ブラック企業を経て、フリーランス。隠遁人妻が「私らしい働き方」を見つけるまで

はじめまして!ライターの隠遁人妻26歳です。 私はこの度、U-29さんでコラムをスタートすることとなりました。まずは簡単に自己紹介からさせていただこうと思います。

「自由に意思表示ができなかった」隠遁人妻の知られざる幼少期

出身は千葉県の田舎町です。両親と妹、そして祖父祖母と曾祖母がいる典型的な昔ながらの家で育ちました。実家は自営業をしており、小さい頃から家の中はピリピリとした雰囲気でした。 子供ながらに「今日はお父さんの仕事の調子が悪いから静かに勉強しておかなきゃ…」と敏感に空気を読む生活を余儀なくされていたことを覚えています。 自営業は、羽振りの良い時とそうでない時の差が大きいため、父親の機嫌が良い時は平和でしたが、ひとたび事業が軌道に乗らなくなると、一気に家族に当たり散らして壁にはいくつもの穴が開くような状況でした。 両親とも専門学校出身ということもあり「勉強をしなさい!良い大学に進みなさい!公務員になりなさい!」と言われ続けで育ちました。 そうした影響もあってか、高校卒業までは地元の進学校に通い、その後都内の国立大学に進学しています。傍目に見たら順風満帆な人生のように思えるかもしれません。

順風満帆から一転、ブラック企業に就職。「主婦になる」発言で激怒

ところが、大学卒業後に入社した会社は絵にかいたようなブラック企業。 休日出勤は当たり前で、仕事の無い土日も上司に付き合って部活動と飲み会に強制参加させられるような環境でした。 タイムカードはあってないようなものでした。22時でタイムカードを切ったあとは、当たり前に残業。会社への忠誠心が薄いと判断された社員はすぐに呼び出され、上司とマンツーマン面談がスタートします。実はこの面談、普通の面談とはまるっきり違い、完全に洗脳を目的とした圧迫面談です。 「隠遁?お前、この前の打ち上げの飲み会の席で同期に新卒のクセに結婚したら主婦になるかもとか言っていたらしいな。どーいうことか説明してみろ」と脅されたりもしました。 今考えたら完全にパワハラですが、当時の私は無知でしたので「新卒で入った会社で結婚して主婦になるとか言っちゃいけないんだ!まずかったなぁ…でもまさかちょっと同期に話したことがこんな大事になるなんて…」と心底反省していました。 非常に驚きですが、この会社ではこんなことが日常茶飯事で起こるわけです。23人いた同期はどんどん辞めていきました。 ついに私も心を病み、勝手に夜中涙が出るようになったり、そうかと思えば突然やる気になって朝の5時まで仕事をし始めたりするようになりました。お気付きかもしれませんが、躁鬱病の一歩手前です。メンタルヘルスを専門とする病院に行って検査を受けたり、薬を貰って服用したりしていました。 ですが、薬を飲んでもこの症状が治まらず、もうどうしようもないので会社を退職することにしました。退職する直前はストレス性の胃腸炎にかかり1週間近く入院もしていました …。本当に心身ともに限界でした。 この時の経験があったため、2度と正社員にはならないと心に決めています。退職後は2ヶ月くらい何もせずボーっと家で過ごし、随分と症状は落ち着いてきたものの、今でもどうしようもないほどの虚無感に襲われることがあります。この出来事は、大きな傷として私の心に残りました。

起業、派遣、フリーランス。紆余曲折でたどり着いた「私らしい形」

しばらく療養した後、自宅で起業しました。23歳のときです。元々会社にいた頃から「自分で会社をやっていきたい」という思いがあったので、友人を誘って2人で始めました。 視界思ったように上手くいかず、頓挫してしまいます。そもそも社会人経験が浅く、人脈もお金もない状態で始めたのですから、無理もありません。 さらに、躁鬱病のせいなのか、以前みなぎっていたやる気も全然沸かずに「もうお金を稼いで何になるんだろうか…人はどうせ死ぬのにやる意味なんてあるのか?」という厭世的な思考へとシフトしていきます。この状態で続けても成果も出なければ金も稼げないと思ったので、エネルギーが戻る まで会社を休眠化させることにしました。 そして、いつでも辞めようと思えば辞めることの出来る派遣OLという道を選択します。選んだ会社は大手広告代理店で、以前いたブラック企業とは比べ物にならないくらい快適な環境でした。 むしろ社内環境を快適にしているからこそ、大きく成長し社員もイキイキと働けているのだなと感じましたね。とにかく私にとっては何もかもが天国でしたね。 まず収入が20万ほどUPしました。さらに休日出勤はないですし、もちろんサービス残業なんてものもありません。残業する場合は必ず時給が支払われますし、深夜の場合は1.25倍くらいでつけてもらえます。 至って普通のことなのですが、ブラック企業イズムに洗脳された私からしたら一個一個驚くことばかりでした。 また正社員ではないので、ひどく怒られたり、詰められることもなく、平穏無地に過ごすことが出来ました。欲を言えばここでずっと働きたかったのですが、25歳の時に当時付き合ってた彼と結婚して大阪に行くことになってしまったので、本社ではなく大阪支社で働くこととなります。 当然チームが変わりますので一緒に働く人も変わるわけです。最初は大丈夫だろうと思っていたのですが、押しの強い営業と短納期な案件、そして無理難題をふっかけてくるクライアントに心底疲れ切ってしまい約1年で退職することになります。 せっかく大阪支社での仕事を紹介してくれた上司には非常に申し訳なく思っています。ですが、一度心を壊してしまった経験から派遣という道を選択しているので、ここで2回も同じ目にあっては本末転倒だと思い、意を決して今年の3月に退職しました。 それからしばらくは、自作の記事を販売できる「note」というサービスを使用してお金を稼いだり、TwitterやvoicyというWEBアプリでスポンサーを募ったりして、日々の生計を立てていました。 ですが、自宅で1人作業していると、どうもネガティブな思考に支配されてしまいやる気がなくなってしまうのです。そのため意識的に人と交流して忙しくしようと思い、8月くらいから積極的に原稿執筆の仕事やLP制作の仕事をするようになりました。 現在は有り難いことに、約10社ほどのクライアントさんとお仕事をさせていただいております。収入はまだ全然ですが、自分の心の健康を優先して苦しくならない程度に仕事の量を減らしたりして調整もしています。 以前は夜職を週3で兼務していたのですが、現在は週1に減らして、自宅での仕事時間を確保しています。時間と場所に縛られず、タスク量や付き合う人を選ぶことの出来るフリーランス・自営業という生き方が一番自分に合っていると感じています。 案件がなくなる不安や、自分が病気になった時に収入が途絶えるかもしれないという不安はあるものの、何にも代えがたい自由を手に入れられたことに喜びを見出しています。 ここまで来るまでに色々回り道をしてしまいましたが結果的に今幸せなので、このまま引き続き頑張っていこうと思っています。 長くなりましたが、この記事を読んでくださった方の心に何か少しでも残せたら幸いです。 私はTwitterでも日々のアレコレを呟いていますのでお気軽にご連絡ください。 また次回、よろしくお願いいたします。
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