色々なキャリアの人たちが集まって、これまでのキャリアや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。
今回のゲストは、新卒で大手人材紹介会社に入社し数多くの記録を樹立した後、ビズリーチへの転職を経て、昨年の5月に業界初の成功報酬無料の総合型複業マーケットプレイス「Another works」を立ち上げた大林尚朝(おおばやし・なおとも)さんです。
大林さんの不思議な縁で繋がってきたこれまでのキャリアと、起業に至ったストーリーをご紹介します!
幼少期から早稲田大学を目指して合格!人生が変わるようなインターンに出会うまで
ー現在は起業家として活躍されている大林さんの、幼少期の話を伺いたいです!
簡単に自己紹介をすると、僕は1992年に九州の大分県で生まれました。父は早稲田大学の社会科学部OBで、“THE・九州男児”。幼い頃から「早稲田大学以外の大学の学費は払わないぞ!」とまで言われるほどまっすぐな性格の人でした。
野球が好きだった父の影響で、僕も小学生から高校3年生までずっと野球部で、大学は物心ついた時から早稲田大学を目指していましたね。起業したのも父が経営者だったことも関係しています。
ー地元である大分県から、東京に上京するキッカケは?
目指していた早稲田大学に無事合格し、法学部に入学したのがキッカケです。
でも実は高校2年の時に、インターネット業界に目覚めるキッカケがあったんです。それは当時オラクルという会社が主催している高校生限定のWEB制作コンテストだったのですが、高校の先生が「こんなのあるけど出ないか」と教えてくれました。
そこで野球部とサッカー部のメンバーを募って5人チームを作り、HTMLやらJavaを勉強して九州大会を突破し、その時興味があった「平安時代」をテーマにしたゲームを制作して全国大会に臨みました。
全国大会では銀賞を受賞。今思えばそこがはじめての東京進出かつインターネットとの出会いでしたね。就活の時も、この出来事がキッカケとなってインターネット広告などの事業を展開しているIT企業などを受けていました。
ー早稲田大学に入学後は、どんな大学生活だったんですか?
僕が入学した法学部は試験で単位を取るのが結構大変で、比較的勉強に時間を割いていました。
大学1〜2年次に「緑法会」という日本最大級の早稲田大学公認法律サークルに入り、仲間と集まって法律の勉強をやったり、朝までカラオケやビリヤードに行ったりしていましたね。
ーインターンなどは挑戦しましたか?
はい。株式会社リアライブで約2年間ほどインターンとして働いていました!
大学3年生になったばかりのタイミングで出会った企業なのですが、社長のTwitterから「就活塾」というセミナーイベントを開催していることを知り、参加したのがキッカケでした。
就活塾というイベントを入り口として、参加した学生と出資している企業のマッチングを促すビジネスモデルだったのですが、就活塾の集客をするインターンを探しているとのことだったので、面白そうだと感じてジョインすることにしたんです。
約2年間やってプレイヤーとしてMVPもいただきました。またマーケティングの責任者もやらせていただいたのですが、Twitterは200万フォロワーを獲得して就活関連アカウントのTOPになりましたし、Twitterだけで学生の集客No.1イベントになるまで成長させベストベンチャーに選出されたりしましたね。今思えば、これが僕の“第二の人生の始まり”でした。
新卒入社から退職まで、33ヶ月連続で目標更新できた理由とは!?
ー新卒で「株式会社パソナ」を選んだ決め手を教えて下さい!
僕の就活の軸は「縁と運」だ、と決めていました。野球も大学進学も父の縁から始めたので、そういう決め方が自分らしいなと思いましたね。
就活では、先輩からの紹介とか繋がりといった特殊な縁を感じた企業に行きたいと決めて受けていました。パソナも、先輩の紹介経由で選考を受けた企業でした。選考に進む中で社長の掲げるクレドにも惹かれて決めました。
僕は人の中でも社長の方針や人柄などで決めるタイプなので、社長に惹かれたのは大きかった。あと圧倒的に内定が早めに出たのも決め手でした。
ーキッカケは「リファラル」だったんですね!内定も早めに出たのでは?
就活解禁とほぼ同時に、内定が出たので就活は終了していました。
僕自身、皆が前を向いている時に後ろを向いていることが大事と考えており、同級生が就活を頑張っている時期に早く終わらせてビジネスパーソンになるための準備をインターンでやってしまおう!と考えていましたね。
ーパソナに入社後はどのような仕事をしていたのですか?
僕の担当は、フリーランスや業務委託の方の紹介事業でした。それが2015年から始まったので、今風に言う「副業推進」みたいな感じですね。まだまだ副業が認知されていない時期でした。
とにかく朝から夜まで働き、全社員総会で最年少MVPを受賞したり、売上や目標33ヶ月連続達成するなどの記録も出すくらい頑張っていました!
営業の仕事を通じて僕が感じていたのは、正社員・派遣・インターンなどの雇用形態に関係なく良い人が1人でも入ると会社が変わる「企業は人なり」ということでした。
仕事で出会った企業さんに人材を紹介することで、そのことを感じる機会がすごく多かったのもあって、仕事にフルコミットしていましたしモチベーションも高く持ち続けられていました。
ー同期と比べても、なかなかそこまで頑張れる人っていないと思うのですが、なぜそこまで頑張れるモチベーションを持ち続けられたのでしょうか?
僕の場合、入社から退社するまで一度も目標を落としたことがないという記録があったので、落としたくないというプレッシャーもありました。
また、社内の人のみを見るのではなく社外の人をライバルとして意識したのも重要だったと思います。
当時僕がライバル視していたのは、同世代でビズリーチにて活躍されていた女性だったのですが、その方とたまたま紹介で繋がり、仕事の話などすることで意識して頑張るパワーをもらっていました。そのように社外に自分を啓発してくれる人を作れたのは大きいですね!
ーそんな大活躍だった大林さんが、なぜ退職の道を選んだのでしょう?
パソナのビジネスモデルもサービスもリスペクトしているのですが、副業や業務委託などのスポットの人材採用ニーズがあるのは、スタートアップやベンチャー企業だなと感じたんです。
けれどまだこれから伸びる会社や小さな企業には、多額の採用費用は払えない。
僕も成約手数料の高さで失注することが度々ありました。お客様のために良い人を紹介しても、成約手数料の高さや人材紹介といった仲介業の立ち位置としての限界のようなものを感じることが増えました。
もっとお客様である企業と求職者、そして紹介する事業者の“三方良しな事業”ができないのか…と思ったんです。この構造は今のAnother worksに繋がっているのですが、起業の前にパソナからビズリーチへと転職をしています。
ー起業を決意したのに、なぜビズリーチへ?
起業しよう!サービスを立ち上げるぞ!と思ったのは良かったのですが、営業経験しかなくデザイナーやエンジニアさんと一緒に働いた経験がなかったので、HRTechのプラットフォームを立ち上げる自信がまだ持てなかったんです。
そんな時、ビズリーチがM&Aの事業承継ビジネスのプラットフォームを作るという話を聞き、創業メンバーとして入社を決めました。
ビズリーチは、以前からライバル視していた同期をキッカケに色々な社員さんや社長を紹介してもらって縁を感じていましたし、僕自身がすごく大好きな会社だったんです。
僕のポジションはWEBマーケティングやインサイドセールス立ち上げなどマーケティングがメインではあったものの、誕生して間もないサービスなのでお客様の声をプロダクト開発側に伝えることも多かったです。ビズリーチで約1年はたらく中で、技術の積み上げ方や戦い方を学びました。
令和元年に起業!1周年を迎え、考える今後のビジョンとは…?
ービズリーチを経て、満を持して起業!ここが大林さんの起業家人生のスタートだったんですね。
ビズリーチで起業に必要な経験を積み上げ、2019年の5月7日…元号が令和になった最初の営業日という記念すべき日に「株式会社Another works」を創業しました!
ちょうど日本の社会でも副業マーケットが盛り上がっていくというタイミングで創業し、その後9月頃にSaaS型複業マッチングプラットフォーム「Another works」のベータ版をローンチできたのも良かったです。
ー「Another works」とは、どのようなサービス内容なのでしょうか?
副業したい求職者と、優秀な副業人材を採用したい企業をマッチングさせる成果報酬無しのサブスクリプションサービスです。
月額の固定費用の中であれば、何人採用しても費用がかからないという画期的なサービスで創業間もないスタートアップ企業やベンチャー企業に利用いただいています。
今では創業1年目で9,000名ほどのタレント(求職者)が登録してくれて、サービスは日々拡大中です!
ー起業の仲間集めはどうやったのですか?
すべて、縁です!
これまでの自分の仕事での繋がりや知り合いの紹介経由で繋がった方をすべてリファラルで採用しています。時にはかつての仲間を口説いたり…仲間の奥さんにもデザイナーとして協力してもらったり…徐々に仲間を増やしていきました。
ー事業立ち上げへの反響はどうでしたか?
副業のブームに乗っていたのでタイミングはすごく良かったです!
ただ、副業系のサービスがたくさんあるので創業当初は他のサービスと何がどう違うのか、差別化をしたり啓蒙活動を行ったりが忙しかったです。
ーちょうど創業1周年。起業してからこれまでで辛かったことはありますか?
たくさんありますよ!でも、やはり一番は仲間が辞めていくことですかね。
色々な事情があったり会社のフェーズが変わったことが原因で抜けていく仲間が、辛そうな顔で「辞めたい」と言う瞬間は、何度聞いても辛いです。
僕からしたら感謝しかないのに、申し訳なさそうな顔で話す度に「これを無くしたいな」と思ってしまいます。この感覚は決して忘れてはいけないと思っています。
ーあっという間の1年だったと思います。「Another works」を通じて実現したいビジョンとは?
株式会社Another worksのビジョンは、「挑戦したいすべての人の機会を最大化する」というもの。何かに挑戦したい人や企業をAnother worksというインフラを通じて応援したいです。機会を最大化することが我々の存在意義であり、僕の夢でもあります。
個人的なビジョンは、これまで色々な方に支えられて来たので、これからは支えていく人になりたいと思っています。自分の器の成長が、会社の器の成長だと思っているので、自己研鑽も続けていきます。
幼い頃からずっと何かしらの目標を掲げて、それに向かって達成していくことが好きでした。今後は起業家・大林尚朝としての目標に向かって、行けるところまで仲間たちと進んでいきたいです!
ーありがとうございました!常に目標に向かってまっすぐ進むエピソードが印象的な大林さんの今後のご活躍も楽しみです。
取材:西村創一朗
写真:大林さん提供
デザイン:渡辺梓
文:Moe