世界最高峰・ミネルバ大学に通う私は「こうして」育った——片山晴菜 #私のライフラインチャート

人は、人生を一度しか生きることができない。ゆえに、心の底から願う人生であっても、勇気を持ってその一歩を踏み出すことは難しい。もし、誰かの人生を追体験することができたら——。

U-29.comが送る、「あの人の人生を振り返り、ユニークで私らしい人生を送るため」のヒントを届ける企画 #私のライフラインチャート 。第1回を飾るのは、世界最難関の大学として知られるミネルバ大学に在籍中の片山晴菜さんです。

インタビューの冒頭、独創的なライフラインチャートを描いた彼女は、自身の人生をどう振り返り、これからをどう見据えているのか。また、世界最先端の教育を肌で感じた彼女自身が、読者に伝えたいこととは。正解のない時代をユニークに生きる、一人の女性の人生に迫った。

Text by Arisa Oki Edit by Mitsufumi Obara


片山さんが在籍するミネルバ大学とは、「ハーバード大学よりも入学が難しい大学」として、世界中のエリートから注目を集めている大学。キャンパスは持たず、授業はすべてオンライン、学生たちは4年間の中で世界7都市を移動しながら、寮で共同生活を行ないます。

そんなミネルバ大学に、2017年日本人の学生が初入学しました。その人物こそが、片山晴菜さんです。

まずは片山さんに、これまでの人生を振り返る「ライフラインチャート」を描いてもらいました。

5歳で知った、家族と学校以外のコミュニティ。血縁のない姉妹との出会いが、人生の原点

西村創一朗(以下、西村):人生における「幸福値」は常に一定であったと。

片山晴菜(以下、片山):そうですね。今こうして過去を振り返ると、どの瞬間も非常に楽しい時間だったな、と思います。とてもポジティブな意味で、浮き沈みのない人生でした。

西村:なるほど。では、そうした人生のを過ごしてきたなかで、現在の片山さんを形作る3つのポイントについてお伺いさせてください。

片山:まず最初のターニングポイントは、5歳の頃。一人っ子だった私に、初めて“姉妹”ができた瞬間です。ガールスカウトに加盟したのですが、血縁はなくとも、“姉妹”と呼ぶにふさわしい関係性が生まれました。

西村:“姉妹”と表現された理由が気になります。

片山:ガールスカウトという組織を、“箱”としてではなく、そこに参加している彼女たち一人ひとりがつながって広がった“ネットワーク”だと捉えているからです。それまで幼稚園以外のコミュニティに属していなかったので、初めて価値観や考え方でつながる経験をしました。

18歳まで活動を続けていたのですが、現在の私を語る上で、切り離せない関係性になっています。

西村:当時、片山さんと彼女たちをつないだ「価値観や考え方」について、詳しく教えてください。

片山:自立しなければならない環境下で、時間をともにできたことが印象に残っています。たとえばキャンプで薪割りをするような力仕事も、男性に頼らず、女性だけで行わなければなりません。「自立するのが当たり前」という考え方を、幼少期に共有したのです。

西村:価値観や考え方以外にも、そこでの具体的な経験が、現在の片山さんを形作る要素になっているのでしょうか?

片山:ニューヨークにある国連本部を訪れる機会があったり、国際女性ビジネス会議に参加したりと、世界に目を向ける経験をしたことは、視野が広がるきっかけになっています。そのなかでも、初めて「難民」の存在を知った経験が特に印象に残っています。

小学校2年生の頃でしたが、当時私は「学校に行きたくない」と、母にわがままを言っていたのです。ただ、地球のどこかには、学校に行きたくてもいけない人がたくさんいます。あまりにも生活が違い、衝撃的でした。

西村:小学2年生で、そこまで深く考えられる学生もそういないと思います。

片山:母親の教育方針も影響しているかもしれません。母は私に、常に「なぜ?」を問いました。たとえば、クリスマスプレゼントに何がほしいかを尋ねられ、「何でもいい」と答えると、「それは市場に売っていない」と答えます。そして、本当に何もプレゼントしてくれません。

夕食に何を食べたいのかを尋ねられ、「餃子でいい」と伝えたときには、「餃子がいい」のか、「餃子でいいのか」を聞かれることもありました。自分から求めなければ、何もくれないのです。一つの事象に対して詳しく考える姿勢は、幼い頃に身についたのかもしれません。

大切なことはすべて、「外に出る」ことから教わった。井の中の蛙が、大海を知るまで

西村:続いて、二つ目のターニングポイントもお伺いさせてください。

片山:16歳ですね。16歳がターニングポイントとしてあげた理由には、二つの出来事が関係しています。まずは、高校1年生で模擬国連の全国大会に参加したこと。軽い気持ちでエントリーしたのですが、全国大会に出場できました。

その際に、自分が「井の中の蛙だった」ことに気づいたのです。全国大会に出場したことで、それまでの人生にはなかった多くの人たちに出会うことになります。活躍する同世代の存在を初めて知ったことで、「そもそも、所属しているコミュニティ以外について知る機会が提供されていない」と考えたことを今でも覚えています。

西村:なるほど。もう一つの出来事はなんですか?

片山:学校の三者面談です。自分の進路について真剣に考えれば考えるほど、日本の教育に疑問を抱くようになりました。三者面談の段階では、進路について全く考えていなかったので、偏差値と合致する大学を志望校として挙げました。私と同様、大半の級友らも同じように進路を決めてました。

しかし、自分で挙げた志望校について、私は校名以外の情報を全く知りません。どのような先生がいて、どんな学びが得られるのかを把握していないのです。

その際に、成績や偏差値を物差しに進路を考えさせてしまう日本の教育システムに懐疑的になりました。

このシステムに、なんとも納得できなかったんです。

西村:その経験が、UWC(United World Colleges)への進学につながっているのでしょうか?

片山:そうです。進路に悩む私を見かね、母が一つのオプションとしてUWCへの入学を提示してくれました。UWCは、ニューメキシコ州のサンタフェから山奥へ3時間、標高2,000mの砂漠の中にキャンパスがあります。

そんな過酷な環境で、90か国の仲間と2年間寝食を共に過ごすことができる。これ以上ない経験ができる場所だと感じました。また、奨学金をもらいながら学ぶことができます。またUWCの存在を知った高校一年生の頃は、たまたま一度だけ受験ができるタイミングでもありました。即決で受験を決めましたね。

西村:国模擬国連への参加、人生を変えた進路面談、そしてUWCへの進学…。盛りだくさんな16歳だったと思いますが、何かタイトルを付けるなら…?

片山:単純ですが、「外に出る」ですかね。全ての学びは、それまで知らなかった「外」の環境に踏み出したことで得られたので。

圧倒的オンリーワン人材が集う、ミネルバ大学の全貌

西村:3つめのターニングポイントは、ミネルバ大学に入学したタイミングですか?

片山:そうですね。今まさに多くを学んでいる真っ只中で、日々、他の教育機関では触れられない先進的な教育を受けています。倍率の高い試験から選別されたメンバーと共同生活を送るなかで、「こんなにユニークな人たちが集まっているんだ」と、コミュニティの層の厚さにも感銘を受けています。

西村:具体的に、どのようなメンバーがいるのでしょうか?

片山:私のルームメイトはノルウェー人で、国会でちょっとした話題に上がっている子なんです。これまで自分が抱いていたヨーロッパ圏のイメージには、「個人を尊重する」文化がありました。ただノルウェーには、集団規律を重んじる文化があり、日本と同じく飛び級制度がないのです。

そんな国で、数年前にパイロットプログラムにおける飛び級制度ができました。4人の学生が選抜されたのですが、そのうちの一人が彼女です。他にも、すでに博士課程を持っているメンバーなど多種多様なバックグラウンドの人が集っています。

西村:飛び抜けたオンリーワン人材が集まっているのですね。

片山:まさにそうです。すでにスペックが高いのにも関わらず、さらに学ぼうと探究心が高いメンバーが多く、とても尊敬していますし、刺激を受けています。

西村:一つ気になるのが、ミネルバ大学は1学年が150人前後と、かなり人数が少ないで点です。閉ざされた環境だとは感じないのですか?

片山:それはないですね。ミネルバ大学は、自分から外へリーチアウトしようと思ったら、誰にでもその機会が与えられている、開けた大学なんです。それだけでなく、世界7都市を周るので、十分開けた環境だと思っています。

7都市の内いくつかは自分で選択できますし、企業とのパートナーシップも強い。だから、自分次第でいかようにもパスを描けます。むしろ、外へ外へと意識が向かない人にとっては、辛く苦しい環境なのではないでしょうか。

自分に「Why」を与える姿勢が、ポジティブな選択を生み出す

西村:自分の意志に忠実に、そして着実に進んできた片山さんだからこそお伺いしたいことがあります。いわゆる「既存の価値観」に包まれた過去の環境に、ある種の抑圧を感じてしまうことはなかったのうでしょうか?

片山:その経験はあまりないですね。多分、のびのびと生きようとしていたので、「抑圧されている」と感じる機会がなかったのだと思います。たとえば日本の小中学校は、暗記によって知識を定着させる教育が一般的です。ある意味では“抑圧”だといえますが、捉え方によっては、また違った解釈もできると思います。。

西村:どのように思考をスイッチして、“抑圧”を乗り越えてきたのでしょうか?

片山:「基盤を作ってくれている」と考えることにしたのです。型を学ばなければ、いざ自分が新しいものを生み出そうとしても、何が古いのかがわからず、生み出すことすらできませんから。

何においても言えることですが、特定の事象にポジティブな意味付けをできることが重要だと思っています。

西村:片山さんのお話を聞いていると、行動の一つひとつにきちんとした動機を感じます。そこは日々意識しているのですか?

片山:繰り返しになりますが、やはり母親の教育方針が大きいのでしょう。「なぜ」を問う姿勢や、ガールスカウトの経験が掛け合わさり、「与えられた機会をこなすのではなく、自分から機会を求める」性格になったのかもしれません。もちろん、考えても答えが出ないことはありますが、だからって問いを止めることはありませんね。

行動をデザインする人になる。日本人初のミネルバ大学生が描く、等しくポテンシャルを発揮できる社会

西村:片山さんのこれからについてもお伺いさせてください。現時点で、大学卒業後の具体的なキャリアをどのように考えていますか?

片山:模索中ではありますが、一度企業に勤める経験を挟むと思います。ビジネスの受け手側への影響が見えやすい職に就いてみて、その分野で必要とされている知識や、新しい研究課題を知った上で、判断をするつもりです。先々は起業する、もしくは研究職に就く選択肢もなくはないと考えています。

西村:将来、研究したいと思っているテーマはありますか?

片山:抽象的ですが、人の行動をデザインすることに興味があります。組織の中で、同じゴールに向かい、ゴールに対する動きや流れ、気持ちをデザインしたいのです。

西村:行動をデザインしたいと考えたきっかけはなんだったのでしょうか?

片山:北海道に生まれたので、教育機会の少なさを感じていたことが大きいと思います。日本の教育のあり方に疑問を抱いていたときに、ちょうど民間企業出身の校長先生が誕生し、ビジネスの分野で培ってきた経営手腕で教育改革を行うシーンに巡り会いました。

そういった方に「地方の学校にも来てほしい」というニーズはあるが、現実的には難しい。そこで、彼らのマネジメントノウハウを体系化し、教員たちにトレーニングするメソッドを構想したいと考えていました。

西村:なるほど。その構想を叶えるために、どのようなアプローチがあると考えていますか?

片山:行動経済学や経営マネジメント、心理学、環境デザインなど、アプローチの手段は多々あります。これからミネルバ大学で巡るさまざまな都市で、都度生まれるであろう新しい課題に向かいながら、具体策を考えていきたいと思っています。

西村:最後になりますが、U-29読者に向け、片山さんから伝えたいことはありますか?

片山:もしお子さんを持つ親御さんが読んでくださっているのなら、「子どもにはパソコンを買ってあげてください」と伝えたいです。都心部に住んでいると感じにくいかもしれませんが、地方出身者としては、情報量による想像力の格差は深刻だと思っています。

見ている世界の格差によって、ポテンシャルがあっても、その進路の選択肢が浮かばないというのはもったいない。だから、情報に自らアクセスできることで、視野を広げるためにも、インターネットやパソコンといった、世界につながる窓口をぜひ与えてあげてほしいと思っています。

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