料理の道からサラリーマン生活を経てフリーランスを選んだ今村えいの働き方とは

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第312回目は料理プロデューサーとして活動中の今村えいさんです。幼少期の頃から料理に興味を持ち、料理の道一本で進まれてきた今村さんが、サラリーマン生活を経て再び料理に関わる仕事に就くまでの経緯をお話いただきました。

料理人を志したきっかけは料理好きの母の影響

ーまずはこれまでの経歴も含め、簡単な自己紹介をお願いします!

フリーランスで料理プロデューサーとして活動しております、今村えいです。新卒からフランス料理人として4年、法人営業を4年、エンジニアを1年経験後、独立しました。メニュー開発やフードイベントの企画運営の他、webディレクターとしても活動して現在2年になります。

ー現在に至るまで過去に遡ってお話を聞けたらと思いますが、幼少期の頃から料理人になりたいという気持ちをお持ちだったのでしょうか。

そうですね。4歳の頃から料理人になりたいと思っていました。母が料理好きで、家でも凝った料理を作ってくれていたことや、それをお手伝いしていたことがきっかけだったかと思います。小学4年生の時に初めて火を使う料理を教えてもらい卵焼きを作ったのですが、ただ砂糖を入れたりするのではなく、ジャムやシナモンを入れてみるなど卵焼きのアレンジをいろいろと創意工夫してやっていました。

ーその思いが中高も変わらなかったんですね。

小学生の時はなんとなく料理人になりたいと思っていましたが、明確に料理人を目指すようになったのは中学1年生の時です。母がフランス料理の料理教室に通っており、そこに一緒に連れて行ってもらったのですが、こんなに美味しくて上品で綺麗な料理があるんだと衝撃を受けました。また、そこのシェフがとてもかっこよく映ったことから調理師免許が取れる道に進もうと決意しました。

調理師免許を取得できる高校を受験し、高校では調理技術の基本を広く浅く学びました。免許はとることができたので高校卒業後すぐに働くという選択肢もあったのですがもっと専門的知識と技術を身に付けたかったので専門学校に進むことに決めました。

ー専門学校生活はいかがでしたか。

ずっと興味のあった西洋料理に特化して学ぶことができ、料理において様々な表現の仕方や手法、味の奥深さなどを知ることができたので楽しかったです。一方で、特にフランス料理は1つの料理を作るのに手数が多いためチームプレーが求められるのですが、コミュニケーションをとることに苦手意識があったため、難しさも感じました。

フランス料理の道からサラリーマン→エンジニアに

ー今の今村さんからはコミュニケーションに苦手意識があったと想像できません!専門学校卒業後の進路についてはどのように選ばれたのですか。

デザートが美味しいお店を就職先に決めました。レストランのデザートはケーキ屋さんのケーキなどと異なり、一番美味しい状態でスイーツを食べていただくことができるのでアレンジの幅もかなり広がります。だからこそレストランのデザートを担当したいと思い、就職先にはフランス料理店にも関わらず、麦茶のゼリーや白味噌を使ったケーキなど枠に捉われない料理を考案しているお店を選びました。

同じお客様には同じメニューを出さないというお店のポリシーがあったため毎日のように空いている時間を見つけては試作と提案を行いました。4年間、お世話になったのですがここでの経験が今のメニュー開発の仕事に活きています。

ー希望していたデザートの開発を担当できていたにも関わらず、転職を決意されたきっかけは何だったのでしょうか。

住み込みで朝早くから夜遅くまで働いていたので、外の世界を知ることがない4年間だったんですよね。また、やりがいはありましたが、作ったデザートはお店の中で完結してしまい世の中の人全員にインパクトを与えることができない点や料理を作る人よりも考える人になりたいと思った点も転職を考えるきっかけとなりました。

外の世界をいざみてみると飲食の世界は8~9割が生き残れない厳しい世界であることを改めて実感しました。ちょうど第二新卒の年齢だったこともあり、一度料理人以外の選択肢を検討するチャンスかと思い、サラリーマンにチャレンジすることを決意し、法人営業としてデザイン会社へ就職しました。

ーなぜ営業職を選ばれたのでしょうか。

エージェントの方にとりあえず営業を経験した方がいいと言われたことと、自分のコミュニケーション能力を磨くべきだと感じていたことが主な理由です。ゴリゴリの電話営業など初めてのことだらけで大変でしたが、とにかく頑張った2年間でした。

ーそこから再び転職を決意されるんですね。

料理の世界から離れてみてやっぱりメニュー開発を仕事にしたいと思ったことから製薬会社向け高級弁当の代理店ベンチャー企業に転職しました。営業職ではありましたが、コンシェルジュとしておすすめのお弁当を提案したり、飲食店と一緒にメニュー開発を行ったりするなど2年間働きました。

しかしベンチャー企業だったということもあり休みがないほど忙しかったことから理想の働き方について考えるようになり、再び転職を考えるようになりました。好きなことに特化して働きたいと思った結果、フリーランスという選択肢に出会いました。そしてフリーランスで安定した収益を確保する方法を考える中で、エンジニア職に挑戦することを決意し、転職。未経験で採用いただいた会社で1年間エンジニアとしてのスキルを身に付けながら、副業で出張料理や動画編集、ライターなどの仕事に挑戦していき、副業が本業の収入を上回ったので独立をしました。

料理における自由な発想と感情的価値を探究中

ー満を期しての独立されたのですね!好きや得意を仕事にするために今村さんが意識したことなどはありますか。

まずは好きと得意をきちんと認識することです。好きだとその好きなことを探究できる燃料を持っていると思うのですが、それって財産であり才能だと思っています。なので何に自分は心を奪われるのかを書き出してその中から共通項を見つけて自分がやりたいことや好きなことを知ることがファーストステップだと思います。その上で、得意なことにフォーカスして好きと得意の両方が活かされる仕事を探すのがいいのではないでしょうか。

同時に、世間が求めているかとのすり合わせを行う必要もあります。社会の課題や人の悩みなどを分析し、自分の能力や持っているリソースがどういう人に対して価値提供をできるかを考えることで初めて仕事として成り立つと思います。

ーフリーランスとして働く中で、これまでの経験が活きていると感じることは多いですか。

そうですね!現在させていただいているメニュー開発の仕事はフランス料理店で働いていた際の経験があるからこそだと思いますし、飲食関係者はウェブに弱い方が多いのでエンジニアとしての経験がディレクターとして働く中で重宝されることが多いです。

料理人を集めて1つのテーマに沿って思い思いの創作料理を作るイベント「俺達のビストロ」や奇想天外なテーマに沿った料理を提供する一夜限りのコンセプトレストラン「林檎亭」も定期的に企画し、開催しているのですが、そこではやはり営業経験で磨いたコミュニケーション力が役立っていると思います。

ー俺達のビストロも、林檎亭も面白そうなイベントですね。

料理では美味しいという点さえ外さなければどれだけ遊んでもいいと思っています。前回の俺達のビストロでは駄菓子をテーマに開催したのですが、駄菓子は思い出を想起させることが多く、ただ美味しいではなく、料理を通してノスタルジックさを感じることができると改めて感じました。このように、機能的な美味しさだけではなく、感情的美味しさを感じてもらえる機会を増やしていきたいです。

安価で質の高い料理が楽しめるようになり、美味しさの基準が年々上がっていますが、金額やクオリティ、気軽さにおいて大手に勝てない飲食店が今後差別化していくために必要なのはまさにこういった感情的価値の部分だと思っています。

ー最後に今村さんの今後の目標を教えてください!

料理で様々な手法を活用して自己表現をするということは今後も続けていきたいと思っています。一方で料理に感情的価値を付加する可能性を今後は研究していきたいです。

様々な仕事が今後AIに代替されるのではないかなどといった議論がありますが、AIに代替されないためには飲食業・料理の世界でもこれからは感情的繋がりが注目されることかと思います。「あの人のお店だから」や「あの時の気持ちが思い出せるから」などといった関係性を感じる料理こそがこれから必要とされる時代だと思うのでその深掘りをしていきたいです。そして得た知見を飲食店にシェアし、本当に良いお店や良い料理がきちんと評価される社会であり続けるように、まだまだ微力ですが活動を続けていきたいと思います!

インタビュー:吉永里美(Twitter/note
執筆者:松本佳恋(ブログ/Twitter
デザイナー:五十嵐 有沙 (Twitter