人と人を繋ぐヒューマンソムリエ、猪熊慎也が繋がりを大事にする理由

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第113回のゲストはスナックキャンディの経営、シェアハウスの運営など幅広く活躍されている猪熊慎也さんです。

新卒で入社した会社を退職後はカフェのスタッフ、バーテンダーのお仕事を経て現在はスナックを経営されている猪熊さん。スナックの経営以外にも複数のお仕事をされている猪熊さんに共通するキーワードは「人と人を繋ぐ」ということでした。

コロナ禍でもスナックキャンディを経営

ーまずは簡単に現在のお仕事内容について教えてください。

スナックキャンディというお店を経営しながらシェアハウスの運営を行っています。またそのほかにも、Jリーグ関係のお仕事であったり、傘のシェアリングサービス「アイカサ」、転職者向けのキャリア相談サービス、助成金の相談や申請代行業務などと色々とお手伝いをさせていただいています。

ースナックキャンディーは飲食店ということでコロナの影響を受けられたのでしょうか。

そうですね。自粛中はオンラインで営業していたのですが、オンラインで営業したことがきっかけで新規のお客様が増えました。今はお客様の6~7割が新規です。

ーやはりオンライン営業に切り替えられていたんですね。

はい。たまたま自粛期間中に私の誕生日が重なったので、誕生日企画もオンラインのライブ配信で行いました。知り合いのお店の支援も兼ねて知り合いからワインを購入し、誕生日企画では1本1万円でワインを販売したところ開始8時間で100本売り切ることができました。結果的に誕生日企画のオンライン配信では24時間で135万円の売り上げを達成することができました。

オンライン配信のコメント欄でお客様達が繋がることができたので、それがきっかけで営業開始後みなさんが一緒にお店に来てくれたりしました。コミュニティで成り立っているお店だなと改めて思いましたね。

 

理不尽な出来事もあった学生時代

ー少し過去に遡ってお話も聞けたらと思います。どのような幼少期〜学生時代を過ごされていましたか。

小さい頃はサッカー少年で、よくなぜか周りから問題児扱いをされていました。厳しくて強いサッカー部に所属していたのですが、塾に通うために持っていたケータイが先生にバレて無期限で部活停止の処分を受けた経験があります。当時、私の地元ではケータイを持っている=ヤンキーのイメージが強く、勘違いされたようです。結局その時は最後まで大会に出してもらえませんでした。もし部活停止にならずに大会で活躍できていたらもっと違ったサッカー生活を送れたのではないかという気持ちから、高校に進学後も高校サッカーは辛くて見れなくなりました。

ーそんな理不尽な経験を中学で経験されていたんですね。そんな中、高校はどのように選ばれたのですか。

兵庫県出身なのですが、当時から地元愛に溢れている人が苦手で地元への愛着心はありませんでした。それもあり地元の西宮市の学校ではなくあえて隣の市、宝塚市の高校に進学しました。誰も自分のことを知らない環境に行きたいなと思い、周りと違う高校を受験したのですが結果的に滑り止めなどで同じ中学の人が流れてきてそれは叶いませんでした。

高校でもサッカーは続けていたのですが、今度は後輩が問題児だったために活動停止となり、学校に行く意味がなくなってしまったのもあり学校をサボるようになりました。

ーその後の進路はどのように決められたのでしょうか。

高校の時は結局知っている人がいる環境になってしまったので、今度こそ誰も知らない土地にと思い、京都の大学に進学しました。大学では高校生の時にみた「ハガネの女」というドラマがきっかけで小学校の先生になりたいと思ったという単純な理由で教育を専攻していました。しかし、たった1クールのドラマで4年間のモチベーションが続く訳はなく、最終的には教育実習と就職活動の日程がかぶった際に就活を選んだため、教育免許はとれませんでした。

 

オンラインサロンがきっかけで人生が動き出した

ー就活はどのような会社を受けられていたのですか。

小さい頃からテレビっ子で、バナナマンの設楽さんが好きだったのでマネージャーになりたいと思ってホリプロを受けたのですが落ちてしまい、結局内定をいただいた別の企業に入社を決めました。

ーその会社はなぜ2年で転職されたのでしょうか。

特に仕事にやりがいを見出せなかったタイミングで、当時好きだったアパレルブランドが飲食店を出すということで声をかけてもらったので転職を決めました。未経験だったのにも関わらずホール長を任されたのですが、実際働いてみると事前に言われていた条件と全く違いました。おしゃれなカフェで9時間勤務だと思っていたら、保険なし・15時間勤務で月休み3日程度のブラック企業だったので、数ヶ月で辞めることとなりました。

ーその後はどうされたのですか。

カフェを辞めて1ヶ月後にバーテンダーになりたいと思い、バーで働き始めました。お酒に詳しい訳ではなかったので1からそのお店で教えてもらいましたまた、バーで働き始めた同じくらいのタイミングでホリエモンさんのオンラインサロンにも入りました。初めはオンラインサロンに懐疑的だったのですが、試しに入ってみると人との繋がりができていいなと思うようになりました。これがまだ3年半位前のことです。

その後、西野亮廣さんとホリエモンさんの対談記事をきっかけに西野さんもオンラインサロンをされていることを知り、そちらのオンラインサロンに変更しました。ホリエモンさんのオンラインサロンは月1万円したのですが、西野さんのオンラインサロンはたったの1000円だったんです。

 

人と人をこれからも繋げていく

ーそのオンラインサロンとの出会いが今に大きく繋がっているのでしょうか。

はい。アメーバピグのようにオンライン上で知らない人たちが対話できたりゲームできたらいいなと思ったことから、それをオフラインに落とし込むとしたらシェアハウスではないかと思い、オンラインサロン内でシェアハウスをする仲間を集めてみることにしました。

ーそこでシェアハウスに繋がるんですね。

はい。仲間を募り、2ヶ月後にはシェアハウスを始めたのですが、一緒に運営していたメンバーとうまく関係を築くことができずそのシェアハウスは結局1年程で撤退することとなりました。ちょうどそのタイミングで人づてでリバ邸DREAMというシェアハウスの管理人を任せたいというお話をいただき、引き続きシェアハウスには関わることとなりました。

ー今もそのシェアハウスの管理人をされているのですか。

いえ、昨年にそのシェアハウスの管理人は退任し、今は墨田区に「リバ邸とらくれす」を立上げ、運営しています。またバーで2年程働いた後、スナックキャンディを始めることとなり現在に至ります。現在させていただいているお仕事はどれも人との繋がりなどがきっかけになったものばかりなので良い人に囲まれていることにとても感謝しています。

ーなるほど。今後挑戦してみたいことなどはあったりしますか。

あまり先のことを計画するタイプではないのですが、今後は経営者の人たちを集めたコミュニティ作りに取り組みたいなと漠然とですが思っています。引き続きこれまでの自分自身の経験を活かして、「未来を見据えた人繋ぎ」をテーマに活動していくつもりです。あとはやっぱり今自分の周りにいる人と一緒に楽しむことを最優先に今を楽しみたいと思います!

ー猪熊さんらしいお答えですね。ますますのご活躍、応援しています!

ユニークな価値観を持つ29歳以下の世代(U-29世代)のためのコミュニティ「ユニーク大学」を運営中。29歳以下ならどなたでも無料で参加できます。

取材:西村創一朗(Twitter)・青木空美子(Twitter/note
執筆:松本佳恋(ブログ/Twitter