「好きなことで生きていく」サッカー好き複業フリーランス、石川 奈那美

色々なキャリアの人たちが集まって、これまでのキャリアや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第93回目のゲストは好きなことで生きる複業フリーランスの石川奈那美さんです。

Twitterではサッカー好きのイメージが強い石川さんの、意外な小さい頃の夢から、サッカーがモチベーションとなったイギリス留学、そして新卒で入社した企業を辞めてから今に至るまで。好きを仕事にした彼女らしい生き方に迫りました!

ピアノではなくスポーツへ惹かれていった

ーまずは簡単に現在されているお仕事について教えてください!

本業は愛知県のITシステムのベンチャー企業、株式会社ピアコネクトで営業をしています。今年で創業1年のまだ新しい会社で、自由に働かせてもらっています。副業として、女性支援イベント企画や動画編集、SNS運用、サッカーエージェントなどに携わっています。

ーTwitterを拝見するとサッカー好きという印象が強かったのですが、サッカー好きになったきっかけは何だったんですか?

両親の影響が大きいかなと思います。小さかったので覚えていませんが、日韓ワールドカップを現地で見に行ったこともあります。また、同級生にサッカー選手の道を進んだ友人もいました。

ーということは昔からスポーツまっしぐらだったんですか?

実は小さい頃の将来の夢はピアノの先生になることでした。3歳からピアノを習い、ショパンコンクールで賞をいただいたり、ヤマハ全国大会にでたりしていました。その結果音楽学校からも声がかかったりしていたんです。でも両親が女の子が生まれたらピアノをやらせると決めていたから習いはじめただけで、私自身がピアノにすごく惹かれたわけではありませんでした。

ーそうだったんですね。いつからピアノではなくスポーツに気持ちが向いて行ったんですか。

高校でハンドボール部に入り部活漬けの日々を送るようになったのが大きかったと思います。自分の中でピアノの優先順位が下がり、ピアノが本当に自分のやりたいことなのか、自分の将来に繋がることなのかと考えるようになりました。

ースポーツの何に惹かれたのでしょうか。

単純に身体を動かしているのが楽しかったのと、ピアノは個人戦で自分との戦いでしたが、スポーツはチームプレーだったところが自分に合ってたからかなと思います。入っていたハンドボール部は県大会の常連でしたが、同時に部員の半分以上がハンドボール初心者の部活でした。だからこそプレッシャーを感じながらも県大会に行ってやろうという意気込みを持ってみんなで頑張る過程がピアノではできなかった体験で、とても新鮮で楽しかったです。

香川選手がいるからマンチェスターに留学

ーその結果、その後の進路はどう決められたんですか?

当時はスポーツに関わる方法がスポーツトレーナーしか思いつかなかったので、スポーツトレーナーを目指して受験勉強に励みました。両親にピアノを辞めると伝えた時はお金と時間の無駄だったという話になり、喧嘩になりましたが最終的には自分のやりたいようにしなさいと折れてくれましたね。

第一志望は早稲田大学のスポーツ科学部でしたが受験に失敗し、地元の東海学園大学に進学を決めました。

ー大学に入ってみてどうでしたか。

大学に入ってから、スポーツトレーナーの大変さや給与面などを知ることになり、すぐにスポーツトレーナーになることは諦めました。それから大学で頑張るモチベーションもなくなってしまい、ゼミの先生に退学しようかと考えていることを相談しました。そうすると2週間のイギリス、アベリストゥイスへの留学プログラムを紹介してくださり、ちょうどロンドン五輪の年だったこともあり留学してみることに決めました。それがきっかけで自分の好きなサッカーをもっと追いたい、好きなことをやっていきたいと思うようになりました。

ーその後の学生生活はどう過ごされたんですか。

2週間の留学は短すぎたので大学3年でもう一度留学にいくことを決めました。ロンドンは物価が高かったので、他の場所を考えた時にマンチェスターに香川選手がいるのを思い出して、マンチェスターに3ヶ月留学することを決めました。結果的に週3で香川選手に会いにいっていましたね(笑)

ー香川選手のファンだったんですか。

はい!J2にいた、セレッソ時代から香川選手のことは知っていました。でも海外に行かれてから、自分が好きなことを貫いて努力されているところや、チャレンジ精神があるところを知る中でどんどん好きになっていました。

ーそれでマンチェスターに留学を決めるのもすごいですね(笑)留学生活はいかがでしたか。

同じイギリス内でもアベリストゥイスとマンチェスターは全然違いました。

また、アベリストゥイスに留学した時は大学のプログラムだったので周りに日本人がいましたが、マンチェスターでは自分から話しかけないと一人の状況で…元々人見知りだったんですが、人見知りしている時間がもったいないと思うようになり積極的に自分から話しかけられるようになりました。同時に、サッカー選手と英語で話したいというのが良いモチベーションとなっていたので英語の勉強もはかどりました。

新卒で入社した会社を1ヶ月で退社

ー充実した留学生活だったんですね。留学から帰国後は就活をされたんでしょうか。

はい。実は両親や親戚も含めて私の周りは自営業の大人が多く、会社員になる意味がよく分かっていませんでした。会社員になると会社に縛られるのは?というイメージを持っていたんです。それでも世の中の企業のことを何も知らないのも、と思い業種を選ばずにできるだけたくさんの説明会に足を運び意外にもしっかりと就活をしていました。

ーその結果、新卒では就職を選ばれたんですか。

新卒では名古屋の広告代理店に入社しました。何かを作って世の中にその作品を出すのがかっこいいなと思って選んだのですが、思っていた以上に会社がブラックで1ヶ月で辞めてしまいました。

ー1ヶ月ですか!

今思うと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいですが、自分のやりたいこと・好きなことに使う時間をないのは無理だと思いました。そこで次の仕事も決まっていなかったのですがとにかく辞めることにしました。

退職後はまずはパソコンスキルを身につけようと思い、残業なしで定時に上がれるという自分の条件に合うところを派遣会社に紹介してもらい事務の仕事をしていました。

ープライベートの時間が確保されて何に時間を費やされていたんですか。

趣味でやっていた動画編集などを手伝うなど、自分の好きなことに時間を使っていました。また、昔から応援していたサッカー選手と仲良くさせていただいていたんですが、その方が会社を設立する時にお声がけいただき、サッカーエージェントで手伝わせてもらうことになりました。

ーその後、派遣の定時上がり生活から今の働き方にシフトされたんですか。

はい。居酒屋で自分のこれからやりたいことを話していたら、たまたま隣に座っていた人が話を聞いていて、「それ、うちで一緒にやろう!」と声をかけられたのをきっかけに今の会社で働くことになりました。実際入社してみると、まだまだそんないろいろやれるフェーズまで行っている会社ではなかったのでとにかく営業をやることになったのですが…(笑)

夢と人を繋げるプラットフォームを作りたい

ー今後やってみたいことなど決まっている事はありますか。

来年の2月頃を目処に会社を作ろうと思っています。自分自身がいろんな人との縁でこれまで仕事をしてきたので、夢を持っている人・夢を支援したい人をマッチングできる、やりたいことを発言できるプラットフォームを作りたいと考えています。コロナの影響でどうなるか分かりませんが、具体的には名古屋でカフェを開きそこをハブにしたいなと思っています。関わってくれる人がウィンウィンになる場を作りたいですね。

その他にもママ世代にも自分の人生を楽しんでもらいたいと思い、ママ会などの女性支援イベントを企画運営しています。今後はこれももっと展開できたらいいなと思っています。

ー素敵ですね。長期での目標も、もしあれば教えてください!

あまり長期的な目標は立てず、かなりざっくりとした目標に対してその時々に小さい目標を見つけていくタイプですが…今の自分のざっくりとした目標は自分の周りにいる家族や友人を幸せにすることです。その目標を達成する中で、自分が楽しそうと感じることにいろいろとチャレンジしていきたいと思っています。

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取材:西村創一朗(Twitter
執筆:松本佳恋(ブログ/Twitter