静岡のアナウンサーといったら「大久保結奈」になる。クリエイティブアナウンサーとして独立するまで。

静岡唯一のクリエイティブアナウンサーとして活動される大久保結奈さんに今回はお話をお伺いしました。大学卒業後、浜松ケーブルテレビで3年間番組制作に携わりカメラマンやディレクター、キャスターを経験。その後ミス浜松でのグランプリ受賞が後押しとなり、独立。

幼少期の頃からアナウンサーを目指していたという彼女がクリエイティブアナウンサーとなり、夢を実現するまでの道のりをお話いただきました。

 

小さい頃からあったアナウンサーへの憧れ

ーまずは簡単な自己紹介をお願いします。

静岡県浜松市出身で静岡唯一のクリエイティブアナウンサーとして活動しています。南山大学外国語学部で英語・インドネシア語・中国語を勉強し、卒業後は浜松ケーブルテレビで3年働いた後、フリーランスになりました。

ー小さい頃からアナウンサーを目指されていたんですか?

元々モーニング娘。に憧れていて、人前に立つ仕事につきたいと思っていたんです。なので初めはアイドルになりたかったんですが、小学6年生の頃にアイドルは無理かもと思い出して…そこからアナウンサーになりたいと思うようになりました。当時よく見ていた「行列のできる法律相談所」の馬場紀子アナウンサーみたいになりたいと思っていましたね。

ーそうだったんですね。中高時代はどのように過ごしていたんですか?

浜松市の難関中学に進学し、勉強も部活も友人関係も順調で悩みがなかったです。人前に立つのが好きだったので学級委員をしたり、生徒会に入ったり、文化祭の実行委員をしたりとかなりアクティブに活動していました。

ーそして大学進学のタイミングで名古屋に行かれたんですね。なぜ南山大学だったんでしょうか?

関西の外国語大学が第一志望だったのですが合格することができず、たまたま調べていて見つけた南山大学に進学しました。英語が好きだったんですが、英語は独学でも続けられそうだったので他のアジア言語を勉強できる大学を調べていて見つけたのが南山大学でした。

キャバクラでのバイト経験も今に生きている

ー大学生活はどのように過ごされていたんですか。

高校生の時から英語のスピーチコンテストに出場していたので、大学でもESSサークルに入りました。サークルの中もいくつかのセクションに分かれているんですが、スピーチセクションを自分で新たに作ってスピーチコンテストに出ていました。あとはバイトをしたり、ですかね。

ー何のバイトをされていたんですか?

キャバクラで働いていました(笑)大学に入ってタバコがかっこいいと思って吸い始めたりする人などがいると思うんですが、私にとってはかっこいいと思ったのがキャバクラだったんです。友達から体験入店に誘われたのをきっかけに週3くらいでバイトしていました。

ーキャバクラで働いていたとはびっくりです!働いてみてどうでしたか?

世間的にはまだまだ偏見の多い職業かと思いますが、学ぶことは多かったのでやってよかったです。どうやったらまたお店に来てくださるかを考えながら営業メールを送り、返事が返ってこなくてもめげずに営業メールを送れるようになりました。

また大学ではあまり社会人の人に話す機会がありませんが、お店では社長さん等いろんな方が来られるのでコミュニケーション能力も身につき、誰にも物怖じせずに話せるようになったのは今の仕事にも活かされています。

ーその間もアナウンサーになりたいという夢はずっと変わっていなかったんですか?

テレビ業界志望というのは変わっていませんでしたが、アナウンサーではなく、報道記者を目指していました。1つはアナウンサーになりたいなんておこがましくて無理だと思ったからです。アナウンサーには綺麗で知的な方が多いのでこの夢は現実的ではないかなと。

もう1つは中学3年生の時にタイに訪れたのがきっかけです。バンコクから6時間くらい離れた街に訪れたんですが、日本と違って道が整備されておらず、お湯も出ない地域でした。それを見て、私にとっては日本が当たり前になっていたけれど、現地の人にはこれが当たり前だということを気づきました。世界にはいろんな環境があり、いろんな暮らし方があり、いろんな人がいる。テレビを通してそんな世界の様子を伝えることができたらと思い、報道記者を目指すようになりました。

ーなるほど。報道記者志望での就職活動はいかがでしたか?

就活は全然うまくいかなかったです。地元が好きで離れたくないという気持ちがあったので地元企業を中心に就職活動をしていました。しかしやはりテレビ業界は狭き門で、ことごとく落ちていました。浜松ケーブルテレビは視聴者ではなかったのですが、あることは知っていたので受けたところ内定をいただき、入社を決めました。

ミス浜松グランプリ受賞が挑戦の後押しに

ー浜松ケーブルテレビに入社しどのような仕事をされていたんですか?

番組をゼロから作り上げる仕事をしていました。企画構成を考え、取材に行ってカメラを回し、動画を編集して原稿を考え、ナレーションを吹き込むというところまで全て担当しました。全部の工程を経験できたのは勉強になりました。またニュース番組の記者もさせていただいたのでアナウンサー・報道記者の夢は少し違う形ではありましたが叶いました。

ーその中で独立を考え始めたのは何か理由があったのですか?

元々民間放送を志望していたのもあり、思い描いていた仕事との乖離がありました。ケーブルテレビで働いている人の中には、テレビ局を志望していた訳ではない方が多くいました。私は制作部に配属されましたが、コールセンターに配属されていた可能性ももちろんありました。いろんな部署がある中で、働いている方のテレビに対する思い入れは様々だったんです。

またこれはケーブルテレビの特性にはなりますが、家に帰ってテレビをつけた時に皆さんが見るのは民間放送の番組です。ケーブルテレビは加入者にしか見ていただけませんし、加入者の方もわざわざチャンネルをケーブルテレビまで回してくれるとは限りません。そのためケーブルテレビをみていただいている人は限られています。グルメ番組のディレクターを担当した際に視聴者プレゼント5名の枠に対して、応募がたったの2名だったことがありました。私は常に民間放送に負けない番組を作ることを目標としていましたが、こんなに見てくださっている人が少ないということを知りショックをうけました。

ー確かに民間放送を普段から自然と見ていますね。それが辞めるきっかけに?

ちょうど在職中に地元のミス浜松に出場したのも、辞める後押しになりました。ケーブルテレビで働いてみて、浜松市内の取材をたくさんさせていただいた中で浜松の良いところたくさん知ることができました。それを会社外でも発信したいと思い応募しました。ミスコンというと水着審査やウォーキング審査のイメージが強いかと思いますが、ミス浜松は少し違い、浜松に関する質疑応答が特に重視されます。浜松愛は絶対に負けないと思い出場したところ、グランプリをいただくことができました。

ーグランプリ受賞すごいですね!それも後押しとなり、退職を決意されたんですね。

ミス浜松がきっかけで、自分がやりたいと思ったことはやろうという挑戦心が芽生えました。また、ミス浜松で得た人脈や繋がりも大事にしたいと思い、良い節目なので退職を決意しました。

クリエイティブアナウンサーとして独立

ー独立してみていかがでしたか?

フリーランスは保証がないということもあり、独立当初は不安でしたが、独立してよかったなと今は思っています。独立直後はミス浜松関連で出会った方々にイベント等あったらお声掛けくださいと営業メールを送ったり、企業の新年会に参加させていただき手作りの名刺を渡して営業したりしてお仕事をいただいていました。1年目は会う人全員に名刺を渡して売り込んでいましたね。1年目は編集のバイトをしたり、カメラアシスタントをしたりとアナウンサー業ではない仕事もしていました。

ーフリーランスになり、もう2年とのことですが今のお仕事はどんな感じですか?

イベントの司会業やラジオのMCを中心に動画制作やPRムービーの作成、商品紹介のお仕事などもさせていただいています。アナウンサー業だけではなく、クリエイティブ業もさせていただいているので、クリエイティブアナウンサーです!

ークリエイティブ業もすることになったのは何かきっかけがあったんですか?

独立してすぐに、浜松市のゆるキャラ「うなも」との出会いがありました。「うなものアテンドのお姉さん」的ポジションをやらせていただくことになり、その流れで「うなものYouTubeチャンネルがあったらいいよね」となったんです。そこから遊び半分で週1.2本動画を上げるようになりました。その編集を面白いと言ってくださる方が出てきたのをきっかけに、動画編集スキルを仕事に活かしたいと思ったんです。
あ、うなもは本当に可愛いので、是非「うなぎいもチャンネル」を見てみてください(笑)

カメラができて編集もできる人はいるけれど、ナレーションまでできる人は滅多にいないことにその時気づきました。動画にはナレーションが必ず必要になります。せっかくなら自分が持っているスキルを全部活かしたいと思いそれ以来クリエイティブアナウンサーとして活動しています。

静岡のアナウンサーといったら「大久保結奈」になる

ーフリーランスで働いてみて大変だったことはありますか?

仕事が全くない月があり、収入が安定しなかったことですかね。収入が月10万円以下の時もありました。また、1年目はまだまだアナウンサーとして未熟で、毎回の仕事が精一杯で余裕がありませんでした。それでも期待を込めて、また仕事をくださった方には本当に感謝しています。今でも、ピッチイベントの司会はとても緊張します。噛まないように、登壇者の名前を間違えないようにと必死です。

ー今後挑戦してみたい仕事とかはありますか?

いろんな企業で、話し方講座を担当したいと思っています。ピッチコンテストなどに司会として参加させていただく中で、コンテンツがよくても伝え方が今一つでもったいないなと思うことがあります。話し方や伝え方はいろんな場面で活用できるのでその指導をお仕事としてしていきたいなと考えています。

ー最後に今後の目標等があったら教えてください。

静岡のアナウンサーといったらと「大久保結奈」という知名度をつけることが目標です。静岡のただのアナウンサーではなく、動画制作もできる唯一のアナウンサーとして色んな人に知っていただきたいと思っています。そのためにもまずは、動画制作とアナウンスの精度をあげていきたいです。現状に満足することなく、もう1回仕事を頼みたいと思ってもらえるように成長しつづけたいと思います。

ー今後の活躍を応援しています!今日はありがとうございました。

 

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取材:西村創一朗(Twitter
執筆:松本佳恋(ブログ/Twitter