マーケティングの力で行動変容を起こしたい。子宮頸がん検診啓発に携わるマーケター西村真陽の原点とは

色々なキャリアの人たちが集まって、これまでのキャリアや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。今回のゲストは、DeNAにて子宮頸がんの検診啓発プロジェクト「Blue Star Project」を推進している西村真陽(にしむら・まさや)さんです。

Twitterでも1万人以上のフォロワーを持ち、ヘルスケアの領域でマーケターとして活躍する西村さん。活躍の背景には、「どん底だった」と語る中学時代から現在に至るまで、過去の学びを現在に活かすひたむきな姿勢がありました。

受診率はわずか40% 子宮頸がん検診の重要性を知ってほしい

本日はよろしくお願いします!まずは簡単に自己紹介をお願いします。

西村真陽と申します。新卒でDeNAに入社し、今年で5年目になります。入社時から一貫してヘルスケア事業に携わっていて、アプリのプランナーの仕事や健康経営という社員の健康状態を改善することで生産性をあげるプログラムなどに携わってきました。

仕事以外ではTwitterが大好きです。マーケティングのお仕事をする中で、自分の実力を証明したいというのがTwitterをはじめたきっかけですね。フォロワーを増やすためにはバズってもバズらなくても打席に立ち続けることが非常に重要なので、コツコツと続けることの重要性をTwitterを通して学びました。

ー やると決めたらやり切るのが西村さんの強みですね!現在DeNAではどのようなお仕事をされているのでしょうか?

1年半ほど前から「Blue Star Project」という新しいプロジェクトのリーダーとマーケティング業務全般を担っています。「Blue Star Project」は、自治体などと提携しながら子宮頸がんの検診を啓発するプロジェクトです。

欧米や先進諸国の受診率は80%近いんですが、日本の受診率は40%ほど。若い人だとさらに低くなります。

子宮頸がんは20代から30代の女性においては、発症するすべてのがんの中で第1位となっています。なので、比較的若い年齢から検診を受けなければいかないんですが、まだまだ認知や理解がされていない状況。そこで我々は横浜DeNAベイスターズやSNSを駆使して、検診のイメージを変えていくようなマーケティングを行っています。DeNAのようなIT企業や、僕のような医療の専門ではないマーケターがやることで改善できる可能性があると思うんです。

実際にInstagramでのハッシュタグ投稿も増えていて、半年で3000件くらいと少しずつですが手応えを感じています。

多くの方に検診を受けてもらえるようになれば嬉しいですね。

 

「どん底だった」と語る中学時代から得た2つの教訓

ー 非常に社会的意義のある取り組みをされているのですね。ビジネスでもプライベートでも活躍される西村さんですが、どのような幼少期を過ごしていたのでしょうか。

幼少期からお笑いが大好きで、クラスの学級会でコントをつくって主演をよくやっていました。担任の先生に学級委員をやってほしいと指名されるなどクラスの中心にいることが多かったと思います。

中学校に入ると小学校時代のルールは適用されず、人生で一番辛い時期を過ごすことになります。多くの中学がそうかもしれませんが、僕の中学はやんちゃ度合いがスクールヒエラルキーを決める要素だったんです。だけど、僕はそのノリにあまりついていけなくて、ずっと一人で漫画を描いていました。いじめられたりしたわけではないですが、ただ存在感がないことが苦しくて、円形脱毛症やストレスによる頻尿になってしまったこともありました。部活は野球部に入っていたものの、特に意志もなく入部していたので、部活ノリにもついていけず何もかも楽しくなかったですね。

こうした中学時代の経験から学んだことが2つあって、1つは「マーケットのルール」が何においても一番大事であること。僕のマーケターとしての原点にもなっている気づきなのですが、自分の強みやアピールポイントがいくらあろうとマーケットとフィットしていないと全く価値が発揮されません。むしろ中途半端にプライドや自信がある分、受けるダメージが大きくなります。これが中学時代の、僕の苦しみの要因でした。

もう一つは人生を自分でハンドリングすることの重要性。僕の中学時代は受け身で、何もかもが周りの目を気にしていたので、楽しくなかった。この学びを得て、高校も大学も就職する企業も自分の価値観にあうところを選んで、そのために努力をしました。

10代という人生の早い段階で、この2つを学べたことはよかったと思っています。

 

ー その後に繋がる気付きを中学校の経験から得られたんですね。その後、高校生活はいかがだったのでしょうか。

中学時代の経験を経て、自分で選択して、努力し、入学した経験は非常に成功体験になりました。自由な高校で、とても楽しかったです。部活は陸上ホッケーをやっていました。

一方で、初動にエンジンがかかり切らなかったという反省があります。
どん底だった中学時代とは異なり、中の上くらいのヒエラルキーではあったものの、体育祭の団長や副団長など目立つ役回りはやりたくてもできなかったんです。目立つ人やリーダーは1年目で決まるんですよね。僕は徐々に友達をつくっていったので巻き返せませんでした。

中学時代に得た2つの教訓に加え、何事も初動が重要であるという学びを得て、大学は入学したその瞬間からギアを入れる戦略に変えていきました。

マーケターとしてのキャリアを歩みはじめた大学時代

ー 過去の学びを次に活かすというスタンスは幼少期から変わらないのですね。大学はどのように過ごされたのでしょうか

入学後は、先輩に紹介されたRed Bull Japanで1年生の頃からインターンをしていました。中学時代の経験から、人に良い影響を与えるためにはマーケティング的思考が必要であることを感じたので実践を積みたいと思ったんです。イベントやサンプリングを行うことで認知向上を図る、主に学生向けのマーケティングの仕事をしていました。

マーケティングではよくPerception is everything = 認識が全てといいます。Red Bullは「元気が出る」といったような認識があると思うのですが、その認識を形成するために泥臭い努力や施策を実行し、ブランドのつくりかたを学べた経験はとても大きかったです。

ヘルスケア×マーケティングで社会に貢献したい

ー その後DeNAに就職されることになると思うのですが、就職活動はどのように行われたのですか?

感覚的に大企業が合わないと感じていたので、大学3年生の夏にIT系のサマーインターンシップに5社ほど行きました。参加したインターンでは全て優勝をしたのですが、サマーインターンすら参加できずに選考で落とされた企業がDeNAだったんです。悔しさから興味をずっと持っていて、秋頃から再度会社の人たちと話しているうちに、本質思考な文化に惹かれて入社を決意しました。

DeNAに入社後、最初はロジカルシンキングができなくて辛かったですね。
渾身のアウトプットを跳ね返されても、めげずに提案し続ける。論理的で説明が分かりやすい人と自分を比べ、地道に学んでいく。この継続で乗り越えて行きました。
もともとアイディアや企画を考えることが好きだったので、それをさらに論理的に設計したり、説明できるようになってからはとても楽しく、達成感もありました。

DeNAはちゃんと議論をして、目的に対して何が一番良いのかを選んでいく企業なので、自分の能力と事業の数字だけに向き合って仕事ができることがとてもありがたいです。本質的なコトに集中したい、という願望が強い自分にとって、とてもマッチした環境だと思いますね。

ー DeNAで過ごされてきたならではのお話ありがとうございます!最後に今後やってみたいこと、実現したいことについてお伺いしたいと思います。

僕の強みは「好奇心」「行動力」「やると決めたら徹底的にやる」の3つで、中長期設計から逆算をしてキャリアや実績をつくっていくタイプではないのでなかなか難しいのですが、あえてお話しするとすればヘルスケア領域で日本一のマーケターになることでしょうか。

ヘルスケアはみなさん大事だと分かっているけどあまり興味ないんですよね。ちゃんとしないせいで命に関わることもあるので、そこをマーケティングの力で少しでも変えられるとすれば社会意義もありますし、チャンスがたくさんあると思います。

ヘルスケア×マーケティングをやられている人もまだまだ少ないと思うので、世の中にとっても意味があるかなというのが僕の今のモチベーションです。

 

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取材:青木空美子(Twitter/note
写真:西村さんご提供
執筆:うえのるいーず(Twitter
デザイナー:五十嵐有沙(Twitter