26歳でガイアックス 最年少事業部長。次はオランダへ。独自のキャリアをいく軸と視点とは。

今回お話を伺うのは、株式会社ガイアックスの管 大輔さん。26歳という若さで最年少事業部長になり、現在は世界の中でももっとも環境意識が進んでいる国の1つであるオランダでリモートワークスタイルで業務にあたっています。

一見すると、順調に思い通りのキャリアを積み重ねているように見える管さん。しかし、学生時代は優秀な同級生に劣等感を抱いていた、何者でもない1人の学生だったといいます。

そのような学生時代から26歳の若さで事業部長というポジションを獲得するまで、どのように何を考え、どのように過ごしていたのか。

過去から遡ってお話を伺っていくと、冷静に人と自分を比べながら着実にキャリアアップしていった管さんの姿と独自の仕事術 [新人〜若手部長職 編] が浮かび上がってきました。

 

会社名に依存せず、情熱を持って働くベンチャーに惹かれた

ー最年少事業部長。リモートワーク。管さんを語る上で多くのキーワードがあるかと思うんですが、まずはどのような学生だったのかが気になるところ。ご自身の就活中は、どのようなキャリアプランを描いていましたか?

管大輔(以下、管):最初は、商社や金融を見ていましたね。就活生の多くは「大手企業orベンチャー企業」という二択で考える人が多いと思うんですが、当時の僕もそうで。商社や金融、そして、大手企業への就職を考えていました。

加えて、学生時代は「会社の名前に頼らず、自分の名前で仕事が取れるようになりたい」「自分の名前を世間に知らせるためには、まずは社内で目立たないといけない」と考えていました。

ー「個の成長」を意識されていたということですね。でも、現在のイメージからはベンチャー志向が強い方だと感じていたので、大手企業への就職を目指していたというのは意外です。最終的には、ベンチャー企業に入社していますよね?

管:そうですね。ベンチャー企業を意識するようになったのは、僕が立命館大学から早稲田大学に編入したことがきっかけでした。

早稲田大学に通い始めると周りには優秀な同期がたくさんいて、みんな大手企業を志望し、その後実際に大手へ進む人も多かったんです。

「大企業には、こんな(優秀な)人たちがゴロゴロいるのか」

そう思うと、全く勝つ自信が湧かなかった…。

ーそこから、ベンチャー企業も意識されるようになったんですね。

管:はい。はじめはそのようなきっかけでベンチャーに興味を持ちました。ただ、実際に話を聞いてみないとわからないことも多いと思い、約60名の方にOB訪問したんです。大企業ベンチャー問わず、若手の社会人の方に直接お話を伺ったのですが、そこで確信しました。自分はベンチャー企業が合っている、と。キャリアの考え方や今取り組んでいる仕事の魅力など、語っていただいた内容もそうですが、何よりもその語り口調が素敵で。自分もこんな20代を過ごしたいなと強く思いました。

そのような姿を見て、「結局、働きがいは会社名、会社規模から作られるものではないんだな」と思い、ベンチャーへの就職を目指すようになりました。

 

優秀な人と働ける環境ではなく、自分が挑戦・成長できる環境へ

ーその後、管さんがガイアックスに入社された経緯もお聞きしたいですね。当時は、他の企業にも内定を貰っていましたか?

管:はい、いただきました。もう1つ、同じくベンチャー企業から内定をいただいていました。

ーガイアックスへの入社を決めた理由は何でしたか?

管:事業部の数や部署あたりの社員数等を比較した際、ガイアックスの方が自分が関わることができるフィールドが広く、チャンスが多くありそうだと感じたところですね。ガイアックスの方が事業部の数が多く、部署あたりの人数も少なかったと思います。

加えて、一見するともう1社の方がすでに優秀な方が集まっていて、「これは勝てないな…」と感じたこともガイアックスを選んだ理由の1つです。

ー管さんは「優秀なこの人と一緒に働きたい!」と思うのではなく、「勝てないな」って見方だったんですね。優秀な人をみると、憧れたり教わりたいと思ったりする就活生が多いと思いますが。

管:先ほども触れましたが、就活をしていた時に僕が大切にしていたことは、「会社の名前に頼らず、自分の名前で仕事が取れるようになること」。なので、「いかに社外で認知されるか」がとても重要でした。

そのためには、まずは社内で1番になる必要がある。そう考えると、僕にとってチャンスがある環境かどうかが重要だったんです。社外でのチャレンジで失敗するならまだしも、社内競争に敗れてチャンスすら得られない、みたいな状態は避けたかった。

ー実際に入社してみて、どうでしたか?考えていたこととギャップはありましたか?

管:実際には、イメージしていた環境とズレはありませんでした。

というのも、当時、僕はソーシャルメディア事業部に配属されたんですが、2013年のソーシャルメディアって、まだ市場ができて2〜3年ほど。Facebookブームが始まったのが、2010〜11年頃だったので。

ー確かに、そういう時期でしたね。まだ市場としては、これからというところ。

管:はい。その上、ソーシャルメディアは若者向けのものが多く、僕らのような若者にこそチャンスがあると思いましたね。配属後は、事業部の人数が少なく、最初から最前線で働くことができました。

 

周りが避ける仕事×自分がやりたい仕事のセット販売

ーチャンスが多いとはいえ、すぐにやりたい仕事をできるわけではなかったと思います。新人時代は、どんなことを意識して仕事をしていたんですか?

管:いくつかあるのですが、「周りが嫌がる仕事と自分のやりたいことの提案」を一緒にしていましたね。

例えば、テレアポや資料作成など、周りを見渡していると、上司や先輩があまりやりたがらい仕事ってあるんですよね。そういった仕事はまだスキルがない新人の仕事になるわけですが、僕は積極的に周りがやりたがらない仕事をしていました。とはいえ、ただ言われた通りにやるのではなく、同時に自分のやりたいことを一緒にセット販売していくんです。

ーセット販売、ですか。

管:新人の頃って、「やりたいことはあるけどやらせてもらえない」という悩みってあるじゃないですか。そういう時、やりたいことがあるなら、周りがやってほしいことを積極的にやりながら、さりげなく提案していくことが大切です。

こうした考えにいたった背景としては、結果を出すまでには2つのステップがあると思っているんです。

ー具体的に、その2つのステップとはどんなものですか?

管:まず、結果を出すためにはチャンスが必要じゃないですか。野球であれば、打席に立たないと結果は出せないですよね。さらに、そのチャンスを得るためには、信頼が必要だと思っています。この「信頼」と「チャンス」の2ステップがあって、初めて結果が生み出せる。

そこで僕が最初に考えたのは、「いかに信頼されるか」です。「あいつにチャンスを渡したい!」と思ってもらえるように、様々なことを考えていました。

やりたくなさそうな仕事や後回しにされそうな仕事を観察して率先して巻きとったり、上司の癖を把握してコミュニケーションを工夫したりして…。

ーすごく貪欲な姿勢ですね。観察をしていると、どのようなことに気づくんですか?

管:例えば、当時の上司はアポイント先の地図を毎回コピーする癖がありました(笑)そこで、僕は毎週日曜に翌週のアポ先の地図を全部コピーして、月曜の朝に机に置いていました。他にも、福岡出張に行く人を見つけたら、僕が福岡出身であることを活かして、現地の会食用のレストランとおひとり様におすすめなレストランをエクセルでまとめて送ったり。先輩におすすめの本を紹介されたら、必ず一週間以内に感想文を送るなんてこともしていましたね。

ーす、すごい。

管:こんなことを地道にやっていくと、社内で新人の話になった時に「管」の名前が出てきやすくなるんですよね。「この前、管がさ、こんなエクセル送ってきて。おもしろい新人だよね」や「この前、本を勧めたらA4・2枚で感想送ってきたよ」といった感じで。

こうしてコツコツと信頼残高を積み重ねていき、結果を出す上で必要な機会を手にする。新人時代はそんなことを意識しながら、仕事に取り組んでいましたね。

 

26歳、最年少部長の悩み。未熟さが招いた、同僚の退職。

ーそういった新人時代を経て、管さんは入社3年目の26歳で最年少部長に。ロールモデルがいないなか、管理職として働くことはけっこう大変だったんじゃないですか?

管:大変でしたね。本当、未だに失敗していますよ。いま振り返ってみると、基本すべての要因は一緒で、結局「人間としての未熟さ」なんですよね。

そういったことが原因で、一緒に働いていた人がやめてしまったり。

ー人が辞めてしまうことってショックが大きいと思うんですが、そのような経験からどのようにしてマネージャーとしての成長を遂げてこられたんですか?

管:マネージャー職になってみて、新人時代で話したような「テクニック」では解決できないものもあると感じ、コーチングを学ぶようになりました。

コーチングの基礎である「傾聴」は、テクニックだけではできないんですよ。傾聴するには、目の前の人と真摯に向き合わなければいけないし、そもそも相手を信じられなければ成り立たない。このことに気づいたのは、僕自身がコーチングを受けたことがきっかけでした。

ーどのような気づきがあったんですか?

管:僕がコーチングを受けていてふと思ったのは、昔からの知り合いでもないコーチにすぐに心を開いて、たくさん自分の話をしていたんです。それって、(コーチが)自分のことを信じてくれていると分かっているからなんですよね。

その後、冷静に振り返ってみると、過去の僕は部下の成長機会を奪っていたことに気づきました。何かミスをすると「何でミスしたと思う?」って僕から聞くんですが、沈黙を待てず、最後まで相手の話を聞かずに僕から原因を言ってしまうこともありましたし。

コーチングを受けていた僕の気持ちを思い返すと、「メンバーはこうして話して欲しかったのかな?」って気づいて。

今ではきちんと相手の話を聞こうと意識しているんですが、その原点とも言える大きな変化だったなと思っています。

 

オランダでリモートワークに挑戦する2つの理由

ー最年少部長を経て、管さんがいま目指しているものは何ですか?

管:僕自身の経験を通して、会社員の働き方を変えることに貢献できるんじゃないかなと思っています。これは、オランダでリモートワークに取り組み始めた動機でもあります。

僕はこの3年で、色々な働き方にチャレンジしてきました。その結果、全然知らない方からメッセージをいただくことも増えてきました。「社内でリモートワークを提案して働きやすくなった」「部下の残業時間が減って満足度も向上した」と。

ーそれはうれしいですね。

管:サラリーマンは時間と場所の制限が強い働き方ですが、僕自身の働き方を通してこの時間と場所の制限を取り払い、「サラリーマンでもリモートワークでこんなに成果あげられるんだよ」って伝えたい。

ー管さんがファーストペンギンとなって、道を切り拓きたいわけですね。

管:そうです。一方で、他の理由もあります。最近、「オランダは世界最先端だな」とより強く感じています。

この前現地の研修に参加したんですが、彼らって自分ごとの範囲が「人」だけではなく「地球環境」にまで及ぶんですよ。ベジタリアンの高校生がいたのですが、その理由がダイエットや健康ではなく、「牛を食べると二酸化炭素を排出しちゃうから、嫌なんです」って(笑)

レジ袋も全然ないですし、ストローはほぼ紙ストロー。「自分ごとってここまで広げられるんだ」って思いましたね。

ー視点がすごい。なかなか日本では触れない地球規模な視点ですね。

管:そういったことを目の当たりにし、「この最先端の、成熟した人たちが集まる環境にいたいな」って思ったこともまた、オランダを訪れた大きな理由でした。

 

30代は、サーキュラーエコノミーの世界へ

ー最後に、管さんの30代で掲げる目標をお聞きしたいです。どんな30代でいたいか。具体的にイメージをされていますか?

管:オランダに来てから、徐々に新しい分野に興味が湧いてきまして。30代は「再生エネルギー」や「サーキュラーエコノミー」の世界に関わりたいなって考えています。

ーなぜ、環境に興味を持ったのですか?

管:元々教育に関心が強かったのですが、「たとえ教育がうまくいっても、安心して生活できる基盤がなければ意味がない」と感じたんです。自分たちの生活環境を持続可能な状態にすることに、少しずつ貢献していきたいという気持ちがあります。

ーなるほど。今後は、ガイアックスでそのような事業を立ち上げてやっていくのですか?

管:ガイアックスでやるか、複業の会社でやるか、転職するか、はまだ何も考えていません。ですが、ガイアックスの「ガイア」は「ガイア理論[※1]」が由来となっていて、このガイア理論から照らし合わせると方向性は重なっていると思うので、社内の新規事業として立ち上げるのも良いかもしれませんね。

とはいえ、思いが明確になっていけば自然と形は整っていくものだと思うので、あまり形にはこだわらず、まずは自分が貢献できそうな領域を探求していければと考えています。

編集部より:ちょうどタイムリーに管さんが複業で立ち上げられたオンラインコーチ養成スクール「ZaPass Coach Academy」の2期の募集が開始しています。編集長の西村も1期に参加しましたが、非常に満足度高く、コーチングを学びたい方にはオススメです。

[※1]
地球と生物が相互に関係し合い環境を作り上げていることを、ある種の「巨大な生命体」と見なす仮説。(ガイア理論 – Wikipedia)

取材:西村創一朗
執筆:ヌイ
編集:山崎貴大