会社員×ユニキャリインタビュアーの中原瑞彩に聞く、ウェルビーイングな暮らしを目指すワケ

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第197回目となる今回のゲストは、広告プロダクトの販促に従事しながら、ユニキャリでインタビュアーとして活動中の中原瑞彩さんです。

会社員とフリーランスのどちらも経験し、現在はマルチに活躍している中原さん。そんな中原さんが、ウェルビーイングという言葉を意識するようになった経緯について、お話を伺いしました。

勉強に打ち込み、いじめとおさらば

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

普段はEC企業で販売促進のお仕事をしながら、ユニキャリのインタビュアーとして活動しています。

クライアントに広告を販売している営業さんに対して、「こういう売り方はどうですか?」とアプローチしたり、営業さんが担当している媒体の成功事例をまとめたりしていますね。媒体の企画から携わらせていただくこともあるんです。

ー中原さんが今の人生を歩むに至った経緯を教えていただきたいです。

最初のターニングポイントは小学生時代ですね。小5、小6くらいから男女分かれてグループができ始めて。それと同時にいじめが起こるようになっていきました。

活発な女の子グループが、クラスの他の女の子を順番にいじめていくみたいな、陰湿なことが繰り広げられてました。当時のクラスの雰囲気は悪く、息苦しかったですね。

ーその環境で、中原さんはどのように過ごされていましたか?

当時は結構冷めた目で見ていました。いじめっ子たちはあまり勉強ができない子が多かった反面、私自身は周りの子たちよりも勉強ができたので、「いじめしかすることないんだな」と内心思ったり。

地元の小学校から中学校にそのまま上がると、また同じメンバーと学校生活を送らなければいけないので、「あの人たちと私は違う。私は中学受験をして違う学校に行くんだ」と決心しました。

結果、無事に中高一貫の女子校へ進学することができ、空気が重い場所とは距離を置くことができました。

 

1度大学に入学したものの、中退後に再受験

ーその後の人生のターニングポイントを教えてください。

大学受験期ですね。当時ピアノを10年間やっていたので、ピアノで大学に進むのか否か迷っていました。もし音大に進むとなると、将来はピアニストやピアノの先生、音楽の先生など、道が決まっているように感じて。

将来がすでに想像できてしまうのは面白くないと思い、普通の総合大学に行くことを決めました。音楽自体は好きだったので、音楽学という珍しい専修がある大阪大学の文学部を目指すことにしたんです。

ところが現役時代は成績が及ばず、別の大学へ入学し、音楽とは関係のない学部で学びました。大学生活を過ごすにつれて、やっぱり音楽について学びたいという思いが忘れられず、再び大阪大学を目指そうと思って。大学に半年間通いながら仮面浪人をして、その後半年間は休学して自宅浪人をしました。

浪人後は無事大阪大学に合格し、入学することができました。

ー念願の大阪大学に入学した後は、どのような大学生活を送っていましたか?

あんなに苦労して入学したのですが、大学に入ることがゴールになっていて、入学後は燃え尽き症候群になってしまいました。それではもったいないと思い、興味を持った活動には参加するようにしましたが、自分がやりたいことは見つかりませんでした。所属していたダンスサークルでは、友達と遊ぶほうが好きだったのでダンスの練習はあまりせず、友達と一緒にカメラ旅と称してお散歩しに行ってましたね。

やりたいことがない状態で就活の時期がどんどん近づいてきて。文学部の受験を通して文章を書くことが好きになったことと、なんとなくかっこいいという憧れから新聞記者を目指すことにしたんです。エントリーシートと筆記試験は通るのですが、面接ですべて落ちました。面接で深掘りをされると、根本的になぜこの仕事をやりたいのかはっきりしていないことがバレてしまうんですよね。

新聞記者の夢は叶いませんでしたが、マイページに登録していた会社から面接をしたいという連絡が来て、受かったのが新卒1年目の会社でした。

 

新卒2年目にしてまさかの退職

ー入社後はどのように過ごされていましたか?

1社目は志望動機が薄かったので、入社前はモチベーションが高くなかったです。ただ、入ったからには成果を出してやろうと思っていたので、同期が120~130人くらいいる中で勝ち残っていくためには自分の能力を高めなければ、と自分を奮起させていました。

2年目に差し掛かったころ、大きな仕事を任せてもらっていたので成長実感はぼんやりとはありましたが、「その成長は他の場所でも通用するのか」「今までやってきたことは正しいのか」などいろんな悩みが出てきたんです。

それから仕事の幅を広げるため、販促会議という広告業界で大きなコンペに、同じ部署の先輩と4人で出場しました。そこで自分の実力を試そうと思っていたのですが、思うような動きができず、打ちのめされてしまいました。成長に関する悩みがある中で業務量は増えてきて、すべて自分でこなさなければ、という思いになってしまって。最終的に体調を崩して、休職に入ってしまいました。

ー休職後に退職と復職という2つの選択肢がある中で、なぜ退職を選んだのですか?

復職するという考えはありませんでした。2つ理由があって、1つは業務量が多い状況に耐えられなかったからです。

もう1つは業務領域が決まっていたからです。決められた領域を1年間続けてきて、その領域はできるようになったけど、他の領域はどうなんだろう……という思いがありました。次の成長機会を求めていたタイミングでもあったので、退職を決めました。

 

たまたま見つけたミスコンで準々グランプリ

ー退職後はどのように過ごされていたか教えてください。

実は1か月間の休職に入る前に、販促会議がきっかけでマーケティングスキルが不足していると感じていて。マーケティング力をつけるには、自分を商材としてプロモーションするのが1番効果的ではないかと思っていました。

そんなときにSNSで見つけたミス京都というコンテストの理念に惹かれ、出場を決めていたんです。ファイナリストとしての活動はやりがいがあり、当時の体調不良から感じた問題意識を発信するためにも最低でもベスト8に入ろうと努力し、結果3位にあたる準々グランプリを受賞することができました。

ーミスコンではどこを評価されていたのですか?

ファイナリストをステージ上で選ぶときには、水着・着物・スピーチ・ウォーキングの4つの審査がありました。その前にファイナリストとして活動する期間が1か月ほどあるので、その期間中のSNSでの発信も評価されていましたね。

ーミスコンを経て、心境の変化はありましたか?

ちょうど成長で悩んでいた時期だったので、その悩みを自分の中で消化できました。自分1人で努力をして何かを成し遂げるという経験は私にとって大きな影響がありましたし、賞を取れたことも自信につながりました。

その後フリーランスとして独立することを決めたときも、受賞によって得た自信に支えられたんです。「今なら何でもできる気がする」という気持ちになれたんですよね。

 

フリーランスでスキル不足を実感

ーフリーランスになった経緯をもう少し詳しく教えてください。

大学時代から漠然と「自分の力で稼ぎたい」という思いがあり、フリーランスに憧れていました。会社の名刺ではなく、自分の名前で仕事がしたいと思っていて。

ミスコンで賞を取り、自信がついていた時期でもあったので、大学時代からの夢を今こそ実現しよう、とやる気に満ちあふれていたんです。プログラミングスクールに2か月半ほど通い、ある程度スキルをつけた状態で独立しました。

いざフリーランスとして活動してみると、すぐに準備不足を実感しました。フリーランスは経験ありきの世界なので、スクールで勉強したとはいえ未経験の分野で仕事を取るのは難しいんですよね。そこでもう1度スキルを身につけなおすために、再就職を決めました。

ー再就職後の生活はどうですか?

新卒のころと違い、やりたいことが明確になったうえで入社しているので、やりがいを持って楽しく仕事ができていますね。業務時間の観点からも、バランスの取れた良い生活ができていると感じます。

ー会社員とフリーランスのどちらも経験した中原さんが考える、会社員とフリーランスそれぞれのメリットとデメリットを教えてください。

会社員のメリットは、企業リソースを存分に使えて未経験でも仕事がもらえることですね。新卒であっても、1人では集めきれないようなデータを使って施策を考えたり、地盤が整っていないとできない上流の企画に挑戦できたりするのは大きいと思います。

デメリットは、やりたくない仕事をやる必要や、関わりたくない人と関わる必要も時には出てきてしまうことですね。あとは個人のキャパシティによって業務量を調節しづらいことです。人不足でみんなが忙しい状態で、キャパオーバーですとは言いづらいですよね。

フリーランスは、自由に働ける・自分がルールになれるのが1番のメリットだと思います。また、営業で仕事を取ってくるところから、制作して納品して、経理などお金周りまで自分でやらなければいけないので、生活能力は上がりますね。それに付随して、お金を稼ぐことの難しさについて、肌身を持って感じられたのは大きかったです。企業に所属していたら、仕事をしていなくてもお金をもらえたりもするので、売上を出すことの難しさを感じにくいのではないかなあと思います。

逆にデメリットは、経験値ありきで仕事が決まるので、できる仕事の幅が先細りしていくことです。あとはフィードバックを得にくいことですね。企業からすると、その人ができなければ別の人に頼めばいいので。スキルを上げるためのフィードバックはお願いしないともらえないですし、もらえたとしても当たり障りのない内容であることが多いですね。

どちらのメリットデメリットも知ったうえで、現在はEC企業で働きつつ、プライベートではユニキャリのインタビュアーとして活動しているのですが、成長とプライベートの充実の両方を手に入れ、のびのびと過ごせています。

 

ウェルビーイングな未来の暮らし

ー会社員としてだけでなく、インタビュアーとしても活動しているのはなぜですか?

依存先が1つになると良くないという考えが核にあるからですね。恋愛に例えると、メンヘラの彼女は頼る先が彼氏しかないから、彼氏の一挙手一投足に振り回されますよね(笑)

仕事も同じで、前職では自分の働いている会社しか居場所がないと思っていたので、頑張りすぎて体調を崩してしまいました。居場所を複数作ることで、心のよりどころを増やすことは大事だと思っているんです。

ーハードワークで体調を崩された経験がある中原さんが、働くうえで気をつけていることがあれば教えてください。

ウェブ業界で働いているとパソコンを見る時間が多くなり、どうしても目と姿勢が悪くなってしまうので、そこは気をつけています。そういうことは実際に体調を崩してからでないと気づきにくい部分だとは思うので。ミスコンで身体を鍛えた経験から、自分の身体をメンテナンスする大切さを学びましたね。

ー今後のビジョンや、考えている取り組みなどはありますか?

いつかブックカフェを作りたいと思っています。日本人でストレスを抱えている人の比率が高いというデータを見たことがあって。ハードワークをしている人に限らず、ストレスを抱えている人にとっての居場所を作りたいです。

そしてより多くの人に対して、身体的・精神的・社会的に良好な、ウェルビーイングな暮らしを提供していきたいですね。

近い将来のことで言うと、現在入社4か月目なのでまずは今の会社でスキルを身につけて、今後いろんなことにチャレンジしていくための土台を築きたいです。

ー自分の成長だけでなく、周りの方にも還元していく中原さんの姿勢、とても素敵です。中原さんの今後のご活躍、応援しています!本日はありがとうございました!

取材者:増田稜(Twitter
執筆者:Moriharu(Twitter
デザイナー:五十嵐有沙 (Twitter