「選択肢を持って、もっと自由に」HOLIC代表・砂川星来が体現する“縛られない”生き方

「誰にも制約されずに、いつも自分の意志で決断したいんです」と、まっすぐな目で語ってくれたのは、株式会社HOLIC代表の砂川星来(すながわせーら)さん。

大学生時代にWEBメディアでインターンをしながら、大好きなInstagramで個人メディアの立ち上げも経験。現在は起業して、女性向けSNSマーケティングに携わっています。

社会人2年目で独立し、自ら同世代の女性にとってのロールモデルとなるような新しい働き方・生き方を体現されている彼女の、原動力と情熱に迫りました。

「沖縄には選択肢が少なかった」外の世界を見て芽生えた意識

-星来さんは沖縄県出身なんですよね。高校は進学校だったそうですが、もともと勉強は得意だったんですか?

勉強は正直得意じゃなかったですね。でも、母が教育熱心なタイプで、周りの子がみんな塾に通っているような意識高めの小学校に入れてもらったんですよ。小さい頃から負けず嫌いなタイプだったので、「みんなが行ってるなら、私も塾に通いたい!」みたいな(笑)。

で高校に進学したんですけど、県内の各中学校から成績のよい人たちが集まってるわけで、その中では落ちこぼれてしまいましたね。だから勉強の面ではダメだったんですが、野球部のマネージャーとして頑張っていました。

文武両道を掲げている学校だったので、部活動の時間が限られている中、野球も勉強も全力投球する部員のみんなにすごく影響を受けて。「これだけ頑張ってるみんなのために、私はマネージャーとして何ができるんだろうか」と常に考えて、授業が終わったら誰よりも先に部室に行っていましたね。

-めっちゃ意識高いじゃないですか! じゃあ高校生の頃は、部活に打ち込んでいたんですね。

高校2年生で行った留学も、自分の中で大きな経験です。県の留学制度に応募してオランダに行きました。モンテッソーリ教育法を取り入れた高校で、自分で受けたい授業を選択するのが当たり前。それにオランダの公用語はオランダ語なんですけど、みんな英語が得意で、ホームステイ先の小学生の子が私より英語が話せるんですよ。違う国の文化や教育に触れて、衝撃を受けましたね。

「外の世界に飛び込んでみる」「自分の視野を広げにいく」っていうのは、この頃から自分の人生の軸になってるかもしれないです。

-なるほど。その体験を経て、慶応義塾大学への進学を機に上京されたんですね。

大学に入ったら、さらに衝撃が待っていました。留学もしたし、部活も頑張ったし、慶応に入れた。「私の時代が来た!」って思ってたんですよ。

でも、周りの皆は高校生のころから課外活動として政治や環境の問題に取り組んでいる人も多く、スタート地点が完全に違いました。学校の枠を超えて何かを創造する、って発想が今まで自分になかったんですよ。衝撃、というかもう挫折でしたね。

でもせっかく沖縄から東京に出してもらったし、「どうすれば、この時間を最大限に有効活用できるんだろう」ってすごく考えて。そこから有意義に大学生活を過ごせたと思います。

大好きなメディアの世界へ飛び込んだインターン時代

-大学では具体的にどんなことを?

『NEXTWEEKEND』というライフスタイルメディアで、インターンとして3年間働きました。

当時、とある教育支援団体に入って活動していたんですが、まだ創立期だったので体制が整ってなくて、授業やバイト終わりの深夜に打ち合わせやるみたいな毎日だったんです。身も心もボロボロになってたときに、メディアが出していたYouTubeの動画にたどりついて。「次の週末を豊かに過ごすために、小さな工夫を取り入れる」ってコンセプトにすごく惹かれました。

当時は自分のことを全然大切にできてなかったし、豊かな暮らしとは程遠かったので、こんな素敵なことを発信する会社に入ってみたい! って思いましたね。で、「働かせてください」ってすぐに自分でメールを送りました。

-YouTubeがきっかけだったんですね。すごい行動力。

思えば、動画やメディアが私の人生に与えた影響ってすごく大きいなって。中学生の頃からずっとブログ書いてて、沖縄県内ではアクセス数ランキング1位をとったことがあるんです。

けど、やっぱり沖縄の中だけでは、行動範囲も選択肢も限られる。テレビや雑誌、動画を通して外の世界を身近に感じることができていました。私もこういう世界に行きたいなって思ってたんですよね。

-メールを送ってみた反応はどうでした?

当時、『NEXTWEEKEND』ではインターン募集をしてなかったみたいで。でも、熱意を込めてメールを送った甲斐があって、代表の村上萌さんから直接返信をいただけました。萌さんが直々に連絡するなんて後にも先にも私だけだったそうです。お会いできる機会をもらえたので、「どうしたら一緒に働かせてもらえるかな」と考えて、プレゼン資料を作っていきましたね。

-頼まれたわけでもなく、自発的に作られたんですね。

はい。「『NEXTWEEKEND』にはこういう記事があったらいいと思います」「こういう展開をしていきたいです」みたいなことを、自分なりにまとめてプレゼンしました。そのやる気を買ってもらえて、働けることになったんです。それが大学2年生の頃で、卒業までずっと働かせてもらいました。

-インターンでの学びはどんな点でしたか?

大きく2つあるんですけど、まずは「自分で仕事を探しにいく力」が身についたことですかね。

『NEXTWEEKEND』は、今でこそ9名の社員がいるんですけど、当時はまさに数人で立ち上げたばかりの状況。社員の定例会議に参加して意見を出したり、イベントの企画から運営まで任せてもらったり、何でもやらせてもらいました。用意された仕事の流れやルールがない中で「どうやって仕事を生み出していくか」ということを、本当にゼロから経験できましたね。

また、毎月のテーマに応じた記事や動画の制作もやっていたんですが、「メディアとしての効果的な見せ方・届け方」についてもたくさん学べました。どんな内容の記事がいいか? どういう体験を提供できればユーザーさんに満足してもらえるか? ってひたすら考えてましたね。「女性を喜ばせたい」という考えは、今でもずっと私の軸になっています。

新卒でサイバーエージェントへ入社。ロールモデルを超えたかったからこその「修業期間」

-『NEXTWEEKEND』のインターンに全力を注いでいた大学生活ののち、新卒でサイバーエージェントに入社されていますよね。どういう軸で就職活動をされていたんですか?

とにかく私にとって『NEXWEEKEND』との出会いは運命的で、代表の萌さんにどうしても肩を並べる存在になりたいって思ってて。広告業界に絞り、内定をもらった中で最も影響力が大きくて、1年目から即戦力になれるような環境を選びました。

-星来さんにとって、萌さんはとてつもなく大きな存在なんですね。そのまま、『NEXTWEEKEND』で働くという選択肢もあったのでは?

当然ずっと働くつもりでしたし、今でも正直戻りたいくらいなんですけど……。でも、萌さんのような存在になるには、ずっと彼女の元で働いているだけではダメなんじゃないかと思ったんです。ずっと「萌さんの部下」のままで終わってしまうと。

-このままだと、永遠に並ぶことはできないと思ったんですね。

一方で、外の世界に出てみたいという好奇心もありました。『NEXTWEEKEND』は創業時期、予算も限られた中でやっていて。自分がめちゃくちゃやりたい事業内容ではあるんですけど、ほかの会社のビジネスモデルも知りたいなと。より多くの人に届けたり、もっとマネタイズできたりする方法を勉強したいなと思っていたんですよね。

-入社後、サイバーエージェントではどんなお仕事を?

入社が2017年4月で、ちょうどそのときインフルエンサー事業を行う子会社が立ち上がったところだったんです。SNSが好きだったので、そこに希望して行きました。私、学生時代にInstagramで地元沖縄のおすすめスポットを紹介する『OKINAWAHOLIC』というメディアを作ってたんですよ。広告なしでフォロワーを2万人くらいまで伸ばせていたので、その経験を生かせるかなと。そこでは、インフルエンサーの育成やリクルーティングをやったり、途中からは法人向けのSNSマーケティングの業務にも携わったりしていました。

プロモーションの設計からアウトプットまで一気通貫で任せてもらえて、勉強したかったお金の流れについて学ぶことができましたね。いわゆる企画営業みたいな職種だったので売り上げ目標もあったんですが、高めの数字を達成できたことが自信にもつながりました。

-そこから1年ちょっとで退職という決断をされたわけですけど、当時の心境はどんな感じだったのでしょうか?

修行期間だと思って社会に出て頑張ってみたものの、ハードな労働環境に体力の限界が来てしまったんです。当時、写真に写ったブスな自分を見て心を決めました(笑)。外見って、「自分のありたい姿になれているか」どうかの1つのバロメーターだと思ってて。髪の毛をケアしたり、メイクやファッションを楽しんだり、可愛くいたいと努力するのは私にとってすごく大事なことなんです。

だからこそ、「疲弊してまで会社にいるのは違うんじゃないか」「今の姿は、なりたい自分じゃないな」って感じたんですよね。

-この会社では、自分がなりたい姿になれない。退職は、自分が目指すものに正直になった結果だったんですね。

自由な生き方を体現することで、世の女性たちを応援したい

-退職後のキャリアプランについては前々から考えていたんですか?

いえ、まずは辞めることを先に決めたので、後先考えずでした。深夜まで働くのが当たり前の生活だったので、もう半分思考が停止していたんですよね。自分が何をしたいかとか、考える余裕がなかったです。

-少しリフレッシュ期間を経て、自分の会社を立ち上げたんですね。

はい。本当にゼロからのスタートだったんですが、『OKINAWAHOLIC』の運営経験を生かして何かやりたいな、と考えていました。そんなときに知人から「Instagram運用をやってほしい」と声をかけてもらえて。そこから紹介で依頼が繋がっていった感じです。制作にしっかりリソースを割きたかったので、自分からガンガン営業をかけていくというよりは、1つひとつの依頼を断らず、ありがたく受けさせてもらうことから始めていきましたね。

ある程度の売り上げが立ってきたところで、2018年9月に法人化しました。他の会社に転職する道もあったんですが、就職はまたいつでもできるけど、「たくさん失敗するのは今しかできない」と思ったんですよね。誰かとチームを組むよりも、まずは自分でゼロからやってみようと。現在は5名くらいのメンバーで、InstagramをメインとしたSNSコンサルティングのお仕事を法人企業から受けています。

-地道に1つずつ仕事と向き合うことで、お客さんを獲得していったんですね。成果を出せたナレッジをぜひ教えてほしいです。

クライアントの信頼を得るために、2つのことを意識していました。

1つ目は、「相手の期待を超えること」。まず「こんなことをやりたい」という要望を伺って、クライアントと完成イメージをすり合わせしますよね。そのあと、自分で新しい企画も考えて「うちなら、こういうことまで出来ます」と、必ずプラスアルファの提案をするんです。メッセージをいただいたら即レスするとか、小さなことも気を抜かずに心がけてますね。

2つ目は、「提案資料を内容もデザインもしっかりと作り込むこと」です。企業のデジタルマーケ担当者や決裁者ってほとんどが年上の方なので、小さい会社でやっている20代の私に「任せてみよう」と思ってもらえることが重要なんですよ。意外と資料をちゃんと作成しない会社って多いらしいので、クライアントごとにカスタマイズして“前提/現状/目指す未来”を落とし込んだ資料を持っていくと、断然差がつきます。サイバーエージェント時代にたくさん資料を作ってきた経験が生きているんですけど、今でもいろいろなメディアの媒体資料は定期的にチェックしていますね。

-すごく参考になるナレッジをありがとうございます。最後に、今後の展望についてお聞かせいただけますか?

クライアントのSNS運用だけでなく、私自身も発信していきたいと自社メディアを立ち上げたところなんです。やっぱり一番やりたいのは「頑張って働く女性のライフスタイルを応援する」こと。もともと旅行が好きなので、場所や制約にとらわれずに働く生き方をまずは自ら模索して、発信していこうと思っています。具体的に言うと、今後は東京から海外に拠点を移すことも考えていて。

会社員でもフリーランスでも起業でも、日本でも海外でもなんでもいい。選択肢はたくさんあって、自由に生きられるんだよ、ということを伝えたいですね。

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取材:西村創一朗
文:村尾唯
撮影:山崎貴大
デザイン:矢野拓実