「魔法使いになりたい」。こうみくの過去と独立までの軌跡

”中国トレンドマーケター”として、着々とビジネス系インフルエンサーの座を上り詰めた、黄未来(こうみく)さん。

一見、キラキラしているバリキャリ女子のようにも見えますが、人生の中でかなりの”底”を味わったと言います。

今回は、そんな黄未来さんがどんな過去を渡り歩き、独立に至ったのか。その軌跡をインタビューしてきました。

最後に言い放った「私は魔法使いになりたいんです」という言葉。その裏には深い意味が……。

鬱々と過ごしていた、中高生時代。

ーーこうみくさんは、現在どんなお仕事をされていますか?

黄未来(こうみく):現在は主に3つの軸で活動をしています。私が主催している”中国トレンド情報局”というオンラインサロンの運営と、メディアの連載、そしていくつかの企業の顧問・アドバイザーになります。

ーーありがとうございます。インフルエンサーとしてすでに成功されていますが、学生時代も順調だったんですか?

黄:いや、全くです。特に小中高生時代は鬱々としていましたし、新卒で入社して三井物産にいた時も、”ダメ社員”でしたね(笑)。

ーーそれは意外です。どんな学生時代を過ごしていましたか?

黄:まず、集団に馴染めませんでした。自我が強かったので「何者かになりたい」という想いは強い一方で、”何者にもなれていない状況”がストレスで……。

勉強は嫌いでしたが、両親が中国人ということもあり教育熱心。嫌々勉強していた記憶がありますね。

一生懸命勉強した甲斐あって、無事に早稲田大学に入学できました。

ただ、理系の学部を選んだのですが、勉強が楽しくなくて単位も落としまり、留年しています(笑)。人生1度目の挫折でしたね。

一芸入社で入った三井物産。理想の商社マン像との乖離に悶々としていた

ーー本当に意外ですね。ただ、新卒では超大手の三井物産に入社されましたよね。就活はどのようにアピールをしていましたか?

黄:成績も悪ければ、アルバイトもしていない。サークルも途中でやめちゃったので、必死でしたね……。就活では、主に大学4年生の時に立ち上げた、スリランカでのボランティアの話をしました。面接では、ほぼボランティアの体験談しか話していないです。

資金面から仲間、現地パートナーまでを全て自前で揃えて、内戦後のスリランカの孤児院や学校を1ヶ月間かけて行脚していて。その経験を通して、自分がいかに”バイタリティ”があることを、とにかくアピールしていましたね。他に誇れるスキルも資格も何もなかったので(笑)。

私自身楽しみながら話していたので”ノリの良さ人を巻き込む力”や”コミュニケーション能力がある”ことは、伝わっていたんじゃないかなと思います。

ーー一芸入社だ(笑)。先ほど”ダメ社員だった”とのことですが、何かエピソードはありますか?

黄:そもそも自分が無力すぎて、全後輩が優秀に見えるんです。

よく「今年の新卒ちょっとヤバイよね」って話題が出てきますよね。私は6年間の商社人生で、1度も思ったことがなくて。みんな私よりもずっと秀でていますし、全後輩をリスペクトしていました。

色んな部署や仕事を経験させてもらいましたが、わたしが入社前に思い描いていたような、理想的なかっこいい商社マンのように活躍できる場は見つからなかった気がします。

理想と現実が乖離する日々が長く続いて、心身ともに大変でしたね。

仕事の傷は仕事でしか癒えない。自己肯定感を上げてくれた複業との出会い

ーー過去に沢山の挫折を経験されてとのことですが、どのように自己肯定感を上げてきたんですか?

黄:色々と模索しましたね。ある時は「そうだ、旅行に行ってリフレッシュしよう!」と思い、1年で7回旅行に行きました。

ただ、現地にいる時は癒されますが、心のしこりが完全になくなることはないんです。

結局、傷を癒すには傷つけられたことで癒すしかないなって。失恋したら、新しい恋をすることで切り替えられるように、仕事も仕事で克服するしかないんです。

ーーたしかに、そうですよね。

黄:そこで何をするか考えた結果、「何か新しいことをはじめよう!」と思って、Airbnbをはじめました。今でこそメジャーですが、当時はまだ日本市場に進出したばかりのサービスで、「ビジネスチャンスあるな」と注目していたんです。

色々と調べていたところ、東京で十数の家を民泊化として運営していたアメリカ出身のジェイさんという方がいました。その方の話を聞きに行きたくて、気合いでFacebookで本人を探したら見つかって。そして飲みに誘ったんですよ(笑)。

ーーすごい行動力ですね!

黄:彼に「民泊をはじめてどのくらいなの?」って聞いたら、「2年くらいだよ。この業界で2年もやっていたらプロ中のプロだよ」と言っていて。私は「たった2年で民泊市場のプロになれるんだ……!」と思ったんです。雷が落ちたような、衝撃を受けました。2年で何かのトップになれるって、すごいと思っていて。

日本の大手企業は、入社20〜30年かけてやっとの部長や課長になれますよね。わたしは、当時コーヒー豆の輸出輸入の業務を担当していたのですが、コーヒー豆って伝統的な産業なので30年やり続けて、ようやく「プロかな?」と言える業界。それに対して、民泊のような新興産業ではたった2年でプロとして胸を張れる。そしてトッププレイヤーにだってなれる。こんな夢があることはない、彼ができるなら、わたしにも出来るかもしれないと思ったのです。

ーーたしかに、会社員だとほぼありえないことですね。

黄:そこからは私も本腰を入れはじめて、民泊経営を始めました。2014年から合計5年間、渋谷地域で計10軒を運営しましたね。

開始して半年で、会社員の年収を軽く超えたので、そこでようやく自信を取り戻せるようになりましたね。

ーー複業で自信を持てるようになったんですね。本業にも良い効果が出ましたか?

黄:それが全くで……。わたしは当時、会社では経理と投資管理という”守り”側の仕事をしていました。自分が全決定権を握ってガンガン前に”攻める”スモールビジネスと、大きい組織の中で”守る”仕事では、性質が全然違いました。恐らくわたしの性格上、守りの仕事はあまり合っていなかったんでしょうね。

そこで、自分が権限を持って攻めの姿勢で取り組める新規事業に挑戦したく、社内のビジネスコンテストに応募したりして、なんとか持ち返そうと頑張りました。最終の社長選考まで残ったのですが、それでも最終選考で落ちてしまいました。「カメルーンで2,000人を雇う!」といった壮大なビジネスプランを描いていたので、難しかったんだと思います(笑)。

そこで一旦休職して、中国のMBAで学びながら自分を見つめ直すことにしたんです。民泊事業も飽きてしまって、同じタイミングで撤退しましたね。

「華僑心理学」が生んだバズ。そしてTiktTokを運営するByteDance社への挑戦

黄:「何か新しいことをはじめたいな」と思っていて、内省を繰り返しました。振り返ってみると、「わたしは数字を作ることが好きだったんだ」ということに気づいたんです。売上を上げたり、利益を生み出したり。そして分析も好きなので、数値を元に戦略を立てるのも好きだと気づいて。

民泊を運営していた時は複業だったので、副業規定に反しないよう、売り上げは全て家族に渡したりして、ひっそりと運営していました。その反動もあって、今度こそは「大っぴらに話せる事業を選んで、みんなに褒められるような結果を出したい!」と思い、中国系のブログを書きはじめたんです。

ーーこのタイミングで「華僑心理学」がはじまったんですね。

黄:そうなんです。昔からネットサーフィンが好きで、バズっている記事を分析していたら知見が溜まってきて。試しに書いてみたら、一本目の記事からかなりバズりました。

数字を作るのが好きだというスキルが、売上や利益だけでなく、PVやインプレッション、SNSのフォロワーにも転じたのでしょう。

その後も順調に沢山の方に読んでいただいき、Twitterのフォロワー数も増え、出版も決まりました。ここから”ビジネス系インフルエンサー”と読んでいただけるようになりましたね。

ーーただ、すぐに独立ではなく”ByteDance社(Tiktokなどを運営する中国企業)”に入社された理由はなんでしたか?

黄:単純に興味がありましたね。三井物産は日本の大手企業でしたが、ByteDanceは外資ベンチャーなのでシンプルに「全く逆のカルチャーを持つ企業で、環境もガラッと変わっておもしろそう!」と思ったんです。

ーー実際に入社してみてどうでしたか?

黄:上司にも恵まれ、とても有意義でした。また、ByteDanceでの経験を通して”外資企業のよさ”と”日本企業のよさ”の両方を体感できたので良かったです。

ーーたしかに日本と海外の両方を働き方を知れるのは素敵な経験ですね。あえて外資企業の”デメリット”を挙げるとしたら何でしたか?

黄:年功序列ではなく実力主義なので「結果を出さないと」と、プレッシャーは半端なかったです。

例えば、自分が35歳になっても目立った成果がを出せていなかったら、クビどころか業界自体に居場所がなくなる可能性があるんです。これって”酷”な世界だと思っていて。

日本の大手企業だと”若手を育てる風潮”があるので、後輩や部下を教育する時間とお金をかけています。それが外資系企業だとむずかしく、すべてが自分次第になるんです。

ーー弱肉強食な世界ですね……。

黄:ただ”可愛げ”があれば武器になりますよ。私は愛嬌だけは人一倍あったので、北京ではそれで乗り越えることはできましたね(笑)。

何より、ByteDanceの環境や人がとても良く、仕事以外でも本当に充実した日々を過ごすことができました。今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

自分の突出した強みを活かすために”独立”へ。私は魔法使いになりたい

ーーByteDance社で携わりながら著書「TikTok 最強のSNSは中国から生まれる」を出版。順風満帆そうに見えましたが、独立に至った経緯は何ですか?

黄:色んな経験をしてみて、私は得意不得意がはっきりしていて、”デコボコ”している人だと気づいたんです。

そして、自分が在りたい姿を考えました。やっぱり私は、魔法使いになりたいんですよ。

ーー魔法使いですか。

黄:「何?」って思いますよね(笑)。リクルートの新規事業コンテストNEWRINGで2回優勝した河本晃卓(かわもとひろたく)という友人がいるんですが、彼の影響をかなり受けています。彼は敏腕で、どの領域でも新しいビジネスを生み出せるんです。

自分で創り出せる仕事って素敵だなと、ずっと思っていて。ある意味、民泊事業やインフルエンサービジネスは”0→1”なので、新規事業に近いんですよね。

そこで「新規事業を作れる人に憧れているんだな」と再確認できたんです。

ーーなるほど、たしかにゼロイチって魔法使いに近いかも。

黄:また、新規事業を作れると良いのは、大きく3つの理由があると思っています。

  1. 自分でチームビルディングをするため、 一緒に働きたい人を選べる
  2.  自分の得意分野に注力を注げる(苦手なことを人に任せられる)
  3.  いくつかのプロジェクトを同時進行できる

やっぱり、トップの結果を出してきたスポーツ選手やインフルエンサー、スーパーサラリーマンに共通するのは、”自分の得意なことを活かしてきた人”なんですよね。

なので、自分の強みである”影響力”を武器に、これからも専門分野を極めていけるように、精進していきたいです。

 

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取材:西村創一朗(Twitter
執筆・編集:ヌイ(Twitter