯を教えてください。
受験が近付いてきて進路を考えたときに、そもそも世の中の仕事をほとんど知らなくて。その段階でなりたいものを探して進路を決めろと言われても僕はピンと来なかったんですよね。
特に何かやりたいことも無かったので、何をやりたくないのかを考えて消去法で仕事を削っていきました。
元々勉強が好きではなく、成績も良くなかったので、デスクワークは無しだと思い、世の中の仕事の大半は無理だなと思ったんです。
そのときに自分の唯一好きだったことは何だろうと振り返りました。
高校時代の頭髪検査で、直前に校則違反を回避するために友達から「なんとかセットかカットで誤魔化してよ!」と言われることが多かったんです。
頭髪検査のとき以外にも、髪の毛を切ってほしいと言ってくる友達もいて。自己流だったのですが、皆喜んでくれたんですよね。これを仕事にしたら人も喜んでくれるし、自分も楽しめると思って、理美容の専門学校を選択しました。
ー最初は強い意志があったわけではなかったのですね。
今でこそそんなことないのですが、高校時代は自分に自信が無かったんです。
何をやっても1位になれず、頑張っても報われないなら頑張るのをやめようと考えるタイプで。
とりあえずその場が楽しかったら良いやという人生の選択をしていたんです。進路も何をやりたくないか、どうなりたくないかという消去法だけで選んでいましたね。
ー進学先の学校はどのようにして選んだのですか?
僕は地元が福井なんですが、福井にも理美容師の資格が取れる学校はあったんです。
でも、どうせ勉強するなら一流の学校でしたいと思い、日本で一番厳しくて、一番国家試験の合格率が高い学校である大阪の高津理容美容専門学校を選びました。その当時学生の技術大会のほとんどの部門で全国1位を取っていたのがこの学校だったんです。
栄光の学生時代と苦悩の社会人生活
ー専門学校に入ってからはどのような日々を過ごしていたのでしょうか?
専門学校の男子寮に入っていたのですが、朝起きてから寝るまでずっと同じ空間で友達と生活していました。
皆ととても仲良くなったのですが、テスト期間に遊びに誘われても僕は断って練習したりしていましたね。それでテストで1位を取っていたので、嫌な奴だったと思います(笑)
それでも、そんな僕のことを皆分かっていて、とがめられることもなかったです。後々「お前こっそり練習してたもんな」と言われました(笑)
皆わざわざ地方から出てきているので、努力することを馬鹿にする人はあまりいなくて。そのような恵まれた環境だったからこそ頑張れたのだと思います。
ーコンテストでも賞を取りまくっていたそうですね!
「出るからには賞を取らないと意味がない」と思って練習していたので、審査員の好みを分析して戦略的に賞を取りにいっていました。
賞を取るためにはやみくもに練習するだけじゃダメだと思っていて。効率化して最短距離でトロフィーを取ることを常々考えていました。
ー卒業後、就職するお店はどのような軸で決めたのでしょうか?
日本の中心、東京で挑戦したいと思い、東京のすごい勢いで成長しているお店に入りました。
勢いがあって店舗展開も多数しているITベンチャーのようなお店でしたね。
学生時代はコンテストで賞を取りまくるコンテスターだったのですが、就職してからの目標はコンテストで優勝することではないと考え、あえてコンテストばかりやるお店は選ばなかったんです。
ー就職してからは苦労の日々だったようですが、この当時はどのようにして過ごしていましたか?
僕の入ったお店はITベンチャーのような雰囲気だったので、タイムカードがなくて。上司も部下の労働時間を把握していないんですよね。だから定額払ったら労働者を使い放題で、拘束時間がとても長かったんです。
当時の社長から「自分の給料を時給換算するのはやめろ」と言われていました。100円とかとんでもない金額になりますから(笑)
でも、無茶をして頑張った過去があるからこそ、今普通の人からしたら無茶に見えることでも普通にできるので、マイナスな経験だったとは思わないですけどね。
ーこのがむしゃらに働く中で、すでに独立は決められていたんですよね?
日々のブラックな環境の着地点はどこなんだろうと思えてきて。合理的な僕からしたら、ただやみくもに毎日働くだけの日々が苦しくなってきたんです。
「誰よりも早く独立して誰よりも早くお金持ちになってやろう」というのがそのときのモチベーションでした。そんな気持ちで1年目から過ごして、独立のために1年目の初月から貯金をしていましたね。
ーそこからさらにどん底の日々が訪れたようですが、何があったのでしょうか?
僕は先輩や上司よりも業績が良かったので、新店舗の店長に社会人2年目で選ばれました。
そこで、僕自身が努力をして結果も出していたので、同じレベルを周りのスタッフや部下にも求めてしまったんですよね。
本当にマネージメントスキルのない店長だったんです。部下に対して「やる気ないなら帰れば」とか言ってしまったりして。もちろん付いてきてくれる人もいましたが、部下やスタッフからはかなり嫌われてしまいましたね。
人間関係が上手くいかないと、色々なことが上手くいかなくなって。自分でも知らないうちにストレスがたまり、どんどん体調が悪くなりました。
お客さんと接するのが好きだったのですが、人と接することが苦しくなっていったんです。当時は、「独立して誰よりも成功したい」という気持ちと、「もう二度と人と関わらなくて済む仕事に転職したい」という気持ちが同時にありましたね。
ーそれから1年後くらいには復活したようですが、どのようにして立ち上がったのですか?
元々負けず嫌いな性格なので、このままのたれ死んでいくのも違うなと思いはじめました。
20代のうちに独立しようと思っていたのですが、このような状況なので一刻も早く独立して一刻も早く結果を出そうという気持ちが強くなっていったんです。
とりあえず始めてみて、ダメだったら改善しながら区切りを決めて続けるかやめるかを決めれば良いと思い、半ば勢いで独立することにしました!
年収1000万円を達成して見えた世界
ー独立して自分のお店を構えてからは、順調でしたか?
最初はびっくりするほどお客さんが来ませんでした。
予約表が空っぽで、1日お客さんが来ないまま営業時間を終えてチラシ配りをしに行く日もありましたね。
美容業界では、元々自分のいたお店の顧客情報を持ち出してお客さんに営業をかけるパターンがとても多いんです。でも、それで出店して上手くいっても嬉しくないなと思って、僕は顧客情報を持ち出しませんでした。
オープン初月の僕の給料はたった3万円。固定費がかさんで通帳の残高がどんどん減っていくのを見て焦りましたね。
でも、今思えば人間関係のストレスとお金がなくなっていくストレスを比べると、お金の方は自己破産してアルバイトなどで働けばいい話なので、店長時代に人間関係で思い悩んでいたときよりは頭を抱えていなかったように思います。
ーそれからはすぐに結果が出たのでしょうか?
そうですね。HPなどを整え終わったのがオープンと同時くらいだったので、3ヶ月後ぐらいにやっと結果が出始めたんです。
オープンしてから3ヶ月後ぐらいには1ヶ月先まで予約が取れないお店になりました!
ー25歳で念願の年収1000万円を達成されたそうですね!その当時はどのようなことを感じましたか?
年収1000万円は1つの指標だと思うんです。
経営者は自分が一番上になるので、自分のことを認めてくれる人がいないんですよね。唯一自分のことを認めてくれるのが数値的な指標で、年収1000万円を達成したときに、「俺ってちゃんと頑張ったんだな」と思えて嬉しかったですね。
一方で、ずっと目標にしていたことではあったのですが、お金の無かった20代前半の頃に比べて何倍も幸せかと聞かれるとそこは疑問でした。
最初に達成したときは馬鹿みたいにお金を使っていたのですが、意外とコスパが悪いことに気付いて。月に何十万と買い物をしても、それに対する人生の幸福度はそれほど高くないという感覚に陥りました。
ーでは、そんな吉田さんにとって人生の幸福度を上げるものは何なのでしょうか?
「やっぱり人ですよね。」
誰かと一緒に何かをやって結果が出て、それを喜び合える瞬間が一番幸せです。
うちのスタッフにも「吉田さんの元で働いて良かった」と言ってもらいたいと常々思っています。
お金のないBBQでも良いですが、信頼し合える人間関係の輪の中で何かをやっているとき、人生の幸福度は最も高いと実感しています。
「命あるものからしか人は幸せを感じられない」という言葉がありますが、本当にその通りだなと感じます。動物とか人間とかから得られる幸せの方が持続するんですよね。
ー吉田さんの今後のビジョンを教えてください!
自分の年収や資産を増やすことは、とりあえず考えていません。
今後はうちの会社の年商を30代で10億円までもっていくのが目標ですね。
年商は個人ではなく、会社としてどれだけ結果を残したのかということなので、従業員と共に達成していきたいです。
僕は常々「突き抜けたい」と思っています。30代の土俵には、とてつもなくすごい人たちがたくさんいますが、ヘアサロンの事業だけで年商10億円を達成している人はなかなかいないので、達成できれば突き抜けられるかなと。
それ以外では、僕と接している周りにいる人たちに幸せになってほしいです。「みんなでやってきて良かった」と言い合いながら年商10億円を達成できれば30代をハッピーに生きられると思います!
ー本日はありがとうございました!吉田さんの今後のさらなる活躍を期待しています!
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