「社会にインパクトを与えたい」15歳から微生物と向き合ってきた伊藤光平。アカデミアとソーシャルを繋ぐ架け橋に

様々なキャリアの人たちが集まって、これまでのステップや将来への展望などを語り合うユニークキャリアラウンジ。第73回目のゲストは、微生物研究者の伊藤光平さんです。

 

高校生から微生物の研究に関り、研究を続けるために慶應義塾大学環境情報学部に進学。学生団体「GoSWAB」を立ち上げ、都市環境にある微生物コミュニティの研究を行い、国内外の学会で研究発表を行いました。2018年にはForbesが選ぶ世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 JAPAN 2018」を受賞。

2019年9月に同大学を卒業後は、日本橋のBeyond BioLAB TOKYO を拠点としています。SONYが主催するコンペティション「U24 CO-CHALLENGE 2020 Program」では準グランプリを受賞。そこでプレゼンした「森林の空気を室内に生み出す」プロバイオティクスデバイス「GreenAir」を起点とした事業化を見据え、起業準備をしています。

  

あなたの近くには、「研究者」がいますか?なかなか出会えない存在。だからこそ、伊藤さんは研究の道を選んだと言います。「いつだって選択肢の外を見たい」伊藤さんが、微生物で社会をより良くしようと奮起している出発点には「敢えて外す」という選択基準がありました。

 

私たちは大量の微生物と生きている 

ー本日はよろしくお願いします!伊藤さんは高校生の頃から微生物と向き合ってきたそうですが、多くの人にとっては微生物は馴染みのないもの、という印象です。

そうですね。ただ、人間の身体の中には、大量の微生物がいます。細菌だけでも38兆個ほどいると言われています。つまり、人間は、38兆個以上もの微生物と共存しているのです。場所もそうですが、身体の各部位によって生息している微生物は異なります。例えば、腸内だけでも500種から1,000種もの微生物がいるんですよ。微生物はコミュニティを作って、相互作用し合い、それが人間の身体にも影響を与えています。

 

ー気付いていないだけで、わたしたちにとって微生物は身近な存在なんですね。伊藤さんが微生物に注目し始めたのはいつからですか?

実は、「微生物研究をやるぞ!」という明確な起点があったわけではありません。

たまたま家の近くに、慶應義塾大学が構える先端生命科学研究所があったんです。そこで、高校生が特別研究生として入所できるプログラムがありました。見学をしたら、とても設備が整っていて世界でここでしかできないような研究が多く、応募してみたら、たまたま受かって…。そこで3年間、大学院の先輩から研究指導をしてもらっていたんです。その方の研究対象が微生物で、結果として私も皮膚常在菌の研究に従事することになりました。

 

ー高校生で研究を始める、というのも非常に珍しいことではないでしょうか。「研究者になりたい」という夢が先行していたわけではないのですね。

はい。ただ、「周りに高校生で研究をしている人はいない」というのは、大きな決め手でした。とにかく、人と同じことをする、というのが好きではないんです。学校で椅子に座って60分もの間授業を聞かねばならない、という環境も嫌いでした。みんなで一緒にする、ということに楽しさを見いだせないんです。

 

誰も知らない面白さを見つけたい

ー人と違う道をいく、という行動はもっと昔から表れていたのでしょうか?

小学校の頃にお年玉を貯めて3万円ちょっとするパソコンを購入しました。当時流行っていたネットブックというもので、小型で軽量なノートパソコンです。それを使って、分からないことは何でも調べていましたね。調べものをするとしたら図書館へ誘導されるような年齢ですが、「すぐに調べられるなら、こっちの方がいいじゃん」と。情報収集好きはその頃から続いています。

そのパソコンを買うのにも、親から「パソコンが欲しいなら、自分で選んでごらん」と言われて、本や雑誌を読んで比較し、買う機種を決めました。考える力が培われたのはそのときだと思います。

中学に進学してからは、約2年間、総額5万円程かけてデスクトップパソコンを自作していました。周りの友人はゲームや漫画に夢中になっていた頃、私はパソコンが大好きで。東京へ親が出掛けるついでに、パーツの購入をお願いし、すこしずつ形作って行きました。ある日、家にパソコンのハードである箱部分が届いて、やっと「もしかして、パソコンを自作しているのか?」と親に尋ねられたんです。

 

ーそんなことが!親御様もきっと驚かれたでしょうね。 

職場体験でも、先生から地元企業のリストを見せられて、当然のようにそこから選ばないといけないことに嫌気を感じました。そこで、新しくできた映画館に電話をして「職場体験をさせてもらえませんか?」とお願いをした思い出があります。

選択肢になっているということは、既に経験した人がいて、その人がいいと思ったから並べられています。そこから選ぶことは楽だし周囲からの批判などはないかもしれませんが、選択肢の外に、まだ誰も知らない面白いものがあるように感じるんです。私はそれを見つけていきたい。

なので、人生の選択においても、日常的な選択においても、「人と違うことをする」という傾向にあります。

 

「人と違うことがしたい」から都市の微生物研究へ

ー幼少期から、選択の軸がそこに定まっていたのですね。慶應義塾大学環境情報学部 (SFC)に進学されたのはどうしてですか?

それ以外の選択はありませんでした。微生物の研究ができる大学はほかにもありましたが、多くの大学は、研究室に所属して実際に研究を始めるのが4年生からなんです。その点、SFCであれば、1年時から研究室を使用できます。それまでの高校3年間で続けてきた研究の経験が、ブランクが空くとなくなってしまうのでは、という不安がありました。早い段階から研究室に入れるというところで、SFC一択でしたね。

 

ー大学に入られてからは、都市環境の微生物研究を始められましたが、都市にフォーカスしたのはどうしてですか?

これも、人と違うことがしたい、という思いからです。それまでは、身体にまつわる微生物研究をしていましたが、そのような研究をする方は、日本にも多くいらっしゃいます。そこで、場所に視点を変えました。しかし、森林や土壌なども、すでに多くの方が研究しているんです。ただ、都市にある住居などの人が生活する空間での研究は、日本においてはあまり前例がありませんでした。

 

ー実際に、研究というのはどのようなことを行っているのでしょうか?

私が行っているのは、微生物のコミュニティの分析です。ひとつの種類の形や機能を調べるのではなく、特定の空間に存在する微生物のコミュニティを研究対象にしています。そのコミュニティの中の各種類の微生物の割合や機能、相互作用、それによってもたらされている環境やヒトへの影響などを見ています。

 

社会的価値を創造する役目を担いたい

ーそんな研究の傍らで、学生団体「GoSWAB」の立ち上げもされていますね。研究だけに専念するのではなく、対外活動もされているのはどうしてでしょうか?

パソコンを自作していた中学時代も、研究に出会った高校時代も「なりたい職業」はないままでした。ただ、「社会に大きくてポジティブな意味でのインパクトを与えたい」という気持ちはあって、それは今も変わりません。

大学にいる研究者は、論文や大学の業務があり、忙しく、せっかく研究の成果が出ても、それを社会システムに組み込むまでには至っていないことが往々にしてあります。自分が書いた論文が、誰かの論文に引用されて…。それもひとつの大きな喜びではあります。ただ、それで10人や20人の研究に影響を与えても、社会へのインパクトへはまだ遠いかもしれません。

私の目的は、自分の研究の成果をなるべく早く社会に還元することです。そのためには、アカデミア領域の方々以外にも、社会を実際に動かしている人や、会社で社会問題に取り組んでいる人たちと、積極的に太いつながりを作っていくことが必要だと感じています。

だから、学生団体も作りましたし、いまは起業準備も行っているのです。

 

除くのではなく、加える。発想の転換が鍵に

ーなるほど。優秀な研究者が研究に時間を費やしているだけでは、応用がされず、わたしたちの生活までその成果が有用されないということですね。

私は、日々、たくさんの論文を読み、社会に還元出来そうな最先端の研究成果に触れています。そうすると、様々なアイディアが生まれます。そういった社会的価値を創造することを楽しいと感じていますし、それができる存在になりたいんです。アカデミアとソーシャルをつなぎ、世の中をよりよくする架け橋のような働きかけができる存在はそう多くいません。

 

ー伊藤さんの活動は、他の研究者の研究にも転換されていきそうですね。実際に、現在、生活に研究成果を取り入れるプロダクト開発を進めていると伺いました。

プロバイオティクスデバイス「GreenAir」です。簡単に説明すると、「森林の空気ような良質な空気を家の中で生み出す」デバイスになっています。

 

ー森林の空気…考えるだけで、爽やかな気分です。そんなことが可能なのでしょうか?

ヨーグルトを食べて、腸内環境をよくする、というのは当たり前のように日常で行われていますよね。イメージとしては、それを室内の空気に置き換えて室内の免疫力を上げるためのデバイスです。

使用するのは、森林環境に生息する微生物たちです。これを、室内環境に合わせて配合し、室内に撒布させます。放出された花粉や匂いや病原菌、ごみとなる有機物などを取り込んで消費してくれるだけではなく、微生物が室内の微生物コミュニティの多様性やバランスを整えます。もちろん、人には無害です。

その結果、空気が清浄になっていきます。そうやって室内に放出した微生物が増殖して、カビやダニを防ぐことも期待できるでしょう。

 

ーいいことづくめですね!

微生物のコミュニティは、オフィスや、ジムや、トイレなど、その場所の用途によってバランスも異なっているんです。用いる微生物をそれぞれに最適なものに変更することで、どの場所でも森林のような良い空気を作り出したいと思っています。

今までの除菌だと、ヒトにとって悪い微生物だけじゃなく、いい影響がある微生物や無関係な微生物まで無差別に除去していました。そうすると、私たちの暮らす空間の生物の多様性のバランスが崩れてしまうんです。

有害な微生物は全体の2割程度ではないかという話もあったりします。クリーンな空気を作り出したり、免疫力を高めたり、人にとってよい働きをする微生物もたくさんいるのに、全て除去してしまうのはコストもかかるし、高頻度でやらないといけないのでサステナブルではないですよね。

「GreenAir」は、除くのではなく、加えるという発想の転換で、よい微生物を活かしたアプローチを生活に組み込むことが可能なんです。

 

ー若干23歳で、既に社会に大きなインパクトを与えられそうな形にまで研究を活かせおり、順風満帆なように見えます。

人間関係のトラブルで、悩んで、落ち込むこともありますよ。それが研究に影響を及ぼしてしまうことも。それでも、今は、切り離して考えることができるようになりました。一方が不調になっても、私には叶えたいビジョンがあるので、アプローチの仕方を変えて前に進めばいい。そうやって、楽しいことや、社会のためになることを考え、嫌なこととは距離を置いています。

その結果、新しい可能性が拡がり、挑戦ができました。今の世の中は、アイディアをすぐに実現できますよね。出来ることはたくさんありますし、出来るのであればやるべきです。試行回数を増やし、ダメでもどんどん挑戦していく。その姿勢は大事にしたいなと思います。

 

ー本日はありがとうございました。伊藤さんのプロダクトが、生活の中にやってくる日を心待ちにしています!

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取材:西村創一朗(Twitter
執筆・編集:野里のどか(ブログ/Twitter