UXリサーチャー・松薗美帆さんに聞く!社会人学生として「好き」を貫く選択

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第148回目のゲストは、株式会社メルペイのUXリサーチャーとして働きながら、現役大学院生という肩書を持つ松薗美帆さんです。 株式会社メルペイでUXリサーチャーとして働きながら、大学院に進学した松薗さん。「社会人学生」として、自分の「好き」を貫く人生を生きている松薗さんに、UXリサーチャーの魅力と「好き」を貫く人生の生き方についてお聞きしました。 UXリサーチってどんなお仕事? ー本日はよろしくお願いします。まずは松薗さん経歴についてを教えてください。 もともと地元は九州で、大学進学をきっかけに東京に来ました。ICUで文化人類学を専攻。卒業までユーザーインタビューや現地のフィールドに実際に入って調査をするみたいなことをやっていて、卒業後は新卒でリクルートに入社をしました。その後、 UXデザインの中のさらに専門職であるUXリサーチャーという職種で、株式会社メルペイに転職して、今年の4月から大学院に通っています。   ーありがとうございます。ちなみに現在されているUXリサーチャーという仕事はどんなお仕事なんですか? プロダクトとかサービスの企画にあたってUXデザインはよく重宝されるスキルですね。 企画の時の大事なの考え方とか、うまくいくやり方の体系的な方法論みたいなものでして、ユーザー中心に考えてサービスをもっと良くしていくための方法ですね。 ユーザー中心に考えるためには、ユーザーさんに実際にインタビューしてみたり、考えている途中の企画を、ユーザーさんに実際に触ってもらってフィードバックをもらうことも。 企画を作るためのアイデアをもらうためのリサーチ、アイデアをもっとよくしていくためのリサーチをやっています。   ーUXリサーチはユーザーさんから直接直接お声をいただいたものを元に、サービスを良くしていくのですね。ツールを使って調査するのがメインなのかなって思っていました! そうですね。ツールを使うこともあるんですけど、ユーザーインサイトみたいなものをとにかく定性的に、定量的にも集めるっていう感じです。   ーなるほど。あくまでユーザー目線が大切になるってことですね。実際にユーザーインタビューのどんなところに、面白さを感じたのか教えていただいてもよろしいですか? 私は普通の人は誰もいないと思っていて、すべての人や場所にユニークなストーリーがあると思っています。インタビューをするたびに、毎回いろんな発見があって、自分の人生の見方が豊かになっているような気がして、それをお給料が貰える仕事としてやれるのがすごい最高だなって。 いろんな視点を知っておくと、電車に乗っている時も、乗客の人にもそれぞれ面白いストーリーが絶対あるんだろうなって思えるんですよ。仕事だけでなく、日常のワクワクにもつながっているのも仕事の面白さでもありますね。   ーすごい!自分の仕事が日常のワクワクにもつながっているというのはまさに天職ですね。UXリサーチャーの方は、ユーザーさんの生の声などを分析して実際の業務に反映すると思うのですが、どんな判断軸で業務に反映されてるのでしょうか? ビジネス上結果につながらないと、UXリサーチャーの存在意義はないと考えています。現在の課題を見つけてその課題を解決することを優先度高くやっていくので、学術的なリサーチとは違うんですよね。ユーザーの多様な意見の中の似ているところを見つけたり、同じ価値観を見つけて、実際の業務に反映させることが多いです。 あとはビジネス的な視点に加えて、今までは見つけられなかった軸で挑戦もします。単純に自分的に面白い発見だったとしても、ビジネスで成果が出なければ意味がないので、あくまでビジネスで成果を出せそうなことですね。   自分の好きな英語がコンプレックスに ーちなみに大学で文化人類学を専攻されてたってことなんですけど、文化人類学に興味を持ったきっかけはなんですか? 実は大学を選んだときは、文化人類学を知りませんでした。私はもともと途上国開発とか仕事をしたかったので、開発学を学びたかったんです。でも、私の大学は2年ほど、いろんな授業を受講して、3年目から自分の選考を決めるリベラルアーツ教育をやっている大学だったので、とにかくいろんな授業を取りました。 その中のひとつに文化人類学の授業があって、授業中に教授が、「人類学ってのは相手の目から見た世界を知ること」って仰っているのを聞いたのがきっかけですね。教授の話を聞いて、途上国開発を知るよりも、その国に住んでる人のを見てる世界とかを知りたい方が強かったなと自分でも気づきました。 あんまり聞いたことない学問だし、親には「文化人類学なんて金にならないと思うよ」って言われたんですよね。でも「研究者になるわけじゃないし良いかな」って気持ちで文化人類学を専攻することにしました。   ーそうなんですね!中学に入学して、まず最初にアメリカにホームステイをされたっていうことなんですけれども、こちらはどんなきっかけがあったんでしょうか? 中学生ぐらいのすごい前の話なんですけど、小学生ぐらいからずっと英語を勉強していましました。海外はテーマとしてすごく興味があったんですけど、自分の住んでいた鹿児島市に交換留学制度みたいなのがあって、応募したら受かったって経緯ですね。 私の知っているアメリカのイメージと結構違って、ヒスパニックの感じというかちょっと怖そうなお兄ちゃんって感じの方がいました。最初は自分も気づかなかったんですけど、よく考えたらお母さんいない家庭だなぁって。 よく遊びに来るお母さんみたいな人がいたんですけど、英語が話せないので、事情はよく聞けなかった。お父さんは移住してきた方なので、英語がほとんど話せず、お兄ちゃんにあたる人だけが頼りみたいな感じの家庭でしたね。   ーそこから国連のNGOなどに興味を持ったとのことなんですけど、ホームステイとどういうつながりがあったんですか? 実際にホームステイに行ってみて、全然英語はやっぱ通じなかったのがすごい悔しかったんです。もっとしゃべれるようになりたかったですし、海外に行きたいと漠然にそう思っていました。 あとは中学生の時に「世界が100人の村だったら」って本がブームでして、それのワークショップをやる機会がありました。実際に100人の村人になって、自分の役割を作るワークショップをした経験がすごい印象に残っていて、世界中の困っている人たちと関わる仕事がしたいと思っていたのです。   ー「世界が100人の村だったら」は当時流行ってましたよね!そこから国連やNGOに行きたいと思われて、大学にICUを選んだ理由は、国連やNGOを見据えていたからですか? そうですね。でも第一志望は違う国立を目指していました。ICUは英語にかなり力を入れている大学で英語ができる前提の大学なんですよ。私は受験の時は英語が1番得意な科目だと思ってたし、テストで点数を取れる稼ぎ頭でした。でも大学には帰国子女や留学生の方が多くて、英語のテストで一番下のクラスだったんですよね。 海外経験のない日本人を「純ジャパ」って呼んでるんですけど、うちの大学では「純ジャパ」はどちらかというとマイノリティ。留学に行ってるか、子供の頃は海外で過ごしていた方ばかりでした。でも自分には受験英語しか経験がなくて「こんなにできないのか」て入学してすぐに、できない自分にコンプレックスを抱えるようになったのです。 大学は寮暮らしで、みんな日常的に英語コミュニケーションを滑らかに行っていました。でもその一方で、自分の思っていることをうまく伝えられない自分がいて、学校英語では会話がほとんどできないんだなってショックを受けた感じです。国連やNGOも、海外の大学院などに出なければ就職するのが難しい職種。バリバリ英語が話せる人たちと戦うと知って、ズタボロになりましたね。   ー英語を当たり前のように話せる方ばかりが周りにいると、劣等感を抱いてしまいますよね。今は英語ができないコンプレックスを克服できているのですか? 今も英語がそんなにできる方ではないと思っています。大学ではNPOで働くようにして、海外の途上国というテーマとはちょっと違うんですけど、引きこもりの支援というのを国内でやっていました。 英語がハンディキャップにならない環境の方が、自分の力が発揮しやすいって理由もあります。また思い描いていたテーマと違っても、自分が実際にやってみて、関心を持てるようになることならテーマってよりも、自分の働き方や仕事に打ち込めるかどうかの方が大切だなと。   ー英語を使わずに活動することで、自分のできることをどんどん見つけていったという感じですかね? そうですね。大学の途中から地方活性化みたいなテーマで論文を書くようになったんですけど、地域活性化と途上国開発は課題とか構造とかが似ているような所もあって、地域活性化にはまったっていう感じですね。   ー地域の活性っていうのは具体的にどんなことをされてたんですか? そうですね。島根県の津和野町という小さな町を拠点にしていました。津和野町は若い人を呼び寄せて地域おこしをやっている先進的な町でしたので、私はインターン生としてそこに携わるようになりました。 農業とや観光などいくつかのテーマごとに、学生たちがプロジェクトを作って、現地の人と協力して一緒にやっていく流れ。私は何かをやるというよりも、みんなの活動を観察して、こで得た知識や経験を論文にまとめていました。   リクルートで感じた仕事に対する違和感 ー地域おこしの活動を経て、リクルートに入社されたんですよね。なぜリクルートに入社しようと考えたのですか? 地域おこし協力隊の制度を使って町おこしを仕事にする道に進むか、リクルートを選ぶかの2択で、最後まで悩んでいました。会社に勤める選択肢だと、最初から自分がバリバリ仕事ができるいわゆるベンチャー的な企業が良かったんです。下積みが長いのは自分には合わないなと。だからすぐに活躍できるフラットな社風がいいなって考えていました。 インターンシップで島根に行っていた時にお世話になった方が、もともとリクルートの起業家の方で、当事者意識がすごくあってリクルートの社風そのままの人でした。 就活でリクルートと地域おこし協力隊の選択肢があって、最初は地域おこし協力隊にしようと、リクルートを断ったんです。でも当時のリクルートの人事の方に、「地域おこし協力隊を3年終えた後に自分ができるようになっていることを想像してほしい」と言われたのです。 地域おこし協力隊から中途でリクルートに入ろうと考えると、経歴が特殊なキャリアになるため、入れるかわからない不安もあります。さらに地域おこしを自分が生涯かけてやりたいテーマなのかどうかが確信を持てない自分がいること。そして、興味、関心がその時によって変わってしまうこと。 だからまずはリクルートに入社して、働いているうちに、地域おこしをやりたいと思ったら、そっち行けばいいと考え、リクルートに入社しました。   ー島根のインターンシップでの出会いがリクルートの入社に影響を与えていたんですね。新卒入社されて最初はどういったお仕事をしていたのですか? 最初は人材系のグループ会社で、タウンワークやとらばーゆをやっている企業のデジタルマーケティングをしていました。 最初は面白いと思っていたんですけど、億単位の予算の仕事を任されるので、ずっと数字を追うように仕事をしていたのです。あまりユーザー近くない仕事をずっとしていたため、なんのために仕事をしているのかがわからなくなってしまいました。   ー扱う金額が大きすぎると全体感として見れないっていう感覚はありますよね。仕事の意義が感じられないみたいな思い悩むところがあったと思うんですけど、そこから社内でジョブチェンジされたんですよね? デジタルマーケティングを勉強しているときは、新しいことを学ぶことは面白かった。でもしっくりこないと思っていた時に、「文化人類学を昔学校でやっていた」っていうのを社内で話す機会があったんですね。その時に上司に「UXデザインとかそっちの仕事が向いているんじゃない?」と言われました。その時はUXデザインをよく知らなかったし、開発に近い仕事はかなり専門性が高いので、経験のない自分は無理だろうなって。 でもいろんなタイミングが重なってUXデザインの部署に異動になったんですよね。   UXのキャリアの始まりと転職 ー部署異動から松薗さんのUXのキャリアが始まっていくと思うんですけど、最初はどんなお仕事から始められたんですか? 初めはエンジニアと一緒に開発の勉強をするところから始めました。UXをやりたいと言ってみたものの、やっぱり開発の知識プログラミングとかプロダクトは作れなかったので、まずは勉強し始めました。 でも勉強しているうちに「あれ?自分には合わないかも」と思うようになったのです。自分の運が良かったのか、WEBディレクターが足りないと社内でなりましてプロダクトマネージャーの方が合っていると感じ、少しずつシフトしていきました。 はじめはそのプロダクトの意思決定をするプロダクトマネージャーの見習いから入って、その中でUXの知識が必要だったので、少しずつ身につけていった感じですね。   ーなるほど。専門的な分野の知識習得って大変なイメージなんですけど、どうやって毎日学びを続けられたんですか? やはり、会社に教えてくれる人がいたのが大きいですね。あとは休みの日にウェブ上のサービスで学んだりしていました。専門的な知識をつけていくうちに、UXデザインが楽しくなりました。   ーそこから今の会社に転職されたのは、どういうきっかけがあったんでしょうか? そうですね。リクルートではプロダクトマネージャーにもいろんな業務があって、ディレクションや企画を作るなど本当に多岐にわたる業務があるんですね。業務の中で、プロダクトマネージャーとして突出した部分が必要だと思って、自分はそこには到達できないと感じました。 自分の強みがなければ、何でも中途半端にしかできない人でしかないと思うようになりまして。プロダクトマネージャーとして、自分が得意、好きだなと思えることを考えるようになりました。 ユーザー調査をしてから企画を考えることが大学でやってたことに近くて好きですし、他の人より得意かもしれないと思えたので、その分野でまずは突き抜けた方が、一本柱のあるプロダクトマネージャーになれるかなって思っていた。 ただリクルートにはユーザー調査だけの専門家の職種がなく、ジェネラリストであることの方が推奨される会社だったんですよね。自分がやりたいことは、UXデザインの中でも、UXリサーチと結構特殊な一業務のスペシャリストでした。 アメリカではUXリサーチの担当部署もあるんですけど、当時の日本ではUXリサーチ専門の人がいない状態。そんな時にメルペイが、UXリサーチをメイン業務としたい人を応募していたので、そこに飛びついたって感じですね!   ーこれからUXリサーチに挑戦してみたい人や、興味がある人に向けてアドバイスをお願いします! そうですね。UXデザインは企画やプロダクトに携わる人はみんな知っておいたほうがいいと思っています。プロダクトの企画に携わらなくても、セールスでプロダクトを売る相手をユーザーだと考えると、業界のリサーチは必ず行なっているはず。だからどんな人でも勉強しておいて、損はないかなって。   ー確かに業界のリサーチはどんなセールスでも行うため、必要なスキルになりますね。ちなみにどんな人がUXリサーチャーに向いている人だとお考えですか? リサーチのプロセスを楽しく感じられる人や、ユーザーインタビューを楽しんで続けられる人ですね。 UXリサーチは企画を作っていて、華やかなイメージを持たれがち。「UXリサーチャーになりたい」って声をよくいただくんですけど、思ったよりも泥臭くて、インタビューの為の日程調整やインタビューの文字起こしをして、分析をしています。だから、泥臭いことを楽しめる人が、向いているんじゃないかなと。 UXリサーチはスキルやものの考え方とかも書籍やインターネットで学べるので、実際に学んでみて、面白そうと思ったら自分は向いているかもと分かるかもしれないなと思います。   社会人学生という道を選んだ理由 ー松薗さんの個性というかあの形作るものをとしては社会人学生というところなのかなって思うんですけども、就職したまま学生になろうと思ったきっかけはなんですか? 自分が大学生の時は、自分が大学院に進むとは全く思ってなかったんです。でもUXデザインをやっていく中で、UXデザインを専門的にで学んでたわけじゃなかったので、そういう学部出身の方を見ると全然知識が足りないなぁって。 もちろん実戦経験はありますが、専門的な知識を深く知らなかったり、体系立てて深く理解しているわけじゃないので、たまたまうまくいっただけで再現性がないんじゃないかなとかそういういうところを考えた。 あとは海外に住んだり、学んだりしたいって気持ちがずっと残っていて、自分の英語力にコンプレックスもあったので、それを克服したいなと。   ー学生時代のコンプレックスを克服したいと考えられたんですね。いつ頃から社会人学生になろうと考えていたのですか? リクルートで働いていた時です。最初は海外のデザイン学校に行って、1,2年UXデザインを学ぼうといくつか海外の学校を調べていました。知り合いがデンマークにあるCIIDに行って「面白かったよ」って言ってくれたので、夏休みの2週間だけ授業を受けられるサマースクール期間に社会人5年目ぐらいの時に応募して行ってみました。   ー実際に短期留学をされていたんですね。留学という選択肢があった中で、留学を選ばなかった理由はなんですか? CIIDはいろんな国から来ている学生と1週間プロジェクトをやりながら授業をやるという感じでした。でも自分の英語力では、現地の人に英語でインタビューして深く聞けなくて。自分の強みとしていたUXリサーチが、海外に行くと逆に弱みになってしまいました。 言葉の壁が大きかったのと、インタビューひとつ取っても、現地の人をよく観察しないとわからないですし、文化背景が分からない、言葉もちょっと拙ないだと全然浅い感じになっちゃうなあっていうのが改めて思いました。実際に行ってみて、英語力がなければ、現地だと何もできないと感じてしまいました。 あとCIIDで学べることが自分のやりたいことと違ったっていう理由もあります。社会人でUXデザインについて学べる学校に行けるといいなぁと思ったので、今通っているJAISTっていう大学院と、武蔵野美術大学の社会人コースの2つを検討しました。その結果、JAISTに行くことに決めたのが去年の話ですね。   ーいろいろ検討して決められたと思うんですけど、両立が大変そうだなって思っていて、社会人学生になる決断を下す上で、迷ったことや悩んだことってありますか? そうですね。自分のキャリアやライフステージが変わったりとかを考えると、30歳ぐらいまでにどうしてもキャリアを積み切らないとって思っていました。 たとえば子供が欲しいと思った時に、実質的に距離的が離れて学校に行けなくなったりなどですね。そんなことを考えていると早く行かないといけないってずっと思い込んでいました。自分の中で焦りがあったため、社会人をやりながら大学に行く人を紹介してもらいました。   ーそうなんですね。お会いした方の中で印象的なお話はありましたか? はい。海外のデザインスクールに行く女性の方がいて、その方はお子様がまだ1歳ぐらいだったかな。その女性は子どもと夫を置いて、留学に行っていると知った時ですね。   「そういうやり方もあるんだ!」と年齢や環境は言い訳にしかならないと気づきました。やっぱり自分のやりたいことにチャレンジした方が悔いが残りませんし、自分の30代のキャリアにも絶対いいなと。いったん国内の大学院に行って、留学制度を使って海外に行くとかも無理ではないっていうのにいろんな人の話を聞いて気づけた。   ー松薗さんは社会人学生として、好きを貫く選択をしていると思うのですが、年齢が思い込みだったと気付いた後にいくつになっても大学院に行けると先延ばしする人も多くいます。自分の好きなことを今やろうと思った理由はありますか? そうですね。悩む暇があるならまずやってみるみたいなところはあります。実は、研究としてこういう領域をやるのが好きっていう自信はありません。それよりも早くやりたいことを試した方が、向き不向きを早く知ることができるのかなと。自分の好きなことを仕事にした方がいいのか。それとも学術的に極めた方がいいのかを早く判断したかったのが理由です。   ー松薗さんのこれからのビジョンについてお伺いできますか? 実は、正直先のことをあまり考えることがありません。っていうのもその時に、自分の興味ややりたいことが変わるからです。だから今はテーマを色々変えつつも、UXリサーチャーを極めたいと思っています。 業界を代表できるようなUXリサーチャーになりたい。もし学術的な方が面白ければ、博士課程も受けてみたいですね。とにかく今は先のことを考えず、UXリサーチャーを極めていく時期だと考えています。   ー今はプロフェッショナルを極めていきたいと考えつつも、先のことは気の向くままに進めていきたいということですね。本の執筆もされているとお伺いしたのですが、プロフェッショナルを極める中での一環というイメージでしょうか? UX デザインの本は結構出てるんですけど、海外発のものを訳したものが多いんです。知識を受け取るだけじゃなくて、自分が培ってきた知識を世の中に発信していきたいなとずっと思っていました。実際にUXリサーチャーを1年ほど経験し、知識や経験が溜まってきた自負があって、そこでとあるご縁で本の執筆の機会をいただけたという感じですね。   ー松薗さんの、今後の挑戦に期待しています。本日はありがとうございました! === 取材:中原瑞彩(Twitter) 執筆・編集:サトウリョウタ(Twitter/note) デザイン:五十嵐有沙(Twitter)

「彼氏の会社、買収したい」病み体質で不登校、貢ぎ、ナイトワークを経験した高桑蘭佳の変化してもブレない野望

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第82回目のゲストは株式会社メンヘラテクノロジーCEOの高桑蘭佳さんです。 株式会社を設立、自分と同じように悩む女性の悩みに寄り添っている高桑さん。現在、東京工業大学の大学院生と起業家というふたつの顔を持ち、精力的な活動をされてますが、高校時代は彼氏への依存を引き金にして不登校や引きこもり生活を経験していました。 「彼氏と別れるなら死ぬ、と思っていました」と自身の過去の恋愛を語る高桑さんが、仕事に自分の意味を見出し、抱えてきた課題をビジネスに昇華させていった過程に迫りました。   誰かの悩みに寄り添う存在「メンヘラせんぱい」 ー本日はよろしくお願いします!まずは自己紹介と、メンヘラテクノロジーで提供しているサービスについて教えてください。 高桑蘭佳です。「らんらん」という愛称で呼ばれています。1994年に石川県金沢市で生まれました。神奈川大学工学部に進学し、現在は、東京工業大学大学院修士2年です。 学業の傍ら、フリーライターをしています。また、2018年8月に株式会社メンヘラテクノロジー設立しました。 メンヘラテクノロジーでは、「メンヘラせんぱい」というチャットサービスを提供しています。気軽に相談できるチャットサービスで、30分300円から利用が可能です。 「誰かに悩みを聞いてもらいたい」という時、選択肢はいくつかあると思います。カウンセリングを受ける、無料の公共サービスを利用する、身の回りの人に相談をする…。ただ、どれも完全とは言えません。カウンセリングは私と同世代の人たちにとっては金銭的なハードルが高いです。無料の公共サービスは利用希望者が多いタイミングだと、自分が欲しいタイミングで受けられない場合があります。身の回りの人には、相談しづらいことってありますよね。相手への負担を気にしすぎたり、身近だからこそ言えない悩みだったり…。   ーそいう方にとってメンヘラせんぱいが新しい選択肢になるんですね。 若い子だと、最近はマッチングアプリを利用して話を聞いてくれる人を探すみたいなんです。でも、多くのマッチングアプリは異性同士でつながる仕様になっているので、弱っている女の子の気持ちに漬け込もうとする人もいます。それで、トラブルに巻き込まれてしまったという話もよく耳にするんです。その手段を選ばなくてもいいようになれば、という思があります。   ーだからこそ価格もこれだけ抑えて提供しているんですか? はい。ただ、相談を受ける側の「せんぱい」のことも考えると、価格は今後の課題ですね。 暗い話題もあるので、せんぱいの負担も考慮しています。サービス構想の時点では、電話対応も検討していたのですが、「電話だと場所が限られてしまう」「相談を受けるハードルが高い」という声からチャットスタイルになりました。   「頭の良い子が好き」彼氏の言動に追い詰められる ー大学院生としての学業に、起業と、とても精力的な印象を受けます。昔からそうだったのでしょうか?  高校生の頃は、不登校でした。当時、お付き合いしていた彼氏の言動が原因です。 もともと女子のコミュニティが苦手で、好きな人のことで頭の中がいっぱいになっているような女子高生でした。彼は、わたしのことを「面倒くさい」とよく言っていて、待ち合わせに来ず5時間も待たせるような人だったんです。それでも、別れたくなくて、嫌われないように努めていました。   ー高校生の頃から恋愛体質だったんですね。不登校になったきっかけはなんですか? 彼は「頭の良い人が好き」と言ってましたが、わたしは勉強が苦手でした。頑張っても、そんなにすぐに成績が上がるはずもなく…。「東大や京大に行くような女の子がいい」と言うので、志望校をそこに合わせて模試を受けるも、当然のようにE判定。その結果に、彼氏がさらに追求してきて、勉強への苦手意識が強まりました。 やがて、テストを受けることが怖くなり、中間テストの日から学校に通えなくなってしまったんです。彼氏にはそのことを隠し、塾や彼の学校へは行くものの、昼間は同じく不登校の子と遊んだり、ずっと寝ていたり…そんな生活でした。日を追うごとにどんどん落ち込んでいって、深夜に友人と出歩き、補導にあったことも何度もあります。   幸い、両親はわたしを理解してくれる存在だったので、「ストレスが増えるなら、受験はしなくてもいいんじゃない?」と言ってくれました。そして、進学先が決まらぬまま高校を卒業し、浪人生活に。相変わらず勉強は苦手でしたし、受験会場で涙が止まらなくなってそのまま帰る…なんてことも。それでも、神奈川大学の工学部に合格して、実家を出て新生活がスタートしました。   ナイトワークで稼ぎ、彼氏に貢ぐ日々 ー苦労しながら受験も乗り越え、大学生になられたんですね。新しい生活はどうでしたか? 大学へ進学しても相変わらず人間関係を円滑に進めることは苦手でした。新しくお付き合いする方もできましたが、「お金ないから奢って」と催促するような彼氏で…。ガールズバーやキャバクラなどのナイトワークで稼いで、多い月で30~40万円ほど貢いでいたときもありました。 そもそも精神的に安定していなかったので、ふつうのアルバイトができなかったんです。かといって、接客業が得意なわけではありませんでした。お客様とのコミュニケーションや、日中も届く連絡に、ストレスが募っていきました。   ー辛い時期だったことが伝わります。転機はなんだったのですか? 大学2年生のときに、イベントでお酒を売るアルバイトをしていました。そのイベントの手伝いで来ていた男性に一目惚れしたんです。それが、現在の彼氏です。 彼と付き合いはじめるときに「辞めてほしい」と言われて、辞めることにしました。しかし、稼ぎの良いアルバイトだったので、わたしの金銭感覚も狂ってしまっていて…生活に困るようになって隠れて再開しようとしました。    それがバレたときには、当然、彼はとても怒っていました。「辞めないなら、別れるよ」くらいの剣幕で迫られたものの、わたしも自分の生活があります。辞めたくても、辞められなかったんです。そしたら、彼氏が「らんらんは何がしたいの?」と、本質的な部分から聞き出してくれました。   もともと作文が得意で、ライターとして活躍されているさえりさんに憧れがありました。「ライティング、やってみたい」と口にすると、彼氏が「そっちを磨いた方がきっと稼げるようになるよ。将来にも役立つだろうから、挑戦してみなよ」と後押ししてくれました。   ライティングの仕事で、「必要とされている」と実感 ーらんらんさんときちんと向き合ってくれる恋人とのお付き合いが、良い方向へ導いてくれたんですね。具体的にどうやってライターの道に進まれたのですか? 最初はメディアを運営している編集部でインターンをして、記事を書いていました。それが、とても楽しかったんです。そして褒められることが嬉しくて堪りませんでした。書いた記事がスマートニュースにピックアップされて、PVが跳ね上がり、また褒められて…。 段々と、直接、執筆依頼をいただくようになったんです。インターンよりも高い報酬でライティングのお仕事ができるようになり、フリーライターとして実績ができていきました。 お仕事を通して誰かに必要とされることで、「生きていていいんだ」と思えました。彼氏に必要とされることが何より大事だと思っていたのですが、彼氏以外にもわたしは価値を提供できるんだと体感し、自信につながったんです。   ーライターとしての才能が開花していく一方で、大学ではどのような研究をされていたのでしょうか? 彼氏のツイートにリプライを送っているユーザーから、彼氏との親密度を探るというTwitter分析を行っていました。大学の助教授に、「彼氏のことを束縛したい」と話していたら、「それを研究テーマにしてみたら」とアドバイスをいただけたんです。 周りの工学部の友人の多くが進学することから、特に悩まずに自然とわたしの意識も大学院へと向いていきました。学歴コンプレックスをずっと拭えずにいたので、だめもとで、偏差値がより高い東京工業大学の大学院を受験します。わたしが所属している文理融合コースは、個性的な研究計画を歓迎する傾向にあり、わたしの研究はウケが良く、予想と反して進学できることに決まりました。   「彼氏の社員旅行に同行したい」束縛から起業へ ー過去に負ったコンプレックスを、自ら払拭したんですね。起業されたのは大学院へ進学してからでしょうか? はい。起業のきっかけは、ビジコンへの参加と、彼氏を束縛したくてです。 彼氏を束縛するネタの記事と、わたしの研究テーマを知ってくださったある企業の方との繋がりでサマーインターンのビジコンに参加することになりました。よく趣旨も分からぬまま参加したのですが、そこでのアイディアが選ばれ、数百万円の出資と共に法人化する権利を得ました。当時は起業するつもりは全くなく、お断りするつもりでした。その後、あることで彼氏と喧嘩をしたんです。 彼氏は会社を経営していて、本当は、その会社の役員になりたかったんです。そして、会社の社員旅行に同行したくて…。でも、彼氏が許してくれませんでした。それで喧嘩になり、そうしたら「起業して実績があったら、メンバーも役員になることを認めてくれるかも」と彼が言うので、出資を受けてメンヘラテクノロジーを立ち上げました。   ーそのような動機で起業を志した方、きっと他にいないでしょう…。では、事業内容が固まっていたわけではなかったのですか? はい。そのため、経営者の方に相談をして、「自分が抱えている課題を解決するために作られたサービスは強いよ」とアドバイスをもらい、まずは自分の内面と向き合いました。お話したように、わたしは人間関係や恋愛でのもつれを多く経験していて…。その悩みにアプローチするようなサービスの開発をしようと思い至りました。 とは言っても、起業がしたいという思いが先行していたわけではないので、会社経営へのモチベーションはあまり高くなかったんです。変化があったのは、出資していただいた資金の底が見えてきて、次の選択を迫られたタイミングです。 メンヘラせんぱいの前身となったサービスはあって、テストユーザーからのポジティブな声が届いていたんです。それがなくなってしまうのは寂しい、と思い、それからは意識を切り替えて、真剣に事業と向き合うようになりました。   ーこうやって、現在の高桑さんにつながっているんですね。今でも、彼氏の存在をきっかけに病むことはあるんですか? それが、忙しいとあまり病まないんですよ。気分が落ち込むことは昔と比べて減りました。むしろ、安定しているので感情の起伏がないことを悩んでいます。「逆に病みたい」って気持ちです。   ー気持ちが安定しているのは良いことですね。今後は、やはり彼氏の会社の役員になることが目標なんでしょうか? まさか彼は本当に起業すると思っていなかったようで、「やっぱりそれはできないよ」と伝えられてしまいました…。 そこで、新しい方法を考えたんです。企業は、買収されると、もともとの株主が持株を売却できないように立場を固定することができる「ロックアップ」という制度があるんです。通常だと数年ですが、わたしは100年にして、彼氏の企業を買収してしまおうと考えています。 経営者の知人にも「結婚よりいいじゃん!」と背中を押されています。それができたらいいなあ、と考えていますね。   ーどこまでもブレない高桑さんの今後の躍進も楽しみです。本日はありがとうございました!   ユニークな価値観を持つ29歳以下の世代(U-29世代)のためのコミュニティ「ユニーク大学」を運営中。29歳以下ならどなたでも無料で参加できます。 ユニーク大学に参加してみる   === 取材:西村創一朗(Twitter) 執筆・編集:野里のどか(ブログ/Twitter)

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