学生映画を切り口に「固定概念」を壊す。 熊谷宏彰の学生生活を自粛させない「行動力」とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。今回のゲストは、群馬大学の4年生(21)熊谷宏彰さんです。

熊谷さんは、2020年8月16日に公開されたオムニバス長編映画「突然失礼致します!」で総監督及び製作総指揮を務めました。

この長編映画は、全国約120以上の大学の映画部を中心に、一団体1分以下の動画を集めて3時間14分の作品にしたもの。

コロナ禍でサークル活動も自粛される中、表現活動をしたい学生にとって「希望の光」となりました。

その裏には熊谷さんの「固定概念を壊したい」という強い思いが。

一体彼の原点は何なのか。どんな思いが学生映画の活動に結びついているのかを伺いました。

「普通じゃない人生がいい」幼少期で抱いた退屈さ

—幼少期はどんな子でしたか?

人生の全盛期でした。思いついたことは全部やっていましたね。

途方もなく退屈だけど何をやっても許される時期でした。

僕はずっと「普通じゃない人生を歩みたい」と思っていて、小さいながらもやりたい事がやれる環境があったと思います。

—「普通じゃない人生を歩みたい」と幼稚園から抱くってすごいですね。なんでそう思ったんですか?

きっかけは分からないのですが、ずっと周囲を見て「つまらないなあ」と思っていました。

僕は群馬県の片田舎に住んでいます。

その田舎の閉塞感がとても嫌だったんですよ。「普通」が賞賛され「普通」が好まれることにずっと違和感を抱いていました。

そんなことをずっと考えていたので、思考と行動が伴わない生きづらさでいっぱいでした。

中学の時は文字通り、鳴りを潜めていました。小学生のとき、僕の非常識さからか親が学校に呼ばれたりで、静かにした方が楽に生きられるんじゃないかなと思っていました。

中学3年間、自己主張しない主義で、むしろ人と話してはいけないとまで思ってましたね。

—なるほど。高校もそんな感じでした?

いや、さすがに学びましたね。

意地を張って話さないことを辞め、普通の高校生時代を過ごしました。

高校3年生のころ、自分の人生に漠然と危機感を覚えて受験勉強に打ち込みました。

商業高校で進学率も殆ど皆無に等しかったんですけど、一念発起し毎日勉強を開始。

カリキュラムも普通高校と商業高校とは異なるので大変でしたね。

短期大学で世界が広がった。ヒッチハイクで日本一周へ

—受験結果はどうでしたか?

東京の大学を一校だけを受験していました。
自信はあったんですけど見事落ちまして。
その後、教員に報告しにいくと短期大学を勧められました。

—短期大学!進学できたんですね。

無事に合格できました。
学費の問題が非常にネックでしたが、親に土下座してなんとか入学を許してもらえました。

短期大学は第二の人生です。
大河ドラマでいうならまさに「後半戦」で、ここから世界が大きく変わりました。
親元から離れて自由になれたし、何より短期大学には愉快な人がたくさんいました。
色々な価値観に触れることができたので退屈することはなかったですね。

—印象的だったことはあります?

ヒッチハイクを始めたことです。2年生になる前の春休み、なんとなくインスタグラムを見ていたんです。そしたら友人の写真に変な人が写っていることを発見。
調べてみたらヒッチハイカーでした。春休みは暇をしていたので「これだ」と思い動きましたね。出発点はヒッチハイクで有名な東京の用賀にしました。
通りに向かって試しに「西へ」と紙を掲げたら、10分後に拾ってくれた時は嬉しかったです。

—10分でくるとは…!

気付けばその日のうちに神戸に到着していました。
最終的には福岡県の大宰府まで行きましたね。
「一歩動き出せば意外とうまくいく」と実感しましたし、車内では乗せてくれた人を楽しませようと話したので、良い意味でコミュニケーションの勉強になりました。
「何はともあれやってみる」という感覚は編入試験でも活かせたと思います

—編入試験は難しかったですか?

大学の編入試験は特殊な形式で、特定の資格があれば試験を受験できるというものでした。
資格があったので編入試験にチャレンジすることにしました。
編入試験は試験前に事前に試験範囲として提示される二冊の教科書を丸暗記したら合格できます。

1週間だけですが、自転車で公園行ってハンドルの真ん中に教科書を挟み、1日10時間、文をひたすらぶつぶつ唱えるやり方をしました。
読んでいるだけだから飽きなかったですね。
それで合格できました。

モチベーションの一つにヒッチハイクがありました。
日本一周したくて早く進路を決めたかったのです。

—日本一周もされたんですね!

20才になる前にヒッチハイクで日本一周を決行しました。
朝起きた時に「(これは夢ではなくて)まだ続くのか」と思った瞬間は感慨深かったし、本当に本当に楽しかったですね。
そんな中、ある運転手さんから「海外でもヒッチハイクをやってみろ」と言われました。
それで海外でも同じことをやろうと思いました。

2週間ほどタイでもヒッチハイクをしましたね。すごく楽しかったです。

「何かやりたい」思いから映画サークル立ち上げへ。業界の地位も上げていきたい

—ヒッチハイクにのめりこんだんですね。編入してからの大学生活はいかがでしたか?

大学は安定思考の方が多い印象でした。
編入ゆえのカリキュラム的に単位も多く取得しなければいけないので平日は授業の日々。休日はアルバイトと自動車教習で正直退屈で行き詰まりを感じましたね。

—確かに学生生活は何をすればいいか分からなくなると絶望するのは分かります…。

そうですね。
「何かやりたい」という思いは強かったのもあり、3年生の10月に自分が好きな映画に関するサークルを立ち上げました。
大学公認のサークルにしたかったので、部員を集めて顧問教員を見つけ、学校に活動内容をプレゼンして認めてもらいました。

—すごい行動力!

私は映画というメディアの持つ意義そのものに興味を持っています。
ですが、実際大学生が映画サークルで作る「学生映画」の既存の立ち位置には限界を感じていました。
サークルは表現活動として賞をもらえたら一区切り、みたいなルーティンを当たり前としています。
映画はもっと今後広がる産業であるから、その原動力となる学生映画の地位を向上させていく必要があると思いました。

8月に公開された長編映画『突然失礼致します!』
8月に公開された長編映画『突然失礼致します!』

—映画好きだけでなく、業界の地位も上げていこうと…。

はい。ですが、部員も集まり映画を撮ろうとした矢先にコロナで活動自粛で何もすることができなくなってしまいました。
その中で他の映画サークルは、どんな様子かとSNSで他大学の映画部の部員との交流を提案して繋がり始めました。そこで皆が共通して「何か作品を撮りたい」という気持ちを抱いていたことに気付いたのです。

—コロナで家にいることを強いられても活動自粛は強いられていない、と

みんなが動き出すきっかけを僕は作っただけです。
全国の映画サークルを検索し「学生映画をオープンにし、皆でオムニバス形式の映画を撮らないか」と提案していきました。
これが8月に公開された長編映画『突然失礼致します!』の原型になります。

東日本から西日本まで連絡し、主要メンバーを集めて製作委員会として多くの人々を巻き込んでいきました。製作期間3ヶ月でそれぞれの大学で映画を制作してくださり、最終的に180本もの作品を集めることができました。

クラウドファンディングも成功したので、その映画をミニシアターで公開します。
より多くの人に学生の創作活動を観てもらいたいと思います。

—最後に今後の展望を教えてください!

これからも「固定概念の破壊」を行っていきたいです。
普通じゃない人生がいいという思いも、普通に囚われる固定概念が強いと思ったことの裏返しです。映画産業を切り口にして、これを行っていくために制作した映画をきちんと広め、横に思いを繋げていきたいです。
またこの産業を営利的に支えられる職業につけられたら理想です。

ーコロナで大学生活がストップしてしまった人にとっても、励みになると思います!
熊谷さんの今後を応援しています。ありがとうございました!

 

▼映画の本編映像はこちら
(10月31日まで期間限定公開中!)
https://youtu.be/tGx72Qv9-3Y
▼映画のホームページはこちら
https://a.japaration.jp/
▼熊谷さんのインスタグラムはこちら
https://instagram.com/hialoki

取材者、執筆:三田理紗子(Twitter)
デザイナー:五十嵐有沙(Twitter)