「志をアップデートし続ける」グローバル企業の執行役員になった元インターン生の行動指針

今回の記事では、株式会社Loco Partnersの満足度の高いホテル・旅館の宿泊予約サービス「Relux」グローバル担当役員であり、中国支社長・門奈剣平さんのインタビューをお届けします。

日中ハーフである門奈さんは、15歳までを上海で過ごし、高校進学とともに日本に移り住みました。その後、慶應義塾大学 SFCに進学。1年時からLoco Partnersにインターンとして加入し、日本語・中国語・英語を活用しながら、Reluxのマーケティングや事業開発業務に従事。

2015年には、ReluxのGlobal事業責任者に就任しました。同年、大学を卒業し、Loco Partnersに就職。2017年より中国子会社の代表に就任。事業開始よりおよそ5年で、グローバル会員数50万人を超えるサービスにまで成長させ、海外売上の拡大に貢献しています。

門奈さんに、これまでのキャリアの選択と、スタートアップ企業で成果を出すために心がけている仕事の姿勢、そしてその軸にある行動指針についてうかがいました。

「主役は自分」大学1年から外の世界へ

ー本日はよろしくお願いします。門奈さんは株式会社Loco Partnersにジョインしてすでに8年目だとお聞きしています。そもそも、大学1年からインターンというのは早いタイミングかと思いますが、なにかきっかけがあったのでしょうか。

慶應義塾大学のSFCの教授に刺激を受けたことが大きかったと思います。わたしは環境情報学部に進学し、当時の学部長が村井純先生でした。

ーインターネットの父と呼ばれている村井さんですね。

一番最初の授業。500人くらいのホールで、18歳そこらのわたしたちを前にして、村井先生が、会場を練り歩きながら話しました。「皆さんは未来からの留学生です。そんな未来からやって来た皆さんに聞きたいです。未来では、インターネットはどうなっているんですか?」そして、マイクを回して、ひとりひとりに答えさせるんです。「これからのインターネットを教えてください」と言われたわたしたちは、一気に今後のインターネット時代の主人公である、という意識を植え付けられました。主体性に火がつくような感覚でしたね。

もうひとり、印象に残っているのが、現在も特任教授を務めていらっしゃる事業家の夏野剛先生です。パッションを持ちながら、ロジカルに、インターネットの変遷について説いていただきました。「これは、インターネットに関わるしかないぞ」という気持ちが盛り上がり、大学の外へ飛び出ることになりました。

それまで、インターネットに対しての興味があったわけではありませんでした。

ーそこから、Loco Partnersのインターンへは、どのようにつながったのでしょうか。

ちらほらインターンをしている人の話を耳にしていました。2012年頃は、ベンチャーやスタートアップが増え、盛り上がりをみせていた時期で。

インターンをしている友人に話をよく聞いているなかで、ある先輩が、代表の篠塚孝哉を紹介してくれました。「わたしがやれることならなんでもします!」という意気込みで、インターンになりました。ほかの会社の面接なども受けることはなく、1年の冬に、Loco Partnersに。まだ篠塚がひとりでやっていた時期だったので、2人目のメンバーとしての加入でした。

ーそれからここまで一緒に事業に携わっているわけですから、素晴らしい巡り合わせがあったんですね。篠塚さんの印象はどうでしたか?

先見性のある方に出会えて、幸運だったと思っています。大学生に対しても親身に、対等に接してくれていました。わたしとしては、教授たちによって引き上げられたエネルギーを、とにかくどこかにぶつけたくて堪らなかった、というのを覚えています。

結果的に、インターンをした3年半、とても楽しく過ごせました。

ー2人目のメンバーだったということは、当然、インターン用のプログラムなども組まれていなかったことかと思います。

そうですね。とにかく、なんでもやっていました。当時はまだ日本に来て数年で、日本語が完璧ではなかったので、電話対応でうまく敬語が使えずに怒られるということも頻繁にありましたね。

そこからすこしずつできることが増えてきて、日本国内のBtoC向けのマーケティング業務が中心になっていきました。4年生の後半には、インターン生10名ぐらいのチームのマネージャーを任されるように。アフィリエイト、リスティング広告、事業提携、事業計画の作成、チーム設計…どんどん担当できる業務が広がっていきました。

「週3日はコミットする」大学とインターンの両立

ー時間としては、どのくらいインターンに割いていたんですか。

週3日は必ずインターン業務にあてられるようにしていました。現在、会社に入ってもらうインターン生にも、週3日、半年以上は在籍してもらうようにしています。大学4年間という貴重な時間のなかで、この決まりは、大きな意味があるとは思うのですが…過去にたくさんのインターン生と仕事をしてきたなかで、コミット量というのは、成長に大きく影響すると実感したからこそです。

一定の密度以上を、半年続けることで、必ずどこかのタイミングでブレイクスルーが可能になると思っています。逆に、これ以上少ない時間になると、「先週はなにをしていたかな」という振り返りで1日を消費してしまうことになりかねない。せっかくインターンをはじめたのに、雑務しかできずに終わってしまうという事態は避けるべきだと考えています。

信じた人の言うことは、とりあえずやってみる。

ーインターン、大学での勉強…それ以外に、門奈さんが学生時代に取り組んだことはありますか。

インターンを始めて半年くらいのタイミングで、お休みをいただき、大学を休学し、バックパックで旅にでました。東南アジア、インド、ヨーロッパを回りました。

ーもともと、バックパッカーになりたいという願望があったのですか。

いえ、実はそうではなくて…父親や代表の篠塚がバックパッカーの経験があり「視野が広がるから、やったほうがいいよ」と言われたことで挑戦しました。出発する前は、正直、半信半疑でしたね。

ー半信半疑でも、信頼できる人からの助言は実行する、という行動指針があるんですね。

その時、自分が一番信じている人から言われた「これは絶対にいいよ」っていうものに対しては、ちょっと首を突っ込んでみるようにしています。それが、自分には見えてない世界を広げてくれると信じていますね。

結果的に、バックパッカーになって、知らなかった世界を見て衝撃や刺激を受けたり、違う人、言葉、民族、宗教をただ感じたりするだけでも、自分自身のものの見方に変化がありました。人生において大事な時間だったと振り返って思います。

ーバックパッカーを経験し、価値観が変化して…帰国後は違う会社のインターンをしたり、就職では別の企業を選択したり、という変化も自然な気がしますが、そのままLoco Partnersで仕事を続けるわけですね。

そうですね。Loco Partnersが好きだったので、帰国してからまたインターンを再開しました。

もちろん、卒業が迫るにつれて、Loco Partners以外の道も考えていました。大企業にいくか、ベンチャー企業にいくか…。周りの友人には、銀行や、商社、メーカーに就職する人も多くて。ただ、そんななかで、Loco Partnersで引き続きやっていくと思ったのは、事業が今後伸びると感じていたからです。

当時はまだ、「爆買い」というワードも生まれておらず、外国人観光客が増え始める前でした。そのとき、篠塚が「これからは絶対に訪日旅行がくる。だから、一緒にやろう」と言っていて。訪日旅行という市場もまだ小さかったのですが…そのときも、やはり彼の言葉を信じて、首を突っ込んでみよう、と。

ー篠塚さんが言うなら、と決断に至ったのですね。

自分のなかにワクワクが生まれていたからというものありますね。それで、リクルートのサマーインターンに参加したことはあったのですが、結局、内定はほかではいただかずに、Loco Partnersに就職を決めました。

ー大企業を選択しないことでのリスクは、どのように考えていましたか。

大企業にいかないことで失うことって、考えてみると、ブランドをもった状態でキャリアをスタートできる、数年後の安定した収入、きちんとした研修…なんかが挙げられますよね。

それを選ばない、攻めの選択って、案外悪くないなって思ったんです。ブランドがない状態でスタートするということは、1年目から実力で戦える。金銭的には、20代という自分で自分のお金をつかえる時期は、急いで時間をお金に還元する必要はないよな、と考えて。それよりも経験という資産を積んだほうが、その先に大きなリターンが得られるだろうな、と。

そんなふうに、デメリットになりえる部分をひとつずつ自分のなかでクリアしていって、納得した状態でLoco Partnersを選びました。

時流を読むことがビジネスの鍵

ーインターンから正社員へと雇用形態が変り、仕事自体にも変化がありましたか。

国内の新規事業から、海外のお客様を集める訪日事業の立ち上げに切り替わった、というのが一番大きな変化でした。立ち上げ当初はまだインターンだったのですが、どこから集客すべきか、どこと取引すべきか…暗闇の中を進み、時々どの方向に向かっていくべきか見当がつかない、みたいな感覚で仕事をしていました。

心境としては、そんなに変化はありませんでした。より責任ある仕事をしていこう、と思う一方で、インターンのときと変わらずに、仕事をエンジョイしていこう、と。

ーエンジョイしようという心持ちでありながら、事業としては暗中模索していたのですね。

そうですね。1か月先の上海行のチケットをとって、そこに合わせてアポを取り付けたり、マーケットの勉強をしたり…正解が分からないながらも、とにかく動き回って。

結果的に、業務提携や、世界的企業とのシステム提携を取り付けることに成功し、現在は、BtoB、BtoC、BtoBtoCという三軸が成り立つようになりました。

ー現在の業績を見ると、順風満帆に見えるのですが、実際はどう感じていますか。苦しかった経験はありますか。

苦しかった経験は、いまではあまり覚えていないのが正直なところで(笑)ただ、正解が分からないなかで努力しつづけなければいけないという辛さは身に染みています。北京のホテルで、1人、資料を作りながら泣いていたこともありましたね。

ーそんな辛い時期を乗り越えて、いまがあるんですね。スタートアップが大企業と交渉をするのは、ハードルが高いと思うのですが、どのように交渉の場をセッティングしたのでしょうか。

前提として、今後成長するであろう市場で勝負する、というのがすごく大事ですね。自分自身の能力以上に、ここが重要かもしれません。将来性のあるマーケットで「この領域なら」というのがあれば、大企業の方でも、こんな若者にも会ってくれて、積極的な姿勢で取り組んでくれます。

やはり、時流を読む、というのはビジネスにおいて欠かせません。未来、日本はこの方向にすすみ、こう変化する、というのが見えれば、自然とそこに人が集まります。人が集まれば、提携先の方々もより意欲的になってくれますね。

海外展開成功の要因は「適切なタイミング、人、権限」

ーWebサービスの海外展開、特に中国市場で成功している企業ってなかなかないと思います。Reluxが中国で伸びたのは、どのような要因がありますか。

中国で成功できたのは、「適切なタイミングで・適切な人が・適切な権限で」やる、というのがある程度3つともハマったからじゃないかな、と考えています。

需要がない中で無理にやっても失敗します。日本全体がインバウンドに力をいれるタイミングと重なったことが大きかったですね。

そして、僕が中国支社を任されたわけですが、たまたま日中ハーフで、たまたま両言語が扱えて、たまたまマーケティング・旅行に携わっていた…というふうに適切な人であったな、と。そこに加えて、熱量と行動量は誰よりもあったと自負しています。

さらに、適切な権限。現地の人間が全ての決定権をもっていると変な方向へ行く危険があり、日本側でコントロールしすぎると市場に適応していけない。うまいバランスで権限を分配することが重要になります。戦術はわたしの権限で、戦略については日本側で、というふうに適切に配分していました。

120%のアウトプットの先に結果がある

ー事業としての視点は分かりました。門奈さん自身としては、なにを意識して仕事に取り組んできましたか。

結果にとにかくこだわりました。ひとつひとつの達成がゴールにつづいていきますし、ひとつひとつの結果が個人のキャリアの未来をつくっていく、と信じています。

結果を出すうえで、当然、様々な方法があるとは思いますが、なによりも意識していたのは、どんな作業においても120%のアウトプットをする、ということですね。たとえどんなに小さな依頼だったとしても、一歩踏み込んで、期待以上のレスポンスはできないかと常に考えるようにしています。目指している結果の、120%を出せないか。メンバーのケアを、120%するにはどう対応すべきか。120%の達成目標を、を常に目先に置いておくことですね。

ー上昇志向をもっていらっしゃるんですね。8年も在籍していると、門奈さん個人としても、会社としても様々な変化を経ていると思います。その中で同じ会社で働き続けるモチベーションはどこにあるのでしょう。

ひとつは、結果を出し続けることですね。そうすると自分自身のキャリアにとってプラスに作用していくので。もうひとつは、自分の中の志をアップデートし続けられることです。

ゼロからスタートした海外での子会社の展開ですが、現在は、海外での売り上げが全体の30%弱を占めています。最初は、訪日旅行にひとつでも多くの素敵な思い出を残したい、という気持ちでした。いまは、日本が観光大国になることにどこよりも貢献できる会社に成長させたいという思いでやっています。

結果を出し続ける中で、自分自身のビジョンもどんどんアップデートしています。今後、海外売り上げを50%以上まで引き上げ、グローバル展開に強い企業としてもっと成長させます。

また、訪日旅行を取り扱っている企業の中でナンバーワンになりたいですね。いまはトップ10くらいの位置にいるので、まだまだ頂上は遠いですが、そこにワクワクしています。

ー本日はありがとうございました!

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取材:西村創一朗(Twitter
執筆・編集:野里のどか(ブログ/Twitter
撮影:矢野拓実(サイト