大学2年で妊娠。学生ママを経験した吉永里美の、人生の可能性を広げる考え方

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第188回目となる今回のゲストは、大学3年時に第一子を出産し、現在二児の母としてIT企業で会社員として勤めながらパラレルワークを邁進する吉永里美さんです。

学業も育児も就職も、すべて諦めなかった吉永さん。そんな吉永さんが、「人生の選択肢を増やす」という人生のテーマを確立するに至った経緯をお伺いしました。

ピンクのパーカーがきっかけで「転校生いじめ」にあう

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

現在二児の母として6歳の男の子、1歳の女の子を育てつつ、新卒で入ったIT系の会社に勤め続けています。本業以外でもオンライン司会やインタビュアー、宅録ナレーターを極めていきたいと思って実践中です。

本日は、「パラレルキャリア」や「学生出産」をキーワードにいろいろお話できたらと思っているので、よろしくお願いいたします!

ー育児とパラレルキャリアを両立する中で、どのように時間を使っていますか?

基本的に土日はあまり仕事をせずに、子どもたちと過ごそうと決めています。

平日は、保育園に子どもたちを送ってから仕事が始まるまではパラレルキャリアの時間、朝9時~夕方の4時くらいまでは本業の時間、お昼休みの間はパラレルキャリアの時間、夕方子どもたちをお迎えに行ってからは家事・育児の時間、としっかり区切っているんです。

家事をひと通り終えると、子どもたちと一緒に寝落ちしちゃうことがほとんどですが、起きていられるときは自分のフリー時間として使っていますね。

ー空き時間がなく忙しそうですが、充実していそうですね。今の生活に至るまでに、吉永さんがどのような人生を歩んできたのかお聞かせください。

私の人生で最初の転機は、12歳の頃でした。もともと大田区に住んでいたのですが、横浜に住んでいた祖父母の家を立てなおして、二世帯住宅にした関係で、両親や兄弟と一緒に横浜へ引っ越したんです。

同時に転校もすることになり、転校先で初めていじめを経験しました。転校初日にロゴが入ったピンク色のパーカーを着ていたので、「活発そう」「ギャルっぽい」というイメージがついてしまったんです。

ただ私はとても真面目な性格だったのでそこでギャップが生まれてしまい、いじめへとつながりました。最初の期待値があった分、落差があったんでしょうね。

ーいじめにあったとき、どのように対処されましたか?

クラスのみんなに無視され続けたときに、まず男子は置いておこうと思いました。女子に受け入れられれば、普段コミュニケーションを取ってくれる子や、一緒にグループを組んでくれる子ができるはずだから、まず女子にフォーカスして、女子と仲良くなるにはどうしたらいいかを考えたんです。

カースト上位・下位はどうなっていて、誰と誰が仲がいいのかじっくり観察するようになりました。あの子は誰かといつも一緒にいるわけではないから仲良くしてみようかな、とか頭を使って考えながら行動していましたね。

ーいつも周りを気にしているのは大変ではなかったですか?

当時は大変ですし、しんどかったですね。ただその経験があったからこそ、コミュニケーション力は鍛えられました。

 

チームプレイヤーだと気づいた学生時代

ー中学生になってもいじめは続きましたか?

中学校では同級生からのいじめはなくなりましたね。他の学校から入ってくる子たちもいて、人間関係が新しく構築されたのもありますし、マーチングバンド部に入ったことも影響しています。

マーチングバンド部は体育会系で、上下関係が厳しくて。同級生が一致団結して、上級生に対して意識を向けるという構図になったんです。

ーなぜマーチングバンド部に入ろうと思ったのですか?

私が通っていた中学校は、部活に対してとても厳しくて。帰宅部はなく、全員何かしらの部活に入ってくださいという規則だったんです。

もともと小学校5年生からクラブ活動で楽器はやっていましたし、部活をやるのであればしっかり結果を出したいと思い、全国レベルのマーチングバンド部に入りました。

ただ、私たちが入るまでは10年連続で全国大会に出場していましたが、私たちが中学1、2年生のときは出場できなかったんです。3年生になり、何とかして全国大会に出場しなければ、とかなり焦りました。

私は当時副部長だったので、部長や各パートのリーダーと団結して必死で練習を続けました。結果、最後の最後で全国大会に出場し、全国5位で金賞をいただけて。私は目標に向かってみんなで頑張ること、チームで何かすることが好きなんだなあ、と実感しましたね。

ーその頃の吉永さんは、クラスではどのような立ち位置でしたか?

小学校時代は真面目な性格ゆえにいじめられましたが、中学校ではその真面目な部分の活かし方に気づきました。

ある日、カースト上位にいる子が私のことをいじってきて。いじられるのはしんどくなかったですし、その子と私の掛け合いを見て、周りの人も笑ってくれていると気づいたんです。そこで私の「いじられキャラ」が確立されました。

ー高校ではどのような学校生活を送っていましたか?

高校でも、全国レベルの吹奏楽部に入部しました。入学前に吹奏楽部の顧問と話す機会があって、今後マーチングバンドも強化していきたいというお話だったので、入部を決めたんです。

ただ他の部員は、マーチングは高校1、2年の下積みでやるものだという感覚があって。マーチングは片手間で、本命は吹奏楽だという考えに共感できず、他の部員と一致団結もできず1年で退部しました。

私はやっぱりソロプレイヤーではないんだと実感しましたね。中学校でマーチングバンドを頑張れたのは仲間がいたからですし、みんなで同じ方向に向かって目標を達成することに魅力を感じていたのですが、1人で走り続けるのは楽しくない、続けられないと気づきました。

 

大学2年で妊娠発覚、学業と育児の両立を決意

ー大学に進学されて、環境は変わりましたか?

大きく変わりました。大学生になり、鳥貴族のフランチャイズ店でアルバイトを始めました。アルバイトに対しても熱い教育をしてくれる会社だったので魅了されて、学業よりもアルバイトの方が楽しいと思ったほどです。

大学2年の成人式が終わった頃、当時お付き合いしていた彼との間に子どもができたことがわかりました。お互い将来結婚できたらいいね、という話はしていたので、子どもを産むという選択肢以外考えていませんでした。

ー妊娠がわかった瞬間は、どのようなお気持ちでしたか?

最初は嬉しさよりも驚きの方が大きかったです。妊娠が判明し、当時の彼と一緒に産婦人科へ行ってエコー写真を見たときに、じんわりとしたものがこみ上げてきました。彼と2人で涙ぐんだことを鮮明に覚えています。

その時点で、驚きよりも喜びの方が大きくなりました。「あ、私今すごく喜んでる」と感じましたし、彼も同じように喜んでくれているのを感じたので、そこから子どもを産むという決断に関してはまったく迷いがなかったです。

ー産むことを決心した後の動きを教えてください。

まずは私の両親に挨拶をしに行きました。母は彼に会ったことがありましたが、いきなりスーツでやってきて「娘さんを僕にください。子どもができました。産もうと思っています。結婚させてください。」から始まったので、驚きを隠せていませんでしたね(笑)

今後どうしていくのか聞かれたときに、子どもは産もうと思っているけど大学は辞めようと思っていることを伝えました。すると父が、「子どもを産むのはいいけど、大学を辞めるのは待ったら。大学を卒業することにデメリットはないから、できるところまで続けてみたら。」と言ってくれて。

私の中では、子どもを産むという選択肢はあったけど、大学を続けるという選択肢は思い浮かばなかったんです。父の言葉を聞いて、「大学生と母親って両立できるんだ!」と目から鱗が落ちました。その一言がなければ、大学は続けられなかっただろうな、と今でも思います。

ー妊娠、出産、育児を経験した大学生活について、詳しく教えてください。

大学3年の9月が予定日だったので、夏休み前までの4月~9月までは大学に通って、それから半年間~1年間休学をした後に復学することを計画していましたが、そううまくはいきませんでした。

幸いつわりはあまりなかったのですが、ホルモンバランスが乱れて内向的になってしまって。4月~9月まで一度も授業に出席できず、単位も取れませんでした。

そのため子どもを産んで1年間休学して、子どもを保育園に入れてから私は大学へ通う生活が始まったんです。

ー出産後、気持ちの変化はありましたか?

出産後にずっと家にいると、社会から断絶されている気持ちになりました。旦那さんが仕事に行っている間、母ひとり子ひとりで生活している状況に、しんどくなる日もありました。同世代で共感してくれる人や、ママ友もいなかったので。

自分のための時間も確保しないと、心が壊れてしまいそうで、怖くなりました。なので復学することに関しては、割と前向きに考えていたんです。

ー実際に復学してみてどうでしたか?

今まで以上に真面目に大学へ通うようになりました。「子どもを預けてまで大学に行っている」という意識から、吸収できるものはすべて吸収しようというマインドに変わったんです。一番前の席で授業を受けたりもしました。

結果フルで単位を取ることができたんです。子どもの存在はとても大きく、母は強しとはこのことを言うんだなあ、としみじみ思いました。

 

子連れ就活のきっかけは、1つの記事との出会い

ー就職活動について教えてください。

子どもがいる状況で、就職活動をするかどうか迷いましたが、ある記事との出会いをきっかけに就職活動することを決めました。普段から「子持ち 就活」というワードで検索していて、ある日学生ママで就職活動して、実際に企業で働かれている方の記事を見たんです。

その記事を紹介していたのがたまたまユニキャリ創業者の西村さんで。すぐに連絡してお会いしました。西村さん自身も学生パパの経験があり、子どもを産んでからも社会に出て自分らしいキャリアを築いていると知り、勇気が出たんです。

ー偶然の出会いから、視界がパッと広がったんですね。就職活動中、どのような基準で会社を選んでいましたか?

最初は理念に共感できるかどうかを基準に見ていましたが、途中からは現実的に考えるようになりました。当時は大学までの通学で片道2時間、往復で4時間もかかっていたので、通勤時間はできるだけ短い方がいいと考えていたんです。

「通勤の時間は仕事に充てたい」というように、育児を経験したことによって時間の使い方をよりシビアに考えられるようになりましたね。

 

第2子出産をきっかけに、パラレルワーカーに

ー大学を卒業し、実際に働かれてからのお話をお聞かせください。

社会人2年目に突入した頃、2度目の妊娠が発覚しました。1人目のときは産むことに迷いがなかったのに、2人目のときはとても悩みました。

今まで内勤でしたが、自分の希望で営業へと異動するタイミングだったんです。これからもっと頑張らなければいけない中での育休・産休への不安とともに、会社からどう思われるんだろうという不安もありました。

夫婦でよく話し合い、やっぱり生みたいという結論に至ったうえで上司に相談すると、「もともと1人目がいる状態で入社してるし、若いうちに出産・育児のライフイベントを進めて、その後自分が仕事を頑張りたいと思うなら、いくらでも頑張れると思うよ。」と言ってくれたんです。とても安心感のある言葉で、支えられました。

ー入社されたときに、お子さんがいることは伝えていたんですね。

はい、すべて伝えていました。最初は、新卒で子持ちなんてどんな子なんだろう、と会社で噂になってたみたいです。

私も会社側も、「子持ちだからできない」という意識がなかったので、やりたいこと・やってほしいことをきちんとすり合わせできたのはよかったですね。1年目はまだ成果をあげられるレベルではないので、どういうマインドで仕事に取り組んでいるかを見てくれていたことも、私にとっては救いでした。

ー上司に妊娠を伝えてから、心境の変化はありましたか?

上司に話す前はとても不安でしたが、話してからは産休・育休がどんどん楽しみになっていって。普段仕事と育児を両立していると、自分の時間はまったく取れませんでしたが、これからは取れるんだ、と前向きな気持ちになったんです。育休に入る前から、あれしようこれしようとワクワクしながら計画を立てていました。

子どもを産む前は、子育ては子どもが大きくなればなるほど楽になると思っていたのですが、実際に産んでみて逆だと知ったんです。子どもが大きくなると目が離せなくなるし、自我が芽生えると寄り添ってあげる必要があるので、より体力的にも精神的にもハードになりました。

その経験から、月齢が低いうちにやりたいこと・できることをした方がいいと思えたので、1人目を産んだ経験は私にとって大きいですね。

ー育休中はどのように過ごしていましたか?

大学時代にデザインを学んでいて、ずっと興味は続いていたので、Webデザインを学びました。Webデザインは自走することが大事なのですが、1人で学んでいるだけでは楽しくないし続かないことがわかったんです。

その後、「マドレボニータ」という産後ケアを行っている団体でレッスンを受けつつ、広報やSNS周りのお手伝いを始めました。その他にも「育休コミュニティMIRAISという育休中のママが参加するコミュニティに入り、広報やプロモーションの活動をしていました。

ーまさにその時期に、パラレルキャリアを歩み始めたんですね。

そうですね。社外にも目を向けるようになったのは、2人目の育休がきっかけです。育休コミュニティMIRAISに所属していた頃、有意義な育休を過ごすために自分のテーマを設定する機会があって。そこで私は、「人生の選択肢を増やす」というテーマを設定したんです。

人生の棚卸しをしたときに、学生出産や子連れ就活の経験を思い出して。今までの選択が正しいかどうかはやってみないとわからないし、選んだ道を正しくしていこうと思っているのですが、選択肢を知らないと選べないし、目の前のことができないと決めつけちゃうと思うんですよね。

私自身、子どもがいることを理由に選択肢を狭めることはしたくないですし、自分や誰かの経験を発信することで他の人の選択肢が広げることが、私の人生のテーマです。

 

「人生の選択肢を増やす」言葉に込めた想いとは

ー1人のワーママの立場から、就職活動を控えている学生さんや、現在働いている会社員の方に伝えたいことはありますか?

固定概念にとらわれないようにしてほしいです。例えば女性の就職活動について考えてみると、ひと昔前までは大手一般職がいいとされていましたし、今は20代のうちにスキルを上げておいて、30代で育児をするのが比較的ロールモデルになっていると思うんです。

確かにそれらも1つの選択肢ではありますが、それだけに縛られていると、「キャリアを考えると20代で子どもを産まない方がいい」という考えが生まれてしまうリスクがあります。

選択が正しいかどうかは誰にもわからないので、自分自身がどうしたいかをベースに選んでいくことが大切だと思います。世間一般的な考えに縛られるのではなく、あなた自身がどうしたいかをもっと柔軟に考えることが大切だということを伝えたいですね。

ー将来について考えていることはありますか?

「人生の選択肢を増やす」という軸をもとに、今後も本業、パラレルワーク、母親業を続けていきたいです。やっていることはどんどん変化していくと思いますが、ぶれない軸をもって突き進んでいきます!

ー今後の働き方・生き方に悩んでいる方も、吉永さんのお話を聞くと選択肢が広がりそうですね。吉永さんの今後のご活躍、応援しています!本日はありがとうございました!

取材者:あおきくみこ(Twitter/note
執筆者:Moriharu(Twitter
デザイナー:五十嵐有沙 (Twitter